横浜の香り教室 平安の香りと親しむ平安朝香道 -41ページ目

横浜の香り教室 平安の香りと親しむ平安朝香道

東急電鉄日吉駅3分にある平安の香りを創り楽しむ教室です。平安時代、貴族や「源氏物語」の主人公光源氏がたしなんだ香り創りや楽しみ方をご紹介。(by平安朝香道 朝倉涼香)

ピンクハート京都旅 

  ②紫式部は地獄から救われた?

 

 

 

ご訪問ありがとうございます

平安朝香道の朝倉涼香です

 

 

 

あの涼しさはどこへやら

蒸し暑くなりました。

 

 

紫式部を探す京都旅

の続きです。

 

 

紫式部と小野篁の墓所のある

紫野はかつては広大な原野で

狩猟が行なわれ

紅葉や桜の名所でした。

 

 

 

現在は大徳寺となっておりますが

かつては広大な雲林院の中に

大徳寺がありました。

雲林院は、淳和天皇の離宮でした。

 

 

大徳寺

 

 

 

また鳥辺野(とりべの)、化野(あだしの)

そして蓮台野(紫野)は

葬送の地としても知られています。

 

 

紫式部はこの紫野で生まれ、育ち

(現在の大徳寺真珠庵に産湯の井戸があるそうです)

最後はこの紫野の地に葬られたのでした。

 

 

平安時代、仏教的な観点からすれば

「源氏物語」は嘘の作り話しとなり

とんでもない物語

「嘘をつくと地獄に堕ちる」

そのような見方もあったのでしょう。

 

当時はやはり男社会

漢詩文ではなく

宮中の一部で回し読みされていた

ひらがなの読み物。

 

高評価の裏には批判的な意見も

あったのではないでしょうか。

 

平安時代末期の

仏教説話集「宝物集」には

「紫式部は嘘を広め

多くの人の心を惑わしたため

地獄に落ちた」

と書かれているそうです。

 

 

地獄へ落ちたけれど

紫式部を何とか救い出したい

 

その思いが文人として過去に活躍した

小野篁(おののたかむら・802年~852年)に

救出を求めたとみられています。

 

小野篁は

遣隋使を勤めた小野妹子の子孫です。

遣唐副詞に任命されたのですが

従わず隠岐に流されました。

後に召還され重職に就きました。

 

「今昔物語」には

小野篁は冥府とこの世を

行き来し閻魔大王の次官として

裁判を補佐していたそうです。

 

 

そのため閻魔大王に取りなし

紫式部を地獄から救い出したのだとか。

そのように伝えられているのです。

 

 

 

 

 

 

ですから紫式部の後ろから

お墓を護るようにしているのですね。

 

納得ニコニコ

 

 

墓所には

ザクロの実が色づいて

 

 

 

 

紫式部についての

数多くの著書のある文学博士の角田文衛氏の

「紫式部顕彰碑」が建っていました。

 

そこには紫式部の略歴

名前の謂われ

この場所が墓所と思われる根拠などが

刻印されていました。

 

 

 

 

 

 

うっかりすると

気付かずに通りすぎてしまう

小さな墓所

 

 

 

 

墓所を出ると

盛りを過ぎたのではなく

これから鮮やかな紫に染まる

ムラサキシキブが見送って・・・

 

 

ピンクハート何年ぶりかの京都でした

   ①紫式部の墓所

 

 

 

先週、横浜は暑い日続きでした。

コロナも終息してはおりませんが

覚悟の上で遠出をしてみました。

 

 

久しぶりの新幹線

子供のようにワクワクして

京都までの2時間余り

目がパッチリ。

 

キラキラ修学旅行キラキラのような

気持ちで参りました。

 

 

車窓からの京都の空は

どんよりと曇って

活動し易そう。

 

今回は夫のお供と

紫式部の墓所や

関連場所を訪ねる旅。

 

 

昔より

「京都の夏は30度越え」

を覚悟

覚悟の上で参りました。

 

宿泊先に荷物を置いて

早速紫式部の墓所へ。

 

北大路堀川を南へ行くと

島津製作所があり

その間に埋もれるように

墓所がありました。

 

 

つい通りすぎてしまいそう

 

 

最盛期を過ぎたムラサキシキブが

(これから色づくところでした)

石碑に覆い被さって

わかりずらくなっております。

 

 

 

 

 

 

 

確かに

「紫式部墓所」

と刻まれて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すく隣には

小野篁

 

 

 

同時代の人物ではないのに

「小野篁」(おののたかむら)が守っている

そのようにも思えました。

 

 

丸ブルー「源氏物語」の蓮池の香り

 

 

 

 

ご訪問ありがとうございます

平安朝香道の朝倉涼香です

 

 

 

雨が降って

暑さもどこへやら

とても涼しくなりました。

 

 

