★★剣を持った青獅子★★ -106ページ目

マリーアントワネットの口調が優しい。

ルイ15世の容態を案じて
不安を露わにする王太子の手を取って、

『お祈りしましょう?』


というマリーアントワネットの口調がとても優しかった。


手を取り合う二人の姿はまるで切り絵のような美しいシルエットで描かれる。





夕陽に照らし出された二人の影。

美しいけれど表情が見えないこの画には
表現する事も出来ない二人の大きな不安が描かれているよう。


そっと寄り添うアントワネットの優しさに恋しそうでした。



そして、
王太子がほんの少しだけでもアントワネットの気持ちを汲むことが出来れば、
アントワネットもフェルゼンも苦しい恋をすることはなかったし、アントワネットが寂しさや退屈を恐れて税金を浪費する事も、革命がおこることもなかったのではないか?



と、思えました。



錠前に凝って徹夜する王太子と、
1人お人形と寝ているマリーアントワネット。


マリーアントワネットを悪女にした真犯人はこの王太子だったのではないでしょうか?



新婚なのに自分の趣味ばかりに走って
徹夜して帰ってこないブチャイクで口べたな旦那さんを持った、とびっきりお茶目で美しい奥様。



もし、そんな奥さんに好意を持った美しい独身男性が突然現れたら、、、


恋に落ちるな!
と言う方がむりですね。



結局、贅沢三昧をして国民からの信頼を失ってしまうマリーアントワネットですが、女性としてかわいそうな結婚をしてしまったな、と不憫に思ってしまうのです。


王太子に彼女を受け止めてあげられるだけの器があったならば、二人はきっと良い夫婦になったのではないかな、と思います。












実は名医のラソンヌ先生!

まるでカルタのような調子の良い
タイトルになりました。



ジャルジェ家の主治医、ラソンヌ先生。

オスカル落馬の回、初登場します。





その後、アンドレの左目を診るのも、
オスカルの胸の病を診るのもラソンヌ先生。


最後の方まで責任を持って主治医として登場してくれます。

素晴らしい!!!!


そんなラソンヌ先生、実は超名医なのでは???


と、あたくし思ってしまいました。




昨日の、国王陛下の天然痘の治療にあたった医師団の顔ぶれに、この人が!!!

↓↓↓


あれ?これって。





ラソンヌ先生ちゃいまっか??!!!!


ラソンヌ先生、ジャルジェ家の主治医にして王室の、しかも国王陛下の医師団の
1人!!!!



他人のそら似ってこと、あるかしら。

そっくりに見えるのだけれど!!!


とりあえず、王室のお抱え医師団だとしたら超優秀なお医者様のはず!


すごいよ!ラソンヌ先生!




と、また本編とはあまり関係ないところで
1人興奮するのでした。




前回のブログに書き忘れたけれど、

『陽は沈み陽は昇る』のタイトルを語るジェローデルが、そのまま平家物語の冒頭でも唱えそうだな、と思いました。




今回のジェローデル、
アンドレに、オスカルの気持ちも分からないのか?と、ちょっとした嫌みを言われて
ムカッとしていましたね。
お前はオスカルのこと分かってないな感を出すアンドレの横顔も微笑ましく見てました。


あなたたち、あと12、3年もすれば
今度はジェローデルが嫌み言って、アンドレはショコラぶっかけるのよ~!!!
この続きは原作でね。


と、二人の今後を少しかいま見れた回でもありました。








夕陽とヒマワリ

本日のアニメ、ベルサイユのばらも早々に
見てしまいました(o^^o)




