横浜の香り教室 平安の香りと親しむ平安朝香道 -40ページ目

横浜の香り教室 平安の香りと親しむ平安朝香道

東急電鉄日吉駅3分にある平安の香りを創り楽しむ教室です。平安時代、貴族や「源氏物語」の主人公光源氏がたしなんだ香り創りや楽しみ方をご紹介。(by平安朝香道 朝倉涼香)

グリーンハート香りに満ちた場所

 

 

 

ご訪問ありがとうございます

平安朝香道の朝倉涼香です

 

 

 

非常に強い台風14号で

日本全国雨模様

各地で例年にない雨量を記録。

 

被害が少なければ良いのですが・・・

 

 

台風が接近する前に

と土曜日にお墓参りに

行って参りました。

 

 

 

 

 

 

秋の気配がそこここに見える

とは言っても

日中は、夏の暑さで

横浜線の電車は

かなりの混みようでした。

 

台風が来る前に外出して

と思う方も多かったのでは?

 

八王子の墓所には4、5人ほどで

お彼岸には一週間早いので

少なかったのかもしれません。

 

 

それでもお花を供え

お線香を手向けると

墓所の外まで

香の香りが漂っていました。

 

 

その昔は墓参には

杉線香と言って

杉の葉から作られた

安価なお線香を使っていました。

 

 

現在でも墓参用のお線香として

寺院で販売されていると思います。

 

緑色をしたお線香で

火をつけるとモクモクと煙が上がり

いわゆるお線香の香り

と呼ばれる匂いのしたお線香でした。

 

 

日本でのお線香の作り初めは

はっきりとしていませんが

室町時代と言われています。

元々は輸入品に頼った

高価なものでした。

(平安時代には線香の形状をした

香はありません)

 

 

 

鶯啼庵(おうていあん)

 

 

現在は様々に工夫された

芳香を持つお線香が販売されています。

 

沈香や香りの高い漢薬を原料としたもの

また人工の香料を使ったものなど。

 

 

ですから昔のように

杉線香を手向ける方も

少なくなっているのかもしれません。

 

天まで届けと

四方八方に立ち上る香の香りは

数十年前とはかなり違って

とても良い香りが漂っていました。

 

お盆やお彼岸には

どこよりも香りに満たされた

広い広い空間となる場所

それは墓地なのです。

 

きっと家ごとに

好みのお線香があるに違いない

漂う香りを感じながら思うのでした。

 

 

 

鶯啼庵(おうていあん)

 

 

お食事をしようと

八王子のひよどり山を借景にした

広大な日本庭園にある

会席料理の鶯啼庵(おうていあん)に

向かいましたが

予約をしておらず

営業時間も過ぎてしまい

頂くことができませんでした。

 

残念

 

法事の方が多かったように思います。

次回は予約をして参りましょう。

とても雰囲気があって

お料理も美味しいので

本当に残念でした。

 

 

 

鶯啼庵(おうていあん)

 

 

 

代わりに入り口でお迎えしている

季節の設えを撮らせて頂きました。

 

 

 

鶯啼庵(おうていあん)

 

 

 

ピンクハート紫式部が香りを育んだ都

 

 

 

ご訪問ありがとうございます

平安朝香道の朝倉涼香です

 

 

 

一昨日は、満月

灼熱の太陽を忘れさせる

優しい温かさのお月さまでした。

 

 

めぐりあひて

    みしやそれともわかぬ間に

  雲隠れにし夜半の月影

       紫式部 (新古今和歌集)

 

百人一首にも収録されています。

(百人一首は「夜半の月かな」)

 

 

 

  「廬山寺」の 紫式部と大弐三位(娘賢子)の歌碑

 

 

この歌は幼友達に

久しぶりに出会った時の歌です。

 

せっかくお会いしたのに

あなたは、雲に隠れる月のように

たちまち帰ってしまった。

その惜しさを歌に詠んだものです。

 

 

どこで幼なじみに会ったのでしょう?

長い間会えなかったのに

積もる話しもあったに違いありません。

きっと紫式部はもっと話をしたかった

のですね。

場所は

住んでいた自宅かその周辺なのでは?

