むかしのはなし -57ページ目

胆大小心録 その1



都ともなれば、歌を詠むと言う人が多い。
皆、名人の口真似をしようとするがうまく真似できない。

歌の先生も自分のやり方を真似ろと言う。
京極中納言(藤原定家)の巧みさを真似てみようと言う。

その先生が紀貫之や凡河内躬恒の時代を知らない筈は無い。
貫之や壬生忠岑は、先達の柿本人麻呂を褒め称えているというのに。

このような遊びの世界にさえ名家への媚びへつらいがあって進歩を邪魔している。



と、いうわけで最初から迷走しています。
出だしの「都なれば」の部分で相当時間を食い、それっぽく済ませた次第です。

一応注釈。
藤原定家は鎌倉時代の歌人で、説明する必要が無いほどの有名人ですな。
公家たちが長年敬慕してきた人物で、それは秋成が生きた江戸時代でも変わらない。

紀貫之、凡河内躬恒、壬生忠岑はいずれも古今和歌集の選者で
代表的な歌人たちです。
知名度で言えば「土佐日記」の紀貫之がダントツでしょうが、
他の二人もかなりの人物らしいです。

で、この話の登場人物の中で最もメジャーな柿本人麻呂は
万葉集でおなじみの歌人で、歴史上でトップクラスの歌人でしょう。

この章を要約すると、
歌の先生は権力者に気を使って、人麻呂よりもランクの低い定家を持ち上げて、
それを弟子達に教えているという事でしょうな。
そういう浅ましい魂胆を遊びにまで持ち込む連中に嫌気がさしているといった内容でしょうか。

和歌の世界に全く興味が無い自分にとっては定家と人麻呂のどっちが上だなんて
考えたことも無かったので、文意を理解するのに難儀しました。

胆大小心録を適当に訳してみる

「胆大小心録」とは江戸後期の文人、上田秋成の書いた随筆である。

上田秋成といえば「雨月物語」が有名で
読本の作家としては曲亭馬琴や山東京伝と並ぶレベルだろう。

で、この人はなかなかの変わり者で
高名な学者でありながらオカルトへの興味が強く
霊の存在の有無をめぐって喧嘩をするような子供っぽい一面がある。

さらに天邪鬼で皮肉屋で、マイナスのエピソードが多く残っている点が妙に面白い。

「胆大小心録」はそんな彼の心情がストレートに書き記されているらしい。

以前から興味があって、先日岩波書店の本を手に入れたのだが
この作品の現代語訳というのは存在しないらしい。

まあ自分が知らないだけかもしれないが、
簡単に手に入るものでも無いのだろうから
とりあえずこの本を読んでいく他無い。

というわけで、自分なりに訳しつつ読んでいくことにした。
で、ついでにこのブログに載せていこうと思う。

しかしここ最近まで全く古典に興味が無く、文法すらわからないもので
古語辞典とネットを駆使して訳す事になると思う。

もし興味がある人がいたら気にかけてもらえれば幸いです。
そもそもこのブログを読んでいる人が何人いるのかわからないけれど。


ちなみにボンヤリと大筋を追った感じの意訳になると思われる。
もしも古典の素養のある人がここを見たとして、
原典と比べておかしいと思った点があったら軽く指摘して頂けると助かります。
あくまでも「軽く」でお願いします。

捜神記

東晋の史官である干宝の作による説話集、もしくは志怪小説集。

干宝が過去の書物や見聞から得た奇怪な出来事をまとめたものであり、
怪談や妖怪図鑑のはしりのようなものである。

この書の面白いところは
非常に広いジャンルの話が収録されている事で、
神や仙人の紹介から日常の奇異、
迷信の話や、何が何だかよくわからない話まで
様々な説話が楽しめる。

また戦国時代に編集された山海経などと同じく、
リアルとファンタジーの垣根が曖昧な時代である事もあり
超常的な出来事が事実のように書かれているのが面白い。

漢代の燕王が鼠の妖怪に遭う話や、
董仲舒が人間に化けた狸を見破る話など、
実在の人物が登場する事も多い。