胆大小心録 その37
三十七
「大津には堂島のような気概がある」
(滋賀の大津の米市場は、大阪の堂島にも負けない質の良さである)
と人が言うが、それは間違いで気概などは無い。
京の貧国の中では多少金離れがいいが、米市場だけの話だ。
(大津の米は)よく味わえばそれなりの味があるが、満足とは言えない。
大津には大きな米市場があったそうですね。
ただ天下の台所である大阪出身の秋成からすれば、
日本一の堂島と一緒にされるのは気に食わない。
といったところでしょうか。
現代でもそうですが
大阪の人は食に関してプライドが高いようですね。
ところで古い本を読む時に困るのが旧字です。
見たことも無い漢字がたくさん出てくるのでなかなか苦労させられますが、
スマートフォンの手書き検索に大いに助けられています。
今まで不要だと思っていた機能ですが、
これのおかげで作業が何倍も楽になりました。
「大津には堂島のような気概がある」
(滋賀の大津の米市場は、大阪の堂島にも負けない質の良さである)
と人が言うが、それは間違いで気概などは無い。
京の貧国の中では多少金離れがいいが、米市場だけの話だ。
(大津の米は)よく味わえばそれなりの味があるが、満足とは言えない。
大津には大きな米市場があったそうですね。
ただ天下の台所である大阪出身の秋成からすれば、
日本一の堂島と一緒にされるのは気に食わない。
といったところでしょうか。
現代でもそうですが
大阪の人は食に関してプライドが高いようですね。
ところで古い本を読む時に困るのが旧字です。
見たことも無い漢字がたくさん出てくるのでなかなか苦労させられますが、
スマートフォンの手書き検索に大いに助けられています。
今まで不要だと思っていた機能ですが、
これのおかげで作業が何倍も楽になりました。
胆大小心録 その36
三十六
「おもふとも見るととも人にかたらじな耳なし山の口なしの花」
(思った事も見た事も人に語らない、耳成山のくちなしの花)
世が開けてきて、盲目の学者もいるそうだ。
聖人(孔子)が、「私はここにいます」
と盲目の楽師に対し礼を示したが、
孔子の傍に出る程の者でも、盲目は盲目である。
(盲目の学者が通用する)江戸が田舎だというのも納得だ。
なかなかの問題発言ですな。
まず、盲目の学者というのは、塙保己一という人物を指しているそうで、
盲目の身でありながら江戸に出て学問を修め、
検校という、盲人の役職の中での最高位に就いた人だそうです。
そして孔子のエピソードですが、
孔子が盲目の楽人に師事した際に、
「ここは階段です」「ここが座席です」と、
当時身分が低かった盲人に対して、非常に丁寧に接したという話です。
盲目の学者を大先生としてもてはやす江戸は
人材が少ない田舎だと馬鹿にしている、という回でした。
「おもふとも見るととも人にかたらじな耳なし山の口なしの花」
(思った事も見た事も人に語らない、耳成山のくちなしの花)
世が開けてきて、盲目の学者もいるそうだ。
聖人(孔子)が、「私はここにいます」
と盲目の楽師に対し礼を示したが、
孔子の傍に出る程の者でも、盲目は盲目である。
(盲目の学者が通用する)江戸が田舎だというのも納得だ。
なかなかの問題発言ですな。
まず、盲目の学者というのは、塙保己一という人物を指しているそうで、
盲目の身でありながら江戸に出て学問を修め、
検校という、盲人の役職の中での最高位に就いた人だそうです。
そして孔子のエピソードですが、
孔子が盲目の楽人に師事した際に、
「ここは階段です」「ここが座席です」と、
当時身分が低かった盲人に対して、非常に丁寧に接したという話です。
盲目の学者を大先生としてもてはやす江戸は
人材が少ない田舎だと馬鹿にしている、という回でした。
胆大小心録 その35
三十五
狸は化け方が狐より上手で、狐ほど目立たないのだ。
四国では(狐では無く)狸がつくのだそうだ。
九州では河太郎(河童)がつく。
京阪では、色茶屋の女や、芸事や学問の先生や、茶の師匠がついて、
(金を使わせようと)悩ませる。
どれも安心して生きられぬ世の中だ。
狸の話かと思いきや
単なる笑い話でした。
狸は化け方が狐より上手で、狐ほど目立たないのだ。
四国では(狐では無く)狸がつくのだそうだ。
九州では河太郎(河童)がつく。
京阪では、色茶屋の女や、芸事や学問の先生や、茶の師匠がついて、
(金を使わせようと)悩ませる。
どれも安心して生きられぬ世の中だ。
狸の話かと思いきや
単なる笑い話でした。