胆大小心録 その94
九十四
翁(秋成)の悪筆をさえ偽造し商いに利用していると聞く。
自分には何の得にもならないが、面目の事もある。
その人に会って一言お礼を言いたいものだ。
秋成もそれなりの人物ですから、
金儲けに利用しようとする者もいたでしょうね。
最後の一言は当然皮肉でしょうね。
翁(秋成)の悪筆をさえ偽造し商いに利用していると聞く。
自分には何の得にもならないが、面目の事もある。
その人に会って一言お礼を言いたいものだ。
秋成もそれなりの人物ですから、
金儲けに利用しようとする者もいたでしょうね。
最後の一言は当然皮肉でしょうね。
胆大小心録 その93
九十三
江田世恭は当代の鑑定家だ。
私が(貫之の文を)悪いと批判したのにとても憤ったが、
後に言うには、
「源俊頼のものだ。松屋の源三郎(五代目の久重)の茶屋の日記に、
誓願寺にある安楽庵の(住職の)策伝のところに招かれた際に、
床の棚に貫之の古今集の前書きといわれる物が飾ってあった。
その箱に、俊頼のものだという但し書きがあったからだ。
この記載によって、貫之と俊頼とを間違えた事とする」
と言う事らしい。
これも笑い話だ。
その日記にある事を拠り所にし、大して鑑定眼があるわけではない。
遠里の贋物も俊頼のものだ。よく似ている。
また紙の古色な雰囲気は、紋様のある唐紙を様々に使って書かれたのだ。
これについて思うところがある。
ある物語に、唐の紙とあるのは紋様のある紙の事だ。
これを日本でも中国の製法を真似て、行成紙、貫之紙と呼ぶのだ。
当代の鑑定家の書は、江田に数段劣り、
江田は善書とは言えないが、筆力はあるのだから、人の書を見定める事もする。
骨董は最近の流行物だが、軽々しく買わないのが本当の鑑定と言うものだ。
買うのは一杯食わされる間抜けな者だけだ。
江田世恭は記載にあるように秋成と同時代の人物です。
大阪の豪商であり、国学者でもあるそうです。
前条の秋成の意見に対し憤ったものの、
やはり違う人物の書であると認識したそうです。
その根拠が鑑定眼ではなく他人の日記だという辺りが情けない事ですね。
その日記を書いた松屋というのは奈良の富豪だそうで、
代々源三郎を名乗ったそうです。
行成紙というのは平安時代の書家、藤原行成が
歌を詠むのに使った紙を再現したものだそうです。
貫之紙に関しては全くわかりません。
当時は貫之が使った紙を再現したような物があったのでしょうかね。
江田世恭は当代の鑑定家だ。
私が(貫之の文を)悪いと批判したのにとても憤ったが、
後に言うには、
「源俊頼のものだ。松屋の源三郎(五代目の久重)の茶屋の日記に、
誓願寺にある安楽庵の(住職の)策伝のところに招かれた際に、
床の棚に貫之の古今集の前書きといわれる物が飾ってあった。
その箱に、俊頼のものだという但し書きがあったからだ。
この記載によって、貫之と俊頼とを間違えた事とする」
と言う事らしい。
これも笑い話だ。
その日記にある事を拠り所にし、大して鑑定眼があるわけではない。
遠里の贋物も俊頼のものだ。よく似ている。
また紙の古色な雰囲気は、紋様のある唐紙を様々に使って書かれたのだ。
これについて思うところがある。
ある物語に、唐の紙とあるのは紋様のある紙の事だ。
これを日本でも中国の製法を真似て、行成紙、貫之紙と呼ぶのだ。
当代の鑑定家の書は、江田に数段劣り、
江田は善書とは言えないが、筆力はあるのだから、人の書を見定める事もする。
骨董は最近の流行物だが、軽々しく買わないのが本当の鑑定と言うものだ。
買うのは一杯食わされる間抜けな者だけだ。
江田世恭は記載にあるように秋成と同時代の人物です。
大阪の豪商であり、国学者でもあるそうです。
前条の秋成の意見に対し憤ったものの、
やはり違う人物の書であると認識したそうです。
その根拠が鑑定眼ではなく他人の日記だという辺りが情けない事ですね。
その日記を書いた松屋というのは奈良の富豪だそうで、
代々源三郎を名乗ったそうです。
行成紙というのは平安時代の書家、藤原行成が
歌を詠むのに使った紙を再現したものだそうです。
貫之紙に関しては全くわかりません。
当時は貫之が使った紙を再現したような物があったのでしょうかね。
胆大小心録 その92
九十二
難波の遠里某という所に、貫之の古今集の前書きがあるといわれ、
人が賞賛する。
乞うて見せて貰ったが、まさに善書の妙を尽くした物だ。
しかし、その中の古注の部分も同じ様に書いてあり、
本文と区別されていないのが不思議で、貫之筆というのに疑問を抱いた。
遠里某というのは歌枕として有名な遠里小野の事だそうです。
古注というのは古い時代に付けられた注釈の事です。
本文と注釈が同じ筆跡なのがおかしいという事でしょうか。
難波の遠里某という所に、貫之の古今集の前書きがあるといわれ、
人が賞賛する。
乞うて見せて貰ったが、まさに善書の妙を尽くした物だ。
しかし、その中の古注の部分も同じ様に書いてあり、
本文と区別されていないのが不思議で、貫之筆というのに疑問を抱いた。
遠里某というのは歌枕として有名な遠里小野の事だそうです。
古注というのは古い時代に付けられた注釈の事です。
本文と注釈が同じ筆跡なのがおかしいという事でしょうか。