むかしのはなし -25ページ目

胆大小心録 その97

九十七

書画や器物も舶来品であれば、貴重な宝物である。

伝来が無い時には、
千両の価値がある物でも、街頭の立売りで買える古器と大して変わらない。

松屋の源三郎が慈照院殿(足利義政)より賜ったものは、
肩つき・茶盆や呂氏の鷺の絵などとあるが、
肩つきの器はまことに古物である。
鷺の絵は名も印も無い。しかも元々大きな絵だったのを切り取ったものだ。
「もし市で売れば、このような物は一匁でも売れるかわからない」
と、江田世恭が言っていた。
しかし舶来品である。
しかも公の御羽織を頂いて表装したのだから、いつまでも千両の価値があるのだ。


海外の物をありがたがる風潮はどの時代でも変わらないようです。

肩つきというのは、
肩の部分がつき上がった茶入れだそうです。
源三郎が賜ったのは松本肩衝という中国伝来の名品だそうです。
同じく茶盆は存星盆という舶来品です。
鷺の絵というのは、徐熙という花鳥画を得意とする画家の作品だそうです。

胆大小心録 その96

九十六

(松村)月渓の病気は救いようも無い。

隠者のように侘しい生活になり、
下女も置かずに妻と二人で暮らし、
心がどんどんと思い上がるようになっていった。

絵は昔とは技量が違うが、
高尚になり値段を高く見積もる事を許さなかった。
御所や宮様の風を吹かすのが玉に瑕ではあるが。

また御用の手すきに何か描いて欲しいと頼まれると、
屏風や衝立のような大層なものは致さないと言って、
絹紙の一片に墨書きなどを軽くすれば(立派な出来で)、
充分な出来栄えであった。

才人ではあるが俗に走る傾向がある。
人相見や家相見などの占い師に騙されて、
希望が叶わなかったといえども、
それをまた問うのは愚の至りである、惜しむべし。


以前にも出てきた秋成の友人、松村月渓の話です。

月渓の病気とは、
隠者を気取り、それっぽく振舞う事でしょうか。
いわゆる悪癖や欠点を指しているそうです。
秋成はそれを好意的に受け取っているようですが、
お高くとまるのが気に入らないようです。

胆大小心録 その95

九十五

難波の小川屋の景範(加藤景範)は能書であり、
学もあり、歌の名人でもあった。
最近(景範の)書き損じが市に出回り、一分で売られているという。
そんな物かえって持っていない方がいいだろう。


加藤景範は秋成と同時代の歌人であり、国学者でもあります。
ちなみに例の懐徳堂の出身です。

一分は一両の四分の一だそうで、なかなかの高値ですね。