胆大小心録 その4
四
(霊語通という本にて)仮名遣いは無かったという説を書いて、
弟子の谷直躬に出版させた。
江戸の村田春海の爺は「あちこちに私見が多すぎる」と言って来たが、
「わたくし(という言葉)とは才能の別名である。
古代中国で堯が舜に天下を譲ったのはよい私案である。
殷の湯王が狩猟の網の三方を開いて一方のみを得た事は私案の始まりである。
周が天下を治め、姫氏は42国を立て、
殷の血胤の子氏には宋の一国しか与えなかった事は
聖王と呼ばれた武王にも私欲があったからだ。
この私欲が名目となり、簒奪が禅位とみなされた。
古典を紐解く事は必要な事ではないが、世が進み、言語は食い違い、
文字にも仮借転注などと言って、例えやら何やらと言って答えを出したりするが
それは仕方が無い。
これを頼りに私案を加えて賢げにしている。
(晋代の詩人)陶淵明は言う。
「書物はその大意を読み得れば、それ以外のわからない事はそのままにしておけ」
弦の無い琴を弾くふりをして
「趣だけを感じて遊べばよい」と言った故事と同じ類の話である。
自分はこの論に賛成だ。」
自分のこの諭説を気に入らず、誰やら(春海の事)が色んな事を言う。
(秋成が)狂っていると。
爺(秋成の事)が答える。
「大仏の柱はやけてなく成りぬせせる蟻どもたんとわひたり
(大仏殿が焼失して巣を突かれたように蟻がたくさん湧いた)」と。
韓愈が仰っている。
「現世でほめられるより、後世に謗られないように注意せよ」と。
ほめるのも謗るのも自分がひいきする方だろうに。
非常に苦労しました。
まず霊語通というのは秋成作の仮名遣いの研究書。
新説のようなものが織り込まれていたらしいですが、
そこを村田春海に批判されたという事らしいです。
で、村田春海というのは高名な国学者で、
賀茂真淵という当代随一の学者の門下生の一人です。
「わたくし」とは公私の私の事で、
私案だの私見だの私欲だのをひっくるめているらしいです。
この段は、霊語通に私案が多いと言われて、
私案の素晴らしさをむきになって反論しているという内容でしょうな。
秋成の詠んだ大仏云々と言うのは、
賀茂真淵が死んで、門下生たちが蟻のように湧いてきて
一人前に門戸を張っている様をからかっている
という意味らしいです。
真淵門下には秋成と仲が悪い事で有名な本居宣長もいて、
ひっくるめて馬鹿にしているのでしょうね。
(霊語通という本にて)仮名遣いは無かったという説を書いて、
弟子の谷直躬に出版させた。
江戸の村田春海の爺は「あちこちに私見が多すぎる」と言って来たが、
「わたくし(という言葉)とは才能の別名である。
古代中国で堯が舜に天下を譲ったのはよい私案である。
殷の湯王が狩猟の網の三方を開いて一方のみを得た事は私案の始まりである。
周が天下を治め、姫氏は42国を立て、
殷の血胤の子氏には宋の一国しか与えなかった事は
聖王と呼ばれた武王にも私欲があったからだ。
この私欲が名目となり、簒奪が禅位とみなされた。
古典を紐解く事は必要な事ではないが、世が進み、言語は食い違い、
文字にも仮借転注などと言って、例えやら何やらと言って答えを出したりするが
それは仕方が無い。
これを頼りに私案を加えて賢げにしている。
(晋代の詩人)陶淵明は言う。
「書物はその大意を読み得れば、それ以外のわからない事はそのままにしておけ」
弦の無い琴を弾くふりをして
「趣だけを感じて遊べばよい」と言った故事と同じ類の話である。
自分はこの論に賛成だ。」
自分のこの諭説を気に入らず、誰やら(春海の事)が色んな事を言う。
(秋成が)狂っていると。
爺(秋成の事)が答える。
「大仏の柱はやけてなく成りぬせせる蟻どもたんとわひたり
(大仏殿が焼失して巣を突かれたように蟻がたくさん湧いた)」と。
韓愈が仰っている。
「現世でほめられるより、後世に謗られないように注意せよ」と。
ほめるのも謗るのも自分がひいきする方だろうに。
非常に苦労しました。
まず霊語通というのは秋成作の仮名遣いの研究書。
新説のようなものが織り込まれていたらしいですが、
そこを村田春海に批判されたという事らしいです。
で、村田春海というのは高名な国学者で、
賀茂真淵という当代随一の学者の門下生の一人です。
「わたくし」とは公私の私の事で、
