胆大小心録 その79
七十九
萩の花すりを試みたところ、
斑になることも無く、花の形が明瞭につき、
色はムラサキの花にも劣らぬ出来だ。
また、黄色の花芯も奇麗についた。
これを考えると、牡丹餅の事をおはぎと呼ぶのは、
紫と黄色が混ざっているからだ。
風流人とてもこれは知るまい。
十年前より萩の花をすった紙を使って物を書いている。
知人の妻に薦めて絹にすらせたりもした。
とても風流な物だ。
萩の花をするという言葉が万葉集によく出てくるそうです。
秋成は実際に花をすった紙に和歌などを書いていたそうです。
萩の花すりを試みたところ、
斑になることも無く、花の形が明瞭につき、
色はムラサキの花にも劣らぬ出来だ。
また、黄色の花芯も奇麗についた。
これを考えると、牡丹餅の事をおはぎと呼ぶのは、
紫と黄色が混ざっているからだ。
風流人とてもこれは知るまい。
十年前より萩の花をすった紙を使って物を書いている。
知人の妻に薦めて絹にすらせたりもした。
とても風流な物だ。
萩の花をするという言葉が万葉集によく出てくるそうです。
秋成は実際に花をすった紙に和歌などを書いていたそうです。
胆大小心録 その78
七十八
ワレモコウは、地楡である。
薬用の他には植える人はいない。
女郎花と共に秋の野に咲いて趣を感じさせる。
ある日摘みに行って、ススキ・リンドウを加えて、隣人に贈る。
隣人は、この日に茶会をして趣味人達を楽しませた。
(茶会用に)これらの花を生けた。
客はワレモコウを知らず、
「これは何ですか」
と問う。
あるじは答える。
「白く咲けば梅だろうが、これは違う。
隣の翁が贈って来たものだ。帰り際に隣に聞いてください」
と。
客の一人は私の知り合いだった。
家に来て問うので答える。
「これは古書に見える花だ。君は知らないのか。
「桔梗・かるかや・われもこう、刃の太刀をこう刷いて」という言葉がある」
と言うと、大笑いして帰って行った。
ワレモコウの話です。
中国語で地楡と書くそうです。
当時は薬草として扱われていたそうです。
最後の部分は謡曲のある言い回しをもじった洒落だそうですが、
例によって全く意味がわかりません。
ワレモコウは、地楡である。
薬用の他には植える人はいない。
女郎花と共に秋の野に咲いて趣を感じさせる。
ある日摘みに行って、ススキ・リンドウを加えて、隣人に贈る。
隣人は、この日に茶会をして趣味人達を楽しませた。
(茶会用に)これらの花を生けた。
客はワレモコウを知らず、
「これは何ですか」
と問う。
あるじは答える。
「白く咲けば梅だろうが、これは違う。
隣の翁が贈って来たものだ。帰り際に隣に聞いてください」
と。
客の一人は私の知り合いだった。
家に来て問うので答える。
「これは古書に見える花だ。君は知らないのか。
「桔梗・かるかや・われもこう、刃の太刀をこう刷いて」という言葉がある」
と言うと、大笑いして帰って行った。
ワレモコウの話です。
中国語で地楡と書くそうです。
当時は薬草として扱われていたそうです。
最後の部分は謡曲のある言い回しをもじった洒落だそうですが、
例によって全く意味がわかりません。
胆大小心録 その77
七十七
女郎花は、おみなえしと言って、
和名抄に載っている漢名がわからない三品の一つである。
また(大和本草にある)敗醤というのも正しくないそうだ。
楽天(白居易)・放翁(陸游)が詩で辛夷(コブシ)と言っている。
辛夷の形などしているものか。これもまたでたらめに違いない。
男山麓の野辺に風はくねると(歌に)あるのは、
今もあるこの花の事だ。
女郎合わせという言葉は、中古の歌にさかんに出てくる。
今は堂上家が使うのをやめたので、誰も使わなくなった。
郭子もまた売値が安いので売るのをやめ、求めてもなかなか手に入らない。
秋の野に出て堀り、植えるより他に手段は無い。
これは古風で趣がある。
歌を詠めば、
をみなへしさがのの原にほりつれてたが宮つこぞ夕いそぎする
(嵯峨野で女郎花を採って
夕風の中を連れ立って急いで帰るのはどこの社の神官だろうか)
また盛りを過ぎた花を中程より刈ると、
下枝は秋の末になった頃に、花より葉が紅葉するのはとても珍しい。
これは詩人でも知らない事だ。
オミナエシの話です。
萩と共に秋の七草の一つですね。
和名抄というのは正式には「和名類聚抄」といい、
平安時代の辞書のようなものです。
白居易は唐の、陸游は南宋の詩人です。
中国で言う辛夷とは木蓮の事だそうです。
ややこしいですね。
郭子という言葉の意味は良くわかりませんでした。
文意から商人の事なのでしょうかね。
女郎という名前にかけて、
遊郭に関係のある事かも知れませんがどうなのでしょうか。
ちなみにオミナエシは紅葉するのでしょうか?
全然わかりません。
女郎花は、おみなえしと言って、
和名抄に載っている漢名がわからない三品の一つである。
また(大和本草にある)敗醤というのも正しくないそうだ。
楽天(白居易)・放翁(陸游)が詩で辛夷(コブシ)と言っている。
辛夷の形などしているものか。これもまたでたらめに違いない。
男山麓の野辺に風はくねると(歌に)あるのは、
今もあるこの花の事だ。
女郎合わせという言葉は、中古の歌にさかんに出てくる。
今は堂上家が使うのをやめたので、誰も使わなくなった。
郭子もまた売値が安いので売るのをやめ、求めてもなかなか手に入らない。
秋の野に出て堀り、植えるより他に手段は無い。
これは古風で趣がある。
歌を詠めば、
をみなへしさがのの原にほりつれてたが宮つこぞ夕いそぎする
(嵯峨野で女郎花を採って
夕風の中を連れ立って急いで帰るのはどこの社の神官だろうか)
また盛りを過ぎた花を中程より刈ると、
下枝は秋の末になった頃に、花より葉が紅葉するのはとても珍しい。
これは詩人でも知らない事だ。
オミナエシの話です。
萩と共に秋の七草の一つですね。
和名抄というのは正式には「和名類聚抄」といい、
平安時代の辞書のようなものです。
白居易は唐の、陸游は南宋の詩人です。
中国で言う辛夷とは木蓮の事だそうです。
ややこしいですね。
郭子という言葉の意味は良くわかりませんでした。
文意から商人の事なのでしょうかね。
女郎という名前にかけて、
遊郭に関係のある事かも知れませんがどうなのでしょうか。
ちなみにオミナエシは紅葉するのでしょうか?
全然わかりません。