『陽は沈み陽は昇る』



やはり国の繁栄と太陽を並べる演出に長けているアニメベルばらだけあって、
この回はこのタイトルです。



もちろん、本編のタイトルが映し出された後直ぐにこの画





眩しく光る太陽。



今回のメインはルイ15世崩御、
そしてデュバリー婦人のベルサイユ追放。


世代交代の回でした。




国王の容態が悪くなるとこの画



太陽が雨雲に隠れてゆきます。




そしてこのお話のラストは






夕日で終わります。
マリーアントワネットに敵対心を持っていたデュバリー婦人でしたが彼女の時代は終わったのです。





この太陽を使った演出パターン、アニメでのベルばらでは大変多いですが良くできています。





私はこの回、とても好きです。


原作にはないオスカルとデュバリー婦人が心を通わせる短いシーン、
ここが特に好きなのです。



貧しい時代を経験しているデュバリー婦人は自分のステイタスを保つことばかり気にしてプライドだけが高くなっている女性。


権力や物質的な裕福さを手に入れることで心を満たしています。



デュバリー婦人は自らを、
太陽の光を浴びて輝くひまわりなのだと言う。

ひまわりは太陽なくしては
咲けません、と。


そう、デュバリー婦人は充分理解してしているのですね。


取り巻きたちは
『デュバリー婦人』を慕っているのではなく、『国王の愛人』である自分だからこそ、価値があると思っているのだということを。



それを分かっているから
いつも心穏やかになれずにカリカリとしているのでしょうね。
自分自身には何にもないのだという事を
きちんと理解しているのです。






陛下が病に苦しんでいるときに

『私にはまだまだやりたいことが山ほどある、負けてたまるもんですか!!!!』

と、思っているのです。

死を目前にした国王に対して、
大切に愛してもらった男性に対しての本音がこれです。



相当苦労して、この地位を手に入れたのでしょう。

と、デュバリー婦人に対してこんな風に思えるのも、この回のラストシーンがあるからなのでしょうね。



この回で、人間の汚い心の内を散々見ることになったオスカルは大変心を痛めます。



人々は自分の損得しか考えません。
大変薄情な事ばかり言っているのです。

そして世代交代をすると手のひらを返したように古い世代には見向きもしません。



国王亡き後、デュバリー婦人に対して
乱暴な言動をする兵隊を見たオスカルは思わず、その兵隊を切りつける。
(ちょっと怖い。。。)


そして、デュバリー夫人をかばうのだ。




『貴女を襲撃するという噂がある、お供する。』


と言って、デュバリー夫人の乗った粗末な馬車に寄り添って、彼女を見送る。


これは、人を気遣うアニメオスカルが度々つく嘘のうちの1つ目の『優しい嘘』ではないでしょうか。


デュバリー夫人を襲撃する噂など恐らくありません。
オスカルがデュバリー夫人をお見送りするための口実なのです。



オスカルはこの後にも、色んな人に対して
優しい嘘をつきます。


私はそんなオスカルが素敵だな、と
いつも思うのです☆




いつの間にか気を許し、身の上話始めるデュバリー夫人の横で、何も言わずにただ、側に寄り添うオスカル。



オスカルとデュバリー夫人が初めて心を通わせ、ただの『人』として同じ空間にいた、


という瞬間を作ってくれたこの回に
『ブラボー!』といいたいです☆




『こんな優しい気持ちになれたのは五歳の時に親を亡くした以来、貴女って不思議な人ね』


と、いうデュバリー夫人。

国王の愛人という肩書きを無くして
全てを失っても尚、
何の見返りも期待せずに自分をかばい、1人見送ってくれたオスカルに心から感謝していたのでしょう。




あぁ、苦労したのだな、この人も。
と、少しデュバリー夫人を理解出来たようなお話でした。




デュバリー夫人を乗せた馬車は
大きな夕陽に飲み込まれてゆくようでした。




ちなみに、
ヒマワリは成長期には太陽を追って
朝は東、夕方は西に向き、
夜の内にまた東に顔を向けるのだそうです。


そして花を咲かせる頃になると
西を向くことなく、ずっとずっと東を向き、昇る太陽だけを見つめるようになるのだとか。



陽が沈んでも尚、東を向いて再び咲く機会を待つデュバリー夫人の姿とリンクしました。


太陽だけを見つめて咲く、
一途な花と思われていますが
実はヒマワリは貪欲で、向上心の高い花なのかもしれないですね。