私案だの私見だの私欲だのをひっくるめているらしいです。
この段は、霊語通に私案が多いと言われて、
私案の素晴らしさをむきになって反論しているという内容でしょうな。
秋成の詠んだ大仏云々と言うのは、
賀茂真淵が死んで、門下生たちが蟻のように湧いてきて
一人前に門戸を張っている様をからかっている
という意味らしいです。
真淵門下には秋成と仲が悪い事で有名な本居宣長もいて、
ひっくるめて馬鹿にしているのでしょうね。
胆大小心録 その3
三
(知人の)伴蒿蹊が言う。
「職人歌合(職人を題材とした歌合)も久しく行われていない。
どれ、二人でやってみよう」
「詠むのはたやすいが、今なら商人歌合と名前を変えるべきだな」
と答えると、蒿蹊は黙ってしまった。
この回は短い上にわかりやすかった。
たまにこういうのがあると助かりますな。
伴蒿蹊は秋成と親しい歌人。
小沢蘆庵などと並んで平安和歌四天王と呼ばれているらしいです。
常々読みたいと思っている「近世畸人伝」の作者でもあります。
ちなみに歌合とは歌人が集まって歌の技量を競う集まりだそうで、
平安時代に大いに流行ったらしいです。
職人歌合というのはその名の通り職人の歌を詠むもので、
上流階級の人間が職人の気持ちになって詠むという謎のジャンルです。
秋成のセリフは、
「職人の気持ちになって詠むのは簡単だが、
商売っ気が出てきている今の歌人は、すでに商人歌合をしているようなものだよ」
といった感じでしょうか。
(知人の)伴蒿蹊が言う。
「職人歌合(職人を題材とした歌合)も久しく行われていない。
どれ、二人でやってみよう」
「詠むのはたやすいが、今なら商人歌合と名前を変えるべきだな」
と答えると、蒿蹊は黙ってしまった。
この回は短い上にわかりやすかった。
たまにこういうのがあると助かりますな。
伴蒿蹊は秋成と親しい歌人。
小沢蘆庵などと並んで平安和歌四天王と呼ばれているらしいです。
常々読みたいと思っている「近世畸人伝」の作者でもあります。
ちなみに歌合とは歌人が集まって歌の技量を競う集まりだそうで、
平安時代に大いに流行ったらしいです。
職人歌合というのはその名の通り職人の歌を詠むもので、
上流階級の人間が職人の気持ちになって詠むという謎のジャンルです。
秋成のセリフは、
「職人の気持ちになって詠むのは簡単だが、
商売っ気が出てきている今の歌人は、すでに商人歌合をしているようなものだよ」
といった感じでしょうか。
胆大小心録 その2
二
(知人の)小沢蘆庵が言う。
「お前は何もしないでいるがそれは無益な事だ。人の歌を直すなりして交遊を広めよ」
「人の歌の直し方など知らん」と答えると、
「いやいや、ただ未熟な者を上達させてあげるつもりでやればよい」と言う。
私が
「いや、歌の才能を持って生まれなかった者に教えてもかえって下手になってしまうものだ。
親に教わった生業をよく心得ている者だとしても、自分に無い才能は学んでも下手くそになるだけだ」
と返すと、蘆庵は何も答えられなかった。
2回目にして早くも秋成の人となりがわかるエピソードが出てきました。
小沢蘆庵はこの時代の代表的な歌人で、
秋成や本居宣長など多くの学者や文人と親交のある人物らしいです。
減らず口を叩いて相手を閉口させて、
それを自慢気に書くあたりが秋成流といったところですかね。
まあ、この手のエピソードは他の随筆でもよく見られるのですが。
(知人の)小沢蘆庵が言う。
「お前は何もしないでいるがそれは無益な事だ。人の歌を直すなりして交遊を広めよ」
「人の歌の直し方など知らん」と答えると、
「いやいや、ただ未熟な者を上達させてあげるつもりでやればよい」と言う。
私が
「いや、歌の才能を持って生まれなかった者に教えてもかえって下手になってしまうものだ。
親に教わった生業をよく心得ている者だとしても、自分に無い才能は学んでも下手くそになるだけだ」
と返すと、蘆庵は何も答えられなかった。
2回目にして早くも秋成の人となりがわかるエピソードが出てきました。
小沢蘆庵はこの時代の代表的な歌人で、
秋成や本居宣長など多くの学者や文人と親交のある人物らしいです。
減らず口を叩いて相手を閉口させて、
それを自慢気に書くあたりが秋成流といったところですかね。
まあ、この手のエピソードは他の随筆でもよく見られるのですが。