むかしのはなし -55ページ目

胆大小心録 その7



京での仮住まいも十五年になる。
ここで独り言をしているが、大昔の事は置いておいて、
ここ千年以前からの京の都にも時代によって盛衰がある。

(平安京は)平城京の造りに倣って内裏と朝堂院(政庁)が並んでいる。
帝宮の門を出て、南に向かっている朱雀大路という道は、幅が十八丈あるという事だ。
宮中の天皇の通り道は八丈で、小道は四丈あるらしい。
なんとまあ十八丈のところは向かい側が霞んで見えた事だろう。



短くて簡単でした。
ラッキーポイントですな。

ちなみに一丈は約3.3メートルです。
つまり宮中の道は約26mで小道は約13mという事ですね。
朱雀大路は十八丈とありますが、
これは秋成のミスで、実際は二十八丈。約92mという事です。


胆大小心録 その6



「櫻を雲と見立て、または雪と見立てて詠むという事でも
手だれの歌人一、二人に限っては悪くは聞こえないものだ」
と賀茂真淵は言われた。

西行ほどの道人でも、ともすれば雲が櫻に見え、櫻が雲に見えて、
吉野山での三年の修行の暇々には、(櫻を)雲だという歌をたくさん詠んだ。

そこで翁(秋成)が言う。
「この法師の歌は俗世を離れたものと世俗的なものの二種類がある。
俗っぽい歌が世に多く言い伝えられている」

歌に限らず、何の道でも芸でも、梅に鶯、道成寺、三輪な事が多い。



西行は中世の僧侶であり、歌人としても有名な人です。
この西行の歌や人生を秋成は大いに尊敬していたそうで、
代表作の「雨月物語」の中にも西行を主人公としたエピソードがあります。

梅に鶯、道成寺、三輪というのは、
解説によると取り合わせの定まったことの例えとあります。

梅に鶯は有名な言葉ですね。
よくわからないのですが道成寺と三輪も同じような事だと思われます。
櫻を雲や雪に例える事と同じように定番のモチーフという事でしょうか。

要するに名人でも(もしくは名人ならではこそ)、定番を大事にする。
といったところでしょうかね。

徒然草で、未熟な者ほど奇をてらうという話があったことを思い出しました。


胆大小心録 その5



若い時は人真似をして、俳諧の事を趣があると大仰に尊がっていたが、
歌を詠むことを学んでからも、時々は俳諧を楽しんでいる。

歌はなかなか上達しない事だと諦めていたが、人に勧められて、
どこぞの中納言様(藤原為栄)に添削をして頂こうと思うもののなかなか難しいので、
ところどころわからない部分があるのを問いに伺うと
「そちは熱心で志の良い者だ。考えておこう」
と仰って答えてもらえず、
物足りなくて契沖の研究書を集めて読んだが、あちこちにはっきりしない部分があって、
思いがけなく江戸の加藤宇万伎という師に会って、その不明な点を詳細に伺うが、
この師も私が44、5歳の時に京都二条城の守護役を命じられて、
ついに京で亡くなってしまった。
齢は50過ぎだった。

惜しい人を亡くしたと嘆くが、
私もその頃は医者として日々東西南北と走り回っていたので、
また良い師について勉強したいとも思わず、43歳より55歳まで怠けることなく働き続け、
慣れない仕事だったので病気になり、田舎で養生の為に隠居したが、
暇になったので、また思い出して、遅々とした勉強をする程度で、
また師が言う事にも肯けぬ事もあって、古書を顧みると大体理解できるようになるが、
なおわからない事は陶淵明の教えに従って差し置いておく。

ある人(雨森芳洲)が言う。
「知りようが無いことを知ろうとするのはかえって無学だ」と。
私はなるほどと思い、わからない事に私案は加えないことにした。

また古典を無理矢理解釈する人(本居宣長の事)がいる。
門人を教え子と称して、集めている人がいる。
やはりこの人も私見の多い人だ。
伊勢の人で古事記を専門として、古代を解き得たと思われた。

翁(秋成の事)は口が悪くて、
  ひが事をいふて也とも弟子ほしや古事記傳兵衛と人はいふとも
  (でたらめを並べてでも弟子が欲しいのだ。古事記(乞食)伝兵衛と人は言う)

独学孤陋といえども、その始めは師の教えを受けて後に独学でなければ、と思うより、
私見とでも何とでも言え、独りで窓の下で眼を痛めつつ考えてみれば、
どうやら知らない事の六、七分は知れたのだ


古典でよくあるのが句点をなかなか使わずに延々と一節が続くパターンです。
もちろん現代とは常識が違うのでそれなりに理由がある事なのだろうが、
なかなか苦労させられますな。

この条での重要人物は加藤宇万伎と本居宣長です。
共に賀茂真淵の門下生で、加藤宇万伎の方は本文にあるように秋成の師の一人です。

真淵門下という事は、前条でからかっていた蟻の中の一人のような気もしますが
その辺は何か事情があるのでしょうね。

本居宣長の方は秋成よりも数段有名な人なので説明はいらないでしょう。
古事記→乞食のシャレなどは今のセンスと大して変わらないんですな。

ちなみに今回はあまりに長くて途中で気力が尽きてしまったので、
今まで以上にデタラメな訳になっているかと思われます。