急激な感染者の増加と

激烈な暑さのため

8月のお稽古は

夏休み

といたしましたが

私は

課題の「荷葉」や

その他の薫物を聞きながら

秋の準備をしております。

 

 

 

蓮の花もそろそろ

終わりを迎えることでしょう。

 

 

 

 

 

 

「源氏物語」に登場する

「荷葉」の香りを

あれこれと想像しながら・・・

 

 

光源氏が最初に邸とした

二条院にも

後に壮大な邸となる

六条院にも

庭園には、夏になると

青々とした蓮の葉や

蓮の花が風に揺れる様子が

描かれています。

 

 

 

 

 

 

源氏が四十歳の時

(平安時代の四十は老年期)

二人目の正妻(女三宮・十三、四才)

を迎えます

(亡き葵の上は最初の正妻)

 

 

正妻同様に暮らしてきた

紫の上の嘆きは計り知れず

次第に床に就く時間が

長くなっていきます。

 

 

病気治癒のため

かつて源氏と住んだ

二条院へと移りました。

一時危篤に陥りましたが蘇生

紫の上のご容体を憂慮して

源氏はしばらくの間二条院へ留まります。

 

 

 

池はいと涼しげにて

蓮(はちす)の花の咲きわたれるに

葉はいと青やかにて

露きらきらと玉のやうに見えわたるを

 

「かれ見たまへ。おのれひとりも涼しげなるかな。」

とのたまふに起き上がりて見出し給へるも

いとめづらしければ、

 

 

「かくて見たてまつるこそ夢の心ちすれ。

いみじく、わが身さえ限りとおぼゆるをりをりのありしはや」

と涙を浮けてのたまえば、

みづからもあはれに思して

 

 

「消えとまるほどや経べきたまさかに蓮の露のかかるばかりを」

とのたまう。

 

「契りおかむこの世ならでも蓮葉に玉いる露の心隔つな」

 

 

身を起こせるほどに回復した

紫の上は源氏と

歌を交わします。

 

紫の上は蓮に置く露に

自身の命の儚さを重ねて

歌を詠みます。

 

それに答えた源氏は

この世だけでなく極楽浄土でも

この蓮の露のように

同じ蓮の上にいましょう

お約束いたします。

お疑いなきように!

 

 

涼しげに揺れる蓮を

二人で眺めながら

一時を過ごすのです。

 

 

お互いに来し方を懐かしく思い

行く末を案じています。

その不安を

涼やかで清らかな情景と

蓮池から漂う香りとで

払拭してくれているのでは

 

そう思っております。

 

 

平安時代の「荷葉」を聞き

次第に

ご自分の中で温められた

「荷葉」が創れますように

そうなられたら私も嬉しいですキラキラ

 

薫物は

急がずゆっくりと

時代に合わなくとも

いつかきっと

ご自身の拠り所となるはずです。

 

丸ブルー夏は蓮の香りと共に

 

 

 

ご訪問ありがとうございます

平安朝香道の朝倉涼香です

 

 

 

暑い暑い

お盆休みでした

良い休日をお過ごしでしたか?

 

すっかりご無沙汰しておりました。

いつまで続くこの暑さ

ですね

 

 

昨日は、五山の送り火

画面で観ておりました。

京都は生憎の雨だったのですね。

 

 

 

送り火の季節になると

遠い昔

友人と鴨川の河原から

五山の送り火を観たことが

思い出されます。

 

 

 

五山の送り火京都フリー写真素材 )

 

 

 

五山の送り火の当日

京都市内は

特に鴨川の河原は

混雑すると聞いておりました。

 

前日から八幡の円福寺に

ご好意でお世話になりました。

宿坊というわけではなく

友人4人、夜は布団部屋で就寝し

夜明けには、お庭のお掃除をして

座禅を組みました。

修行僧の方々と同じ

一汁一菜を頂きました。

 

当日はどのようにして

鴨川まで辿り着いたのか

今では覚えておりません。

 

妙と法と舟形を遠くから観た

と記憶しております。

今ではとても良い想い出となりました。

 

 

昨夜は

我が家でもおがらを焚いて

ご先祖をお見送りいたしました。

 

お盆休みの最後の日

送り火を済ませると

夏から秋へと

移り変わるこの時期に

身も心も一瞬

 

シャキッ

 

と蘇るような気になります。

(暑いのでダレてはおりますが・・・)

 

 

 

 

 

 

目の前には

蓮の葉と蓮の花が風に揺れ

現世の思いを

風に載せて連れ去ってくれるような

そんな気にさせてくれます。

 

蓮の葉の清い青さと

蓮の花の優しく甘い

遠い異国の香りを

過ぎ去った風が

残してくれています。

 

 

 

 

 

 

お盆の間

「荷葉」の薫物を薫いて

過ごし

 

 

 

 

 

 

