胆大小心録 その112
百十二
「家計が苦しければ江戸へ来いと言う、江戸は運試しの場だ」
と、昔は詠ったものだ。
今では江戸も、京も田舎も、同じ事で、
流刑人が流される所でも、金を持って、
新町や島原の太夫を身請けして楽しむ事があるという。
幕府が開かれた当初は江戸の発展は目覚しく、
成功を夢見て人が集まって来たそうです。
それから200年近くが経過し、
この当時は停滞が激しかったようですね。
流刑地として有名なのは
伊豆七島・隠岐・壱岐・天草五島あたりだったそうで、
実際にそこの罪人が太夫を身請けしたかどうかは定かではないそうです。
新町は大阪の、島原は京都の公娼街の事で、
最上級の地位である太夫を身請けするというのは
確かに無理のある話に聞こえます。
「家計が苦しければ江戸へ来いと言う、江戸は運試しの場だ」
と、昔は詠ったものだ。
今では江戸も、京も田舎も、同じ事で、
流刑人が流される所でも、金を持って、
新町や島原の太夫を身請けして楽しむ事があるという。
幕府が開かれた当初は江戸の発展は目覚しく、
成功を夢見て人が集まって来たそうです。
それから200年近くが経過し、
この当時は停滞が激しかったようですね。
流刑地として有名なのは
伊豆七島・隠岐・壱岐・天草五島あたりだったそうで、
実際にそこの罪人が太夫を身請けしたかどうかは定かではないそうです。
新町は大阪の、島原は京都の公娼街の事で、
最上級の地位である太夫を身請けするというのは
確かに無理のある話に聞こえます。
胆大小心録 その111
百十一
福の神も貧乏神も、色々な所を廻っている事だ。
加藤千陰という下手な歌詠みは、当時日本一の大家と言われていた。
筆跡も良さそうで良くも無い。歌は下手だ。そして物知らずだ。
大黒様が入らなければ、あんな名利は得られなかっただろう。
加藤千陰は賀茂真淵門下の国学者で、
同門の本居宣長とも親交のある人物です。
そのせいか、実にストレートな罵倒ですね。
福の神も貧乏神も、色々な所を廻っている事だ。
加藤千陰という下手な歌詠みは、当時日本一の大家と言われていた。
筆跡も良さそうで良くも無い。歌は下手だ。そして物知らずだ。
大黒様が入らなければ、あんな名利は得られなかっただろう。
加藤千陰は賀茂真淵門下の国学者で、
同門の本居宣長とも親交のある人物です。
そのせいか、実にストレートな罵倒ですね。
胆大小心録 その110
百十
三井(八郎右衛門)は浪人者、白木屋は煙管屋、
鴻池は小酒屋、小橋屋は古道具屋、辰巳屋は炭屋であった。
神話の代から続いている家のように誇るのはおかしい。
老(秋成)の事を気に食わず、
「どうせ茶屋の果てだ」
と言う者がいる。
「いや、太鼓持ちが古くなったものだ」。
と、答える。
「穢れが多い身でなければ人と交わる