むかしのはなし -28ページ目

胆大小心録 その88

八十八

杜甫の詩に出てくる百舌とは、まさに鶯の事だ。
声が転がるように鳴き、様々な声音を出すという。
また(百舌は)反舌だと注釈した者が言う。
ある人の説に、
「反舌とは、この鳥の舌が長く、鳴く時に舌先が折れ返るのを名前の由来とする」
とある。
舌が折れ返って鳴くというのは、杜甫の詩にもあり、まったくこの鶯に似ている。


ウグイスの話です。

杜甫の詩集に百舌吟という作品群があり、
そこで詠われているのがウグイスだそうです。

百舌は現在ではモズの事ですが、
かつてはウグイスの事をそう呼んでいたそうです。

また反舌とも呼ばれ、詩歌にもよくその名が出てくるそうです。

胆大小心録 その87

八十七

ホトトギスを、詩人は必ず晩春のものとして扱う。

宋や明の詩人は、ホトトギスが夜に鳴くのを不吉とした。
日本ではこれを和歌や物語の好題材とした。

物思いにふける人が寝屋に一人でいる時に、
一声鳴きつつ通り過ぎると、しばらくは悩みを忘れられるのだ。
また(歌では)四月を初音とし、おのが皐月(五月に我が物顔で鳴く様)と詠む。


季節を表すのに使われる七十二候という言葉があります。
立春、夏至などの二十四節句をさらに細かく分けたもので、
古代中国で生まれたものが時代を経て変化しつつも現代でも使われています。

江戸時代に日本版のものが作られ、
この時代の歌人が好んで歌や句に取り入れたそうです。

その七十二候を秋成は自分でも編集しているのですが、
今回はその中に出てくる詠霍公鳥という候の話です。

胆大小心録 その86

八十六

西行は桜は雲だという歌をあれやこれやと詠んだ。
特に吉野山に三年こもった時に、この題材の歌が多い。

この法師は上手ではあったが、
後京極(藤原良経)・俊成・定家・家隆に負けまいとする気持ちで詠んだものは、
美しい歌ばかりで、一般の僧には詠めない作風だ。

山家集を見て、私は、
俗世にいる時と隠遁している時の作品に印を付けて分けてみたが、
これも(他の作品と同じく)古井戸に沈めてしまった。

また志賀の唐崎を詠ったものに、
 空さへて汀もしろく氷りつつかへる波なき唐崎の松
 (空は冴え水際は凍りつき、波の寄せ返しもない唐崎で佇む松)
この等類に気付かずに、私が詠んだのが、
 空さへて汀ひまなく氷りけり波をかへぬしがの浦風
 (空は冴え水際は凍りついた、
 波の寄せ返しもない志賀の浦の風も寒さを感じさせる)
これは自分が勝ったようだ。
氷りつつの部分がおかしい、つつとは何だ。


第6条にもあった西行の話です。
後京極からの4人はいずれも平安末期~鎌倉初期の藤原家の代表的な歌人です。

秋成はこれを書く1年程前に、
蔵書や著書・草稿などを井戸に投げ捨てた事があり、
その中に山家集の注釈も含まれていたのでしょう。
このエピソードは第98条に出てくるのでお楽しみに。

志賀の唐崎とは、琵琶湖の西南岸にある崎の事で、
先に出てくるのが西行の作、後の方が秋成の作です。

西行の歌の「氷りつつ」の用法がおかしいと指摘しているようです。
そこのところがよくわからないのですが、
解説によると、「やがて」という言葉が頭につかなければならないそうです。

ちなみに実際に山家集に載っている歌は、
 風冴えて寄すればやがて氷りつつ返る波なき志賀の唐崎
という歌で、ちゃんと「やがて」がついているそうです。
そもそもまるっきり違う歌ですね。

違う歌を指しているのか、単なる勘違いなのかは知りませんが、
相変わらず自賛が好きなようですね。