胆大小心録 その106
百六
仏印は蘇東坡と親しい友であった。
印が俗人だった頃、
「宮中の仏場の盛況さを見てみなさい」と、東坡に謀られて、
侍者に変装して宮中に入ると、
帝に「変わった容姿をしている。法師になれ」と言われ、
勅令によって剃髪させられたという事だ。
仏印の才は東坡を超えている。論談弁説、これに関しても東坡が負け、
智に謀られて、思いがけず僧になったのを考えると、智というのは悪才である。
詩人として有名な蘇賦と、友人の僧仏印の話です。
これによると仏印は東坡に騙されて僧侶になったようですが、
本当に友人なのでしょうかね。
才と智の概念は理解が難しいのですが、
器の大きい才能は、ずる賢さに負ける事があり、
だからこそ智は厄介なものだという事でしょうか。
仏印は蘇東坡と親しい友であった。
印が俗人だった頃、
「宮中の仏場の盛況さを見てみなさい」と、東坡に謀られて、
侍者に変装して宮中に入ると、
帝に「変わった容姿をしている。法師になれ」と言われ、
勅令によって剃髪させられたという事だ。
仏印の才は東坡を超えている。論談弁説、これに関しても東坡が負け、
智に謀られて、思いがけず僧になったのを考えると、智というのは悪才である。
詩人として有名な蘇賦と、友人の僧仏印の話です。
これによると仏印は東坡に騙されて僧侶になったようですが、
本当に友人なのでしょうかね。
才と智の概念は理解が難しいのですが、
器の大きい才能は、ずる賢さに負ける事があり、
だからこそ智は厄介なものだという事でしょうか。
胆大小心録 その105
百五
翁(秋成)は五花堂島の出身である。
黒船忠右衛門の言葉に、「堂島一国」とあり、
また、「北の習いで」とはよく言ったものだ。
気概や任侠において他の土地に勝っている。
(名前の由来となった)五花堂とは、
昔、五花堂宗悟という人が、京よりこちらに移ってきて、
土地を買って拓き、梅・桜・牡丹・菊・水仙の五品を植えて愛でたという事だ。
五花堂とは良い名を付けたものだ。
林羅山先生、弘文院春斎(林鷲峰)先生などに文を書かれたそうだ。
朝鮮通信使の文もある。
別名を弥左衛門島という地があり、
小刀屋の弥左衛門という人が拓いた地である。
米市場になり、天下無双の繁昌と見えたが、いつの頃よりか衰えてきて、
かつての五花堂のような別荘を建てるべき閑静な土地になってしまった。
翁が若い頃は、気概のある民は、
茶の湯は貧乏神の湯立だと言って、しなかったが、
今は茶器を買う者が増えて、
湯立所ではなく銭湯か温泉のように人だらけになってしまっている。
そんな有様に富豪は、神はどこかへ去ってしまったと言ったという。
時々出てくる秋成の出身地堂島の話です。
黒船忠右衛門の名は第21条にも出てきましたが、
堂島出身の侠客をモデルにした浄瑠璃の登場人物です。
「堂島一国」、「北の習いで」という言い回しは、
男伊達で気風のいい忠右衛門を始めとした堂島の気概を表しているそうです。
五花堂の由来になった五花とは、
実際には梅・桜・牡丹・蓮・菊の五種だそうで、
例の記憶違いのようです。
林羅山は江戸時代初期の学者で、徳川家康の顧問として有名ですね。
春斎は彼の三男で、同じく幕府の要職に就いた人物です。
貧乏神の湯立という言葉が出てきますが、
湯立とは、神前に第31条にも出てきた探湯を沸かし、
祈りを奉げる事だそうです。
要するに茶の湯とは貧乏神に祈りを奉げるような行為だという事だそうです。
次第に愛好者が増えていき、
湯立所のような神聖なものではなく、
銭湯や温泉のような、
俗人が集まる雰囲気になってしまったという事でしょうか。
翁(秋成)は五花堂島の出身である。
黒船忠右衛門の言葉に、「堂島一国」とあり、
また、「北の習いで」とはよく言ったものだ。
気概や任侠において他の土地に勝っている。
(名前の由来となった)五花堂とは、
昔、五花堂宗悟という人が、京よりこちらに移ってきて、
土地を買って拓き、梅・桜・牡丹・菊・水仙の五品を植えて愛でたという事だ。
五花堂とは良い名を付けたものだ。
林羅山先生、弘文院春斎(林鷲峰)先生などに文を書かれたそうだ。
朝鮮通信使の文もある。
別名を弥左衛門島という地があり、
小刀屋の弥左衛門という人が拓いた地である。
米市場になり、天下無双の繁昌と見えたが、いつの頃よりか衰えてきて、
かつての五花堂のような別荘を建てるべき閑静な土地になってしまった。
翁が若い頃は、気概のある民は、
茶の湯は貧乏神の湯立だと言って、しなかったが、
今は茶器を買う者が増えて、
湯立所ではなく銭湯か温泉のように人だらけになってしまっている。
そんな有様に富豪は、神はどこかへ去ってしまったと言ったという。
時々出てくる秋成の出身地堂島の話です。
黒船忠右衛門の名は第21条にも出てきましたが、
堂島出身の侠客をモデルにした浄瑠璃の登場人物です。
「堂島一国」、「北の習いで」という言い回しは、
男伊達で気風のいい忠右衛門を始めとした堂島の気概を表しているそうです。
五花堂の由来になった五花とは、
実際には梅・桜・牡丹・蓮・菊の五種だそうで、
例の記憶違いのようです。
林羅山は江戸時代初期の学者で、徳川家康の顧問として有名ですね。
春斎は彼の三男で、同じく幕府の要職に就いた人物です。
貧乏神の湯立という言葉が出てきますが、
湯立とは、神前に第31条にも出てきた探湯を沸かし、
祈りを奉げる事だそうです。
要するに茶の湯とは貧乏神に祈りを奉げるような行為だという事だそうです。
次第に愛好者が増えていき、
湯立所のような神聖なものではなく、
銭湯や温泉のような、
俗人が集まる雰囲気になってしまったという事でしょうか。
胆大小心録 その104
百四
物乞いの神道者が門に立ち、神下ろしをするのは不届きな事だ。
異端だの、外道だのといっても、中国の人は門に立って、
三皇・五帝・尭・舜・禹・湯・文・武・周公・大聖孔子、
諸賢降臨して下さいませとまでは安売りはしていない。
物乞いの神道者とは、
仏教でいう托鉢僧のようなものでしょうか。
ただし托鉢とは違い、
門前で神を下ろすというのは単なる見世物に過ぎない事のようです。
三皇から続く名前は古代中国の名君や神話上の人物で、
儒教において信仰の対象になっている存在です。
日本では異端視されている儒者でも、
賢人達を露骨に飯の種にはしないという事でしょうか。
物乞いの神道者が門に立ち、神下ろしをするのは不届きな事だ。
異端だの、外道だのといっても、中国の人は門に立って、
三皇・五帝・尭・舜・禹・湯・文・武・周公・大聖孔子、
諸賢降臨して下さいませとまでは安売りはしていない。
物乞いの神道者とは、
仏教でいう托鉢僧のようなものでしょうか。
ただし托鉢とは違い、
門前で神を下ろすというのは単なる見世物に過ぎない事のようです。
三皇から続く名前は古代中国の名君や神話上の人物で、
儒教において信仰の対象になっている存在です。
日本では異端視されている儒者でも、
賢人達を露骨に飯の種にはしないという事でしょうか。