フィレンツェ観光ガイド 加藤まり子 in 東京 -62ページ目

フィレンツェ観光ガイド 加藤まり子 in 東京

フィレンツェ観光ガイドの資格を2016年に取得しました。
現在は都内で美術の鑑賞の仕方を教えています。
詳しくはホームページから。
http://mariko-no-heya.com/


美女イケメンとお色気たっぷりの記事が続いたので、
ここで少し趣向を変えて癒し系の絵画を紹介します





さて、さっそくですが問題です。
西洋美術で一番描かれた女性は誰でしょう?

答えは
聖母マリア
です。

イエスの母マリアは特にカトリック教会で信仰を集めました。

天使がマリアに神の子をみごもったことを伝えるシーンは
「受胎告知」
としてたくさんの絵画の主題となりました。

その中でもフラ・アンジェリコによる作品は初期ルネサンスの傑作です。

こちらがその作品。

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大天使ガブリエルの言葉を真摯に受け止めるマリア。
静謐さが漂います。

フラ・アンジェリコのすごいところは静かでありながら全く重苦しさがないところです。
この絵のマリアもとても穏やかで優しい表情をしています。





この作品が収められているのはドゥオモの少し北にあるサン・マルコ修道院。

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中庭がきれい

フラ・アンジェリコはここの修道士でした。
彼の名前は「天使のような修道士」という意味です。

修道院の各部屋の壁画はフラ・アンジェリコの手によるもの。
当時のままの状態で見ることができます。
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こちらの僧坊にも受胎告知が描かれています。
とてもシンプルですが、だからこそ敬虔な気持になる一枚です。

修道院の中はこんな感じになっています。

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500年前と変わらぬ作り。
当時の修道士たちの生活が偲ばれます。





「天使のような修道士」と称されたフラ・アンジェリコ。
神聖な場面である「受胎告知」は彼の生涯のテーマだったといえます。

フィレンツェから約1時間ほど離れた小さな町コルトーナ。

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映画「トスカーナの休日」の舞台になったこの美しい町にも
フラ・アンジェリコの「受胎告知」があります。


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金色の装飾はゴシック時代の名残を表すもの。


よく見ると、祝福の言葉が天使からマリアに向けられていることがわかります。

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マリアの頭上には精霊を表すハトが描かれています。

そして、もう一つ重要なテーマがこの絵には描きこまれているのです。
絵の左上を拡大すると、こんなシーンが

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あまり「受胎告知」と関係なさそうですが、一体何を表しているのでしょう?

これは、アダムとイブが楽園から追われているシーンなのです。
なぜこんなシーンが「受胎告知」に描かれるようになったのでしょうか?




キリスト教では人はみな生まれながらにして「原罪」というものから免れないとされます。
では、いったい原罪とはそもそもなんなんでしょう

アダムとイブは神から禁じられていたにもかかわらず、禁断の果実を食べてしまいます。
それを知った神さまはふたりに「なんで食べたの?」と聞きます。
ふたりは「ごめんなさい」と言う代わりにお互いに責任をなすりつけ合いました。
それを聞いた神さまはふたりを永遠に楽園から追放したのです。
これが原罪のルーツです。

なんとなく、見たことがありそうな光景ですね。
子供同士のけんか、夫婦げんか、果ては国家同士の揉め事も
突き詰めればだいたいこんな感じではないでしょうか?

それもそのはず、アダムとイブはキリスト教において、全人類の祖先とされるのです。
その子孫である私たちはふたりの犯した「原罪」から逃れられない、というのがキリスト教の教義です。




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イエス・キリストは人類を「原罪」から救うためにこの世に生まれました。
「受胎告知」とはいわばキリストの誕生を描くシーン。
「楽園追放」のシーンを描きこむことによって人が原罪から救われることを強調しているのです。





むずかしい話はこれくらい。
フラ・アンジェリコの描くマリアは他の画家と比べても本当に愛らしいのです。


天使のような修道士による、天使のようなマリアさま


この絵を見て癒されることこそ、原罪からの救いのように思います







聖母マリアのお話しはこの本が詳しいです。
岡田先生、とってもわかりやすい。
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処女懐胎―描かれた「奇跡」と「聖家族」 (中公新書)/岡田 温司
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ここのところ美女の記事が続いたので、次の特集はやっぱり
イケメン
ですよねー

フィレンツェの街ではいたるところで彫刻作品に出会うことができます。
メンズの彫刻、しかもその多くが
ヌード
です。

その中でもやっぱり有名なのが、ミケランジェロ作の
ダビデ像

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教科書なんかで一度は見たことがあるんじゃないでしょうか?