 

先日の京都行では

紫式部が幼いころから住み

結婚し、娘賢子(かたこ)を育て

「源氏物語」を執筆した邸宅後に

立ち寄りました。

 

現在は廬山寺が建っていますが

当時は現在の廬山寺の辺りを

中心に邸があったそうです。

 

 

 

 

 

「源氏庭」には桔梗が咲き始め

 

 

 

 

紫式部邸宅跡の碑

 

 

 

 

蝉の声が・・・

 

 

 

 

紫式部も眺めたかもしれない夏の空

 

 

 

桔梗が咲き揃うと

紫がより一層美しく映えることでしょう

 

 

 

 

紫式部が住んでいたころは

この辺りは摂関家の大邸宅があり

現在の高級住宅街というような

場所だったのでしょうね。

 

 

平安時代の大内裏は

現在の京都御所より少し西に

離れていたようです。

 

鴨川にほど近い中河の紫式部邸

そして大内裏。

 

どちらも自然に溢れ

季節ごとに色を変える樹木や

春の七草も

秋の七草も

その植物達から放たれる芳香が

常にあったのではないでしょうか?

 

それが「源氏物語」の中で

花開き、実をつけて行った。

 

 

香りに因んだ

「源氏物語」の登場人物

薫や匂宮(におうのみや)

 

登場する薫物の数々。

 

 

 

 

 

 

紫式部が香りに対して

非常に詳しい知識と見識を持ち

鋭い観察力で自然をとらえ

知識に基づいて物語を創作。

 

何よりも香りを大切に思い

自身が香りをとても好んでいた

と思うのです。

 

 

紫式部は自分自身のために

創った薫物は

どのような香だったのでしょう?

 

それは、いつまでもずっと

私の課題であり続けるのかもしれません。

 

 

 

ピンクハート今月の和の香りのお稽古で

  夏を惜しみましょう

 

 

 

ご訪問ありがとうございます

平安朝香道の朝倉涼香です

 

 

 

相変わらず

お天気がはっきりしません

涼しかったり、蒸し暑かったり・・・

 

萩が枝を伸ばし

真夏の暑い日より

少しずつ花をつけ始めました

 

 

 

以前の画像

 

 

 

藤袴も空に向かい

ぐんぐん伸び

蕾が見えるようになって

 

薄も穂を出して

 

秋の貌が揃い始めています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今月のお稽古は7、8月と

お休みのため9月のお稽古が

「荷葉」となりました。

 

牛歩となっておりますが

しっかりと身につくように

着実に歩きましょう。

 

慌てて急いで取り組んで

身につかないものでは

貴重な時間と金銭の無駄。

 

次に進むためには

着実に薫物を聞いて頂けたら

と思っております。

 

 

 

9月のお稽古は

 

9月24日(土)午後1時30分

9月25日)日)午後1時30分

となります。

お作りになられた

「荷葉」をお忘れになりませんように。

 

見学をご希望の方は

25日(土)にお待ちしております。

 

 

お稽古場(教室)は

慶応大学日吉校がある東急線日吉駅から

徒歩約3分のところにあり

お問い合わせ、お申し込みの際は場所をご案内します)

神奈川県横浜市港北区日吉本町1-×-× 

 

 

詳しくはお問い合わせ下さい。

 

※こちらからどうぞ。

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ピンクハート京都旅 

  ④京都へ行ったら絶対これ

 

 

 

ご訪問ありがとうございます

平安朝香道の朝倉涼香です

 

 

台風がまだまだ

居座っている様子

何事もなく

速く通り過ぎてくれますように

 

 

 

京都旅の続きです

 

紫式部の墓所にお参りして

大徳寺の龍源院

光源氏ゆかりの「雲林院」

と回り

すっかりお腹がすいて参りました。

 

お昼を

と思いましたが

京都へ旅して何よりも愉しみなのは

 

くずきりを頂くこと

 

 

 

 

一食抜いても

こちらが先です。

 

それにお昼を過ぎると

特に3時過ぎから夕方は

いつでも混雑していて

並ばなければなりません。

 

 

くずきりを頂くことは

学生時代からの

京都旅の愉しみなのです。

 

今はサークルと呼ぶ様ですが

昔はクラブと呼ばれていました。

そのクラブで、京都へ襖絵や庭園を

観賞しに行っておりました。

活動が終って、皆で寄ったのが

「鍵善良房」(かぎぜんよしふさ)

そして必ずくずきりを頂いたのです。

 

 

特に夏の京都で

歩き疲れた後に頂く

くずきりは

ブルーハーツまた格別ブルーハーツ

 

 

さあ参りましょう音譜

 

 

夫を急かせて

源氏も紫式部も

すっかり忘れて

四条河原町へ参りました。

 

八坂神社近くの

「鍵善良房」です

 

なんと今回は

すんなりと席に着けました。

 

 

くずきり二つ

 

 

 

 

わらび餅を注文

 

 

 

 

くずきりは黒蜜と白蜜の2種類があり

今回は二人とも黒蜜。

 

きび餅ぜんざい

もとても美味しいのですが

冬期限定ですので

今回は頂けませんでした。

 

 

平打ちにした麺状の葛が

氷水の中を泳いで

とっても涼しそうブルーハーツ

 

葛切りをお箸ですくう度

大きな氷が

  カラカラッ

と音を立て涼を誘います。

 

いつもは白蜜もお願いして

二人で二組ずつ頂くのですが・・・

 

黒蜜にくぐらせて口へ運ぶと

暑さも忘れますニコニコ

 

 

お昼も頂かず

お腹を満たしてしまいました。

 

 

このあとは

紫式部の墓所に

もう一度参りました。

 

 

 

 

 

なぜなら

お線香をお供え出来なかったからなのです。

 

 

ホテルへ舞い戻り

お線香を求めて

もう一度墓所へ。

 

 

 

 

 

ホテルの売店にあったのは

山田松香木店の

「華洛」と「白檀」でした。

 

夏に相応しく「華洛」といたしました。

 

青蓮とあるので清々しい蓮の香りハート

涼しげでとても優しい香りでした。

 

 

京都行き前に

携帯の電子香炉を

準備しておいたのですが

忘れてきてしまいました。

次回は薫物と電子香炉を

必ず持参しましょ。

 

 

 

京都旅

なかなか先へ進みそうにありませんので

折りを見てまたお伝えいたします。

 

ピンクハート京都旅

  ③光源氏が籠もった京の寺

   雲林院

 

 

 

ご訪問ありがとうございます

平安朝香道の朝倉涼香です

 

 

 

石垣島の南南東で台風が停滞し

お天気がはっきりしません。

降り続く雨ではありませんが

降ったり止んだり

 

 

今日も

京都旅の続きです

 

 

紫式部の墓所よりほど近い場所

同じ紫野に

臨済宗の大徳寺があります。

 

 

  雲林院は右下                    

 

 

平安の頃はこの辺り一帯

現在の大徳寺も含め

より広い範囲が

雲林院の敷地でした。

 

 

今は大徳寺の門外塔頭となっている

雲林院も

北往路通りを隔てた目の前です。

 

 

雲林院は平安の頃

紫野院と言われ

淳和天皇(在位823~833)の

離宮でした。

 

その後院名を改め

雲林亭とし

その後仁明天皇の第七皇子

常康親王に伝領され

雲林院となりました。

 

親王が出家すると

仏寺となり六歌仙の一人として有名な

僧正遍照に付属され天台宗となりました。

 

後に、数々の困難を経て禅宗の寺院となり

大徳寺の門外塔頭として

今日に至ります。

 

 

 

 

 

 

「雲林院」の名は

「大鏡」や「今昔物語」で

「源氏物語」では

「賢木・さかき」の帖に

「伊勢物語」にもその名が登場。

 

 

 

 

 

 

「源氏物語」では

源氏の君は

源氏の父君の桐壺院の崩御後も

桐壺に近づき執拗に迫ります。

(桐壺院と桐壺中宮の間の皇子は

実は源氏の子)

 

何ということでしょうびっくり

 

思いがかなわぬ源氏の君は

雲林院に籠もってしまうのです。

 

思いを鎮め、行く末を思い

答えを出せないまま

どうにもならないまま。

 

このような心情で訪れ退去した

雲林院でした。

 

 

雲林院の当時の面影は

大徳寺の壮大な敷地や

青々と茂る樹木より

感じ取れるかもしれません。

 

いえいえ

離宮ですから相当な広さで

宮中と同じような作庭だったのでは?

 

 

大徳寺門内

 

 

 

2000年に京都市北区紫野雲林院町

のマンション建設地(現パークシティ北往路)

で発見されたのが雲林院跡紫野院でした。

 

 

発掘調査が行われ

平安時代前期の苑地跡

掘建柱建物、井戸、土器溜まりなど

釣台と思われる建物跡も発掘され

軒瓦や白磁の茶碗も発見されました。

それが紫野院の離宮でした。

 

 

 

現在に戻ると

大徳寺も驚くほどの広さです。

大徳寺の塔頭は数えると24

著名な国宝が数多くあるのです。

 

 

とても1日では無理ですので

龍原院だけ拝見いたしました。

茶道に深く関わる寺院が多く

その中でも一休宗純が開祖として知られる

真珠庵は特筆です。

 

 

 

龍源院

 

 

午後になってしまい

お腹もすいて参りました。

 

京都に来ると

どうしても寄りたい場所は?

それではまた次回。