中山靖王劉勝
「三国志」の英雄として名高い劉備は
豪族の端くれでありながら
貧しい莚売りとして生計を立てていた。
大規模な農民蜂起を鎮圧する為に義勇軍を結成した事から
世に知られるようになるのだが、
その際に前漢の皇族、中山靖王劉勝の末裔を名乗ったとされる。
この劉勝という人物、漢の名君である景帝の子である事もあり、
それなりの人物であると思われがちだが、
実は単なるエロ親父である。
酒と女が好きで、数十人の妾を持つ劉勝は
120人もの子と孫を残したと言われている。
彼の子孫は領地である中山国を中心として
劉備の故郷である幽州に数多く存在していたと思われる。
劉備が劉勝の末裔を名乗ったのも
実際に彼の血を継いでいるわけではなく、
その多数の子孫に紛れる事ができると考えたからかもしれない。
豪族の端くれでありながら
貧しい莚売りとして生計を立てていた。
大規模な農民蜂起を鎮圧する為に義勇軍を結成した事から
世に知られるようになるのだが、
その際に前漢の皇族、中山靖王劉勝の末裔を名乗ったとされる。
この劉勝という人物、漢の名君である景帝の子である事もあり、
それなりの人物であると思われがちだが、
実は単なるエロ親父である。
酒と女が好きで、数十人の妾を持つ劉勝は
120人もの子と孫を残したと言われている。
彼の子孫は領地である中山国を中心として
劉備の故郷である幽州に数多く存在していたと思われる。
劉備が劉勝の末裔を名乗ったのも
実際に彼の血を継いでいるわけではなく、
その多数の子孫に紛れる事ができると考えたからかもしれない。
中華料理 天竺
横芝町にある中華料理屋。
以前からよく店の前を通っていたが、その度に
「中華料理で天竺(インド)っておかしいだろ」
と思って入る気もしなかったのだが、先日何となく行ってみた。

注文したのはオススメらしい炭焼チャーシュー麺。
結論から言うと、とても美味しかった。
売りのチャーシューが美味しいのは当然として、意外にもメンマが美味しかった。
個人的にメンマには大したこだわりも無く
入ってても入って無くてもどちらでも良かったのだが
ここのメンマの、柔らかくて歯ごたえも残っているという絶妙なバランスに大満足。
もちろんラーメン自体も美味しかったし、店員の対応もハキハキしていてよかった。
もっと早く行っておけばよかったと若干後悔。
ちなみに「そんごくう」という中華料理屋の姉妹店らしい。
それにちなんで天竺と名付けたという事か。
やっぱりおかしいだろ。
以前からよく店の前を通っていたが、その度に
「中華料理で天竺(インド)っておかしいだろ」
と思って入る気もしなかったのだが、先日何となく行ってみた。

注文したのはオススメらしい炭焼チャーシュー麺。
結論から言うと、とても美味しかった。
売りのチャーシューが美味しいのは当然として、意外にもメンマが美味しかった。
個人的にメンマには大したこだわりも無く
入ってても入って無くてもどちらでも良かったのだが
ここのメンマの、柔らかくて歯ごたえも残っているという絶妙なバランスに大満足。
もちろんラーメン自体も美味しかったし、店員の対応もハキハキしていてよかった。
もっと早く行っておけばよかったと若干後悔。
ちなみに「そんごくう」という中華料理屋の姉妹店らしい。
それにちなんで天竺と名付けたという事か。
やっぱりおかしいだろ。
南総里見八犬伝/曲亭馬琴
江戸時代後期の読本。
馬琴が28年をかけて完成させた大作であり、
失明しながらも嫁の路に筆記をさせて完成にこぎつけている。
本作は読書家である馬琴の古典への造詣の深さが窺い知れ、
水滸伝の影響が強いことに加え、中国の故事からの引用も多い。
この物語で最も好きなのが山林房八。
最初は典型的なやっかい者として現れ、
散々犬士たちに嫌がらせをした末に斬り殺されるという最期を迎えるが
実は犬士たちを思っての行動だった。
結果犬士の一人犬塚志乃の命を助ける事になり、
「犬士になりたかった」という印象的な言葉を残して力尽きる。
ストーリー上では房八は短いが重要な役割を担い、その死は様々な意味で必要な事だったが、
主役になれなかった脇役の哀愁が感じられる一言だと思う。
馬琴が28年をかけて完成させた大作であり、
失明しながらも嫁の路に筆記をさせて完成にこぎつけている。
本作は読書家である馬琴の古典への造詣の深さが窺い知れ、
水滸伝の影響が強いことに加え、中国の故事からの引用も多い。
この物語で最も好きなのが山林房八。
最初は典型的なやっかい者として現れ、
散々犬士たちに嫌がらせをした末に斬り殺されるという最期を迎えるが
実は犬士たちを思っての行動だった。
結果犬士の一人犬塚志乃の命を助ける事になり、
「犬士になりたかった」という印象的な言葉を残して力尽きる。
ストーリー上では房八は短いが重要な役割を担い、その死は様々な意味で必要な事だったが、
主役になれなかった脇役の哀愁が感じられる一言だと思う。