実はこのダビデ像が生まれる60年ほど前に、もう一つダビデ像が制作されていました。

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今では当たり前となったヌードの彫刻。
しかし絵画同様1000年ほどヌードの彫刻は制作されていませんでした。


記念すべきイケメン特集

今回は1000年ぶりにヌードを披露したダビデを取り上げたいと思います





フィレンツェの街の中心とも言えるのがシニョーリア広場
1299年に建てられた高さ90mの塔は現役の市役所でもあるヴェッキオ宮殿です。

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そして市役所の前に立つのが今回の主役、ダビデです。

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ここに立っているのは実はレプリカで、本物はしっかり美術館の中に収められています。

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本物のダビデ像を見ようとこの美術館は常に長蛇の列・・・
観光シーズンは2時間待ちなんてこともあります


では、なんでシニョーリア広場にいるんでしょう
実は本物のダビデ像、200年前までこの場所にいたのです


この像がシニョーリア広場に置かれたのは1504年。
100年ほど続いたメディチ家の支配から、フィレンツェは共和制に変わっていました。


ロレンツォ豪華王が亡くなった2年後の1494年、フランス軍がイタリアに侵撃します。
その時のメディチ家の当主はロレンツォの息子、ピエロ。
若すぎた彼は圧倒的なフランス軍の前に屈辱的な協定を結ばざるを得なくなります。
それに怒ったフィレンツェ市民は彼を街から追放し、共和制が復活しました。


もともと自治意識の高いフィレンツェ。
フランス軍の侵略にもメディチ家の支配にも屈しない!
その決意の象徴としてミケランジェロにダビデ像の制作を依頼します。





反メディチ家の象徴として作られたダビデ像。
しかし、皮肉にもあの力強いダビデ像の原型となったのは60年ほど前にメディチ家が制作依頼したブロンズのダビデ像でした。

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初期ルネサンスの彫刻の天才ドナテッロによるダビデ像です。


この像を作らせたのはコジモ・ディ・メディチ。
ロレンツォ豪華王のお祖父さんにあたる人です。
この方もロレンツォと同じく芸術に造詣のある人物でした。


敏腕の政治家としても知られたコジモですが、実は彼もライバルの陰謀で一度フィレンツェを追われています。
1年後に復活するのですが、やはり何者にも屈しない精神の象徴としてダビデ像の制作を依頼しました。





ここでおさらいです。
ダビデとは一体どんな人物だったのでしょう?

旧約聖書によると、ダビデは祖国イスラエルを危機から救った人物とされます。
まだ少年だったダビデは鎧もつけず、敵将ゴリアテに投石機ひとつで立ち向かいました。

メディチ家はじめフィレンツェにとって、ダビデは強い者に対峙する勇敢さの象徴でした。
だから、なんの防御もないということを表すため、ヌードであることが重要だったのです。





にしても、どのアングルから見てもこのダビデ像、セクシーです。

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なんというか、
妖しい魅力
というのでしょうか、をたたえています。


一説によるとドナテッロは彼の一番のお気に入りの男の子をモデルにこの彫刻を作ったと言われています。


ボッティチェリが
「ヴィーナスの誕生」で裸体を描くのはこの50年後。

ヌードの影にメディチあり
と思うのは私だけでしょうか?





フィレンツェっ子たちの反骨精神を表したダビデ像。
しかし、それと同じくらい、いやもしかするとそれ以上にフィレンツェは享楽的な街だったとも言えます。

ミケランジェロはこんな作品も残しています。

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ギリシャ神話のバッカス。酒と享楽の神様です。
腹筋の割れたダビデに比べるとゆる~い感じ。

私はこのゆる~い享楽的な感じの方が好きかな

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ということで今宵はミケランジェロに捧げてグラスを傾けたいとおもいます

みなさまおやすみなさい








このあたりの話、この本が詳しいです。
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フィレンツェ (講談社学術文庫)/若桑 みどり
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さてさて昨日はフィレンツェの至宝中の至宝、ボッティチェリの
ヴィーナスの誕生
について紹介しました。


今日はそのモデルになった女性
シモネッタ・ヴェスプッチ
についてのお話です

貝に乗って海から現れる様はとっても清純で心洗われます
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さてさてフィレンツェきっての
絶世の美女
と謳われた彼女はどんな人物だったのでしょう?
そしてどのようにしてボッティチェリのモデルとなったのでしょう?





イタリアのルネサンスが主に栄えたのは1400~1500年代と言われています。
そして新プラトン主義に代表される人文主義が盛んだったフィレンツェはその中心地でした。

特に1400年代はフィレンツェでルネサンスがまさに花開いた頃。
年表を見ても現在のフィレンツェの観光地がすべてこの頃に出来ています。
1434年 ブルネレスキによるドゥオモ完成
1438年 フラ・アンジェリコが
サン・マルコ寺院の壁画を着手
1452年 ギベルティによる「天国の門」完成
1477年 ボッティチェリが『春』を着手

そして『ヴィーナスの誕生』は1484年に完成しました

これらの芸術作品はメディチ家のなしには生まれなかったといっても過言ではありません。
フィレンツェ一の財力と権力、それに加えて審美眼の備わったメディチ家。
その中でもロレンツォ豪華王(1449~1492)の時代は芸術が花開いた時代でした。

ロレンツォの弟のジュリアーノは当時一番と言われたイケメン。

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お家柄、財力、そして美男子
日本でいうと光源氏のような感じでしょうか(次男だし)。
当時の女子のキャァキャァぶりが目に浮かびます


そしてそんな彼と噂されたのがシモネッタだったのです。

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当代きってのイケメンと絶世の美女のカップル
当時のフィレンツェ人たちの格好のゴシップだったと思います。

といってもシモネッタちゃん、人妻なんです

ジュリアーノとの噂の元になったのは、彼が騎馬戦に出場した時。
フィレンツェっ子たちが一番盛り上がるこのイベントで、ジュリアーノは勝利を捧げる貴婦人としてシモネッタを選びました。

そして彼女を描いた旗を先頭に入場したのです。


その旗を描いたのが
ボッティチェリ
でした。

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美しいシモネッタに会ったボッティチェリは大いに芸術家魂に火をつけられたようです
終生ミューズとして彼女を思い続けたと言われています。





しかしいつの時代も美人は薄命。
イケメン・ジュリアーノから貴婦人に選ばれた1年後、シモネッタは23歳の若さで亡くなってしまいます。

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そしてジュリアーノもその2年後、ライバルの手にかかって命を落としてしまいます。
享年25歳。奇しくも愛を捧げたシモネッタと同じ命日でした。





ちょうどこの頃ボッティチェリは『春』の制作に取りかかっていました。
メディチ家からの依頼と言われるこの作品。

ボッティチェリは二人の恋をこの絵に描いたと言われています。

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左端にいる男性がジュリアーノ。
三美神の真ん中の「貞節」がシモネッタ。

シモネッタはジュリアーノを見つめ、頭上のキューピッドはシモネッタに向けて矢を放っています。

若くして亡くなった二人・・・
ボッティチェリの手によって永遠の命を得ることができました。





亡くなった後もボッティチェリのミューズであり続けたシモネッタ。

「僕が死んだらシモネッタの側に葬って」

その言葉通り、ボッティチェリのお墓はシモネッタと同じ教会の中にあります。

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祭壇の前にはボッティチェリへのメッセージがたくさん置かれていました。

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そして私も納めさせていただきました。

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なんといっても彼の作品が私をフィレンツェに引きつけたのですから・・・

そして彼の原動力となったシモネッタの存在も私にとって大きな存在です。





シモネッタ、実は日本でも会えるんです。
丸紅さんに日本で唯一のボッティチェリ作品が保管されています。
その名も『美しきシモネッタ』。

2016年1月から4月まで東京都美術館で開催されるボッティチェリ展で展示されます。
ルネサンス芸術をインスパイアした絶世の美女
ご興味のある方はぜひ会いに行ってください





フィレンツェ☆勝手に美女図鑑というとっても勝手な記事を書き始めました

フィレンツェには美術作品がいっぱい。
そして、その美術作品に引き寄せられるようにしてこの街に来てしまったので、
この話題はいわば私の
原点
とも言えるものなんです


絵を見るのが大好きで、通信制大学で学芸員の資格までとってしまったりもしました。
でもいつも目を惹かれるのは洋の東西を問わず
美人画
ばっかりなんです。

きのうは美人画の中でも一番好きなボッティチェリの『春』について書きました。
ので、今日はその妹分とも言える作品
『ヴィーナスの誕生』
を紹介します




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ふたりのヴィーナス☆の記事で、このヴィーナスは1000年ぶりに描かれた裸婦であることを説明しました。

ローマ帝国の国教がキリスト教と定められたのが4世紀の終わり。
それまで信じられていたローマ神話の神たちは異教とされるようになりました。

ヴィーナスも同じ。
愛と美、そして古くは豊穣の女神としても崇められていました。

その彼女を1000年の眠りから起こしたのがメディチ家です。
フィレンツェ祖国の父と歌われたコジモ・デ・メディチマルシリオ・フィチーノという学者にプラトンの「饗宴」という本の翻訳を依頼します。

今でこそよく知られているプラトンですが、当時はギリシャ語を読める人も少なく忘れられた書物になっていたようです。

この「饗宴」、愛についてを語った書物なんです
その中でヴィーナスはなんと二人いるということが語られています。

天上のヴィーナス(ヴィーナス・ウラヌス)

地上のヴィーナス(ヴィーナス・パンデモス)
です。


この天上のヴィーナスを表したのが『ヴィーナスの誕生』
そして地上のヴィーナスを表したのが『春』ではないかと言われています。

天上のヴィーナスは「愛」という概念を表していて
地上のヴィーナスは「愛」がこの世で現実化することを表しています。

中世キリスト教ではこの世よりもあの世、肉体よりも精神が重要視されました。
しかし、フィチーノが展開した新プラトン主義ではどちらも大事と見ています。

現実化する力とはすなわち生み出す力。
芸術作品を次々と生み出したルネサンスとはまさにそういう時代だったと思います。

そして生み出すにはインスピレーションとなるものが必要です。
そのインスピレーションを表したのが天上のヴィーナスと言えると思います。

二人のヴィーナスはルネサンスの発展に必要不可欠な存在だったのでしょう。




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さてヴィーナスのこのポーズ、実際にやってみてください。



やってみましたか?
ちゃんと立てましたか?

そう、これ立つのが不可能なポーズなんです。
「だって天上のヴィーナスだから地が足に着いてないの」

ウソみたいですが、本当です
このポーズから現実世界ではなく概念の世界に住んでいることを表しているそうです。


そしてこのポーズは「恥じらいのヴィーナス」として知られています。
こちらがそのモデルとなった作品。

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ローマ時代の彫刻のコピーです。

ウフィツィ美術館に収められているこの作品は
メディチ家のヴィーナス
として知られています。

メディチ家の方たちはきっとこの像の美しさもさることながら
これを見ることによって新プラトン主義を思い出していたのかもしれません。




このテーマになるといくらでも語ってしまいます

というのもふたりのヴィーナスについては、3年前に美術の勉強会で学びました。
それを知ってフィレンツェに来てしまった、という経緯があるのです。

約2年半前にブログはじめた時も同じタイトルを書いています。
その当時はまだフィレンツェに行ったことさえなかった。
思えば2年半で大きく変わったものです。





ルネサンス発祥の地、フィレンツェは

屋根のない美術館

とよく言われます。



その言葉通り、どこを歩いても美術作品がいっぱい



そんな美術いっぱいの街の中でもやっぱり

ボッティチェリ

の作品は世界に誇る至宝です



前回までの記事でボッティチェリの有名作品を紹介しました。

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有名なふたりのヴィーナス


西洋美術では当たり前と思われているヴィーナス像ですが、
実はボッティチェリが描くまでは1000年ほど描かれていませんでした。


ルネサンスとともに息を吹き返した愛と美の女神


今回は美女図鑑の初回としてフィレンツェにいるヴィーナスを紹介します



まずはもちろんこちらから

1000年ぶりに息を吹き返したヴィーナスです。

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ヴィーナスの上にいるのはキューピッド
ヴィーナスの子供とされ、キューピッドの矢に刺さった人は恋に落ちてしまう
なーんていうロマンチックな神話があります。


さてさて、キューピッドはいったい誰を狙っているのでしょう


答えはこちら

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この真ん中の女性を狙っているんじゃないか、と言われています。

この3人の女性ですが三美神といってヴィーナスと一緒に描かれることが多いんです。

左から
快楽
貞節

といわれ、3つで
 愛
を表すといわれています。

誰しも恋をした時、
相手を求め(快楽
でもちょっと恥ずかしかったり(貞節
綺麗になろうとしたり(
すると思います。

そんな様子を表しているんですね。

で、その中の一番お固い
貞節
に向けてキューピッドは
「もうちょっとリラックスしてもいいんじゃない?」
なーんて矢を向けているようです


貞節ちゃんもどうもリラックスしてきたらしく、
ドレスの左肩が少し開きかかっています





次はヴィーナスの右側です。

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絵のいちばん右側にいる青色の人物は
ゼフィロス
西風の神さまです。


ヨーロッパでは西風は春の訪れを表します
一見強い風ですが、花々が咲き乱れる春の先駆け


ギリシャ・ローマ神話では西風のゼフィロスは大地の妖精クロリスに恋をします。
ゼフィロスに抱えられている少女がクロリスです。

西風が吹いて大地が芽吹く様子を表しているのだと思います。
クロリスの口からは花がこぼれています

ゼフィロスの正妻に迎えられたクロリスは花の女神フローラとなって
世界を花で満たしていくのです

クロリスの横の美しく着飾った女性がフローラといわれています。





『春』という作品名ですが、この絵はまさに春の訪れを表していたんですね。

一説にはこの絵は地上の愛を表す絵ともいわれています。
左手には愛の3つの形を表した三美神
右手には愛によって少女が女性へと成長する様を
そして中央にはすべての愛を見守るように女神ヴィーナスが立っています。


中世の堅固な芸術に慣れていた当時の人たちはこの官能にあふれた作品を見てどんなに驚いたでしょう






美女図鑑ということでもっとたくさんの美女たちを紹介する予定でしたが、
大好きな作品を前に思いのほか語ってしまいました


次回はまた別のヴィーナスを紹介します