仏前では

唐招提寺の「青蓮」と「唐招提寺蓮」

のお線香を焚きました。

 

 

 

 

 

 

送り火の日には

遠く鑑真の故郷の

揚州の名花として知られる

「瓊花・けいか」の香りを模した

「瓊花」のお線香を焚きました。

 

 

また来年迎え火を焚く日まで

毎日が健やかに過ごせますようにお願い

 

香りに載せて

ご先祖様に届きますように。

 

 

ご訪問頂いた皆様

まだまだ暑い日々ですが

残暑を乗り越え

お健やかにお過ごし下さい。

 

私も夏から秋への準備をいたしましょう。

(今月のお稽古は夏休みといたしました)

 

 

丸ブルー青い蓮の謎解き

   青い蓮を求めて③

 

 

 

ご訪問ありがとうございます

平安朝香道の朝倉涼香です

 

 

 

3、4日前は、陽射しもあまりなく

久しぶりに過ごし易い日々でした。

今日は

気温も上がっています。

また激暑が来ないように。

 

 

 

青い蓮②のつづきです

 

 

蓮の花の色は

何種類くらいあるのでしょうか?

 

行田の蓮の里で観た限りでは

 

 

[紅蓮」

行田蓮

 

 

 

 

 

[白蓮]

真如蓮

白蓮といっても

外の花弁は緑です

 

 

 

 

 

 

[黄蓮]

名前は不明

淡い黄色のぼかしに

薄紅色が混じる

 

 

 

 

 

大きく分けるとこの

白蓮、紅蓮、黄蓮の3色です。

細かく分けると

ぼかしや縁取りがある蓮など

作出された様々な色があります。

 

作り出された蓮の品種は数多く

行田の里に植えられている蓮は

世界の蓮も含めて

全体では42種類の蓮があるそうです。

 

全国ではもっと多くの

園芸種があることでしょう。

 

でも青い蓮は

どこにも存在しません。

 

それでは「青い蓮」はどこから?

 

 

蓮と言ったら

日本では、一般的に

お釈迦様

仏教と結びつきます。

 

原産地は諸説有りますが

一般的にはインドとされています。

 

日本で最も古い蓮の葉の化石は

7千年前のもの

世界では一億年前の化石が

見つかっています。

化石は、北半球に限られ

見つかっているのです。

 

大賀蓮や行田蓮の実はもっと新しく

それでも千五百~三千年前の

蓮の実なのですから・・・

 

 

蓮って途方もない昔から

生き続けているのですね。

 

 

 

一方睡蓮

 

古代エジプトでは

ツタンカーメンの棺の中に

オリーブと柳の葉

そしてブルー・ロータスの花びらを繋いだ

ネックレスが見つかっています。

 

 

 

 

 

 

ここに青い蓮が出現

 

蓮はロータス

睡蓮はウォーター・リリー

ですが

エジプトのロータスは

蓮ではなく睡蓮のことなのです。

 

古代エジプトでは睡蓮は太陽神の象徴

古代エジプト遺跡の壁画や彫刻にも

ロータスが描かれ、身近なものでした。

 

エジプトには古代から

ブルー・ロータス(青いスイレン)

があったのです。

 

ブルー・ロータスがいつごろ

インドに存在していたのか

詳細はわかりませんが

インドには蓮と青い睡蓮があったのです。

 

 

初期の仏典では

ウトパラは昼咲き青睡蓮

クムダは夜咲き白睡蓮

パドマは紅い蓮

プンダリーカは白い蓮

としてありますが

 

仏教の原典を漢語に訳すのも

用意ではありません。

そこで誤訳が生じたり

中国では

スイレンの認識が無く

無理に色で区別し

黄蓮や青蓮が生まれてしまった

のではということです。

(インド学者松山俊太郎氏)

 

ここに観たこともない

「青い蓮」が

出現したのです。

 

 

 

 

 

 

ずっとずっと長いこと

観たこともない「青い蓮」は

憧れだけの

幻の蓮だったのです。

 

 

「青い蓮」の謎

ようやく理解できました。

 

民族が違い

言語が違い

まして、音での書写であったりすると

間違ったまま受け継がれて

それが正しいものとされ

解明されることなく存在してしまうのです。

 

 

憧れの青いバラではありませんが

青い薔薇を切望した結果

青い薔薇が生み出されました。

 

 

 

 

 

 

蓮に魅せられた園芸家が

いつか「青い蓮」を作り出して

愛蓮家(藍蓮花をもじって))を

狂喜させるのではと思います。

 

私もその時を待っています。

 

 

蓮を愛する方のために

写真家の三浦功大氏の

「蓮への招待」が

とても参考になりました。

とても膨大な資料の集大成です。

 

私の意訳で誤っていたりすると

申し訳ありませんので

正確な答えをお求めになる方は

参考になさってください。

 

 

 

おしまい