人が見ている・・・
人に笑われる・・・
表現は違ってもそんな風に育てられてきた人って多いと思う。
要するに、人目を気にするってこと。
そうすると、外側から自分を認識し始める。
外から見た自分は人にはどう映っているのか?・・・。
でも、人なんか、当てにならない。
みんながみんな同じ考え方をするわけではない。
それなのに、どこかで多くの人に(すべての人に?)
自分のことをこんな風に思って欲しいという願望がある。
そんなこと、頭で考えると無理なことは分かっているのに、
結構、無意識にはそんな風に思っている。
だから・・・自分の考えを押し通すのには躊躇がある。
こんな風に言ったら、何て思われるだろう?
‘世間’って言う言葉は、みんなが使っているけれど、
一人一人の‘世間’には結構違いがある。
それに、自分が気にしなくなると、それはあってもないのと同じになる。
それくらい不確かなものなのに、人ってそれに縛られているものだ。
そして、一番大切なシアワセって感覚は、
まわりの人が描いた通りに自分が感じるわけではないってこと・・・。
自分がシアワセって感じること、それがすべてだから。
周りがいくら幸せそうだって思っても、
本人がそう思えるかどうかにかかっている。
親は子供にシアワセになって欲しいと願っているけれど、
時々そのシアワセ観は食い違う。
そうすると、自分の中に罪悪感が生まれてくる。
だからといって親の望むようにしてみても、
それが自分のシアワセにつながるかどうかは保証がない。
でも、誰かの意志や期待を受け取って生きるということは、
自分の意志で生きることより難しい。
よほど自分をしっかり持っていなければ、結果が思うようにならなかったとき、
やっぱり最後には人を恨んでしまう。
最後に「あなたのせいで・・・」というくらいなら
わがままに生きた方がよっぽどすっきりする。
自分がそれを引き受けたという強い意志がない限り、
どんなものであれ、自分を縛るものの中では、人はシアワセにはなれない・・・。