胆大小心録 その36
三十六
「おもふとも見るととも人にかたらじな耳なし山の口なしの花」
(思った事も見た事も人に語らない、耳成山のくちなしの花)
世が開けてきて、盲目の学者もいるそうだ。
聖人(孔子)が、「私はここにいます」
と盲目の楽師に対し礼を示したが、
孔子の傍に出る程の者でも、盲目は盲目である。
(盲目の学者が通用する)江戸が田舎だというのも納得だ。
なかなかの問題発言ですな。
まず、盲目の学者というのは、塙保己一という人物を指しているそうで、
盲目の身でありながら江戸に 出て学問を修め、
検校という、盲人の役職の中での最高位に就いた人だそうです。
そして孔子のエピソードですが、
孔子が盲目の楽人に師事した際に、
「ここは階段です」「ここが座席です」と、
当時身分が低かった盲人に対して、非常に丁寧に接したという話です。
盲目の学者を大先生としてもてはやす江戸は
人材が少ない田舎だと馬鹿にしている、という回でした。
「おもふとも見るととも人にかたらじな耳なし山の口なしの花」
(思った事も見た事も人に語らない、耳成山のくちなしの花)
世が開けてきて、盲目の学者もいるそうだ。
聖人(孔子)が、「私はここにいます」
と盲目の楽師に対し礼を示したが、
孔子の傍に出る程の者でも、盲目は盲目である。
(盲目の学者が通用する)江戸が田舎だというのも納得だ。
なかなかの問題発言ですな。
まず、盲目の学者というのは、塙保己一という人物を指しているそうで、
盲目の身でありながら江戸に 出て学問を修め、
検校という、盲人の役職の中での最高位に就いた人だそうです。
そして孔子のエピソードですが、
孔子が盲目の楽人に師事した際に、
「ここは階段です」「ここが座席です」と、
当時身分が低かった盲人に対して、非常に丁寧に接したという話です。
盲目の学者を大先生としてもてはやす江戸は
人材が少ない田舎だと馬鹿にしている、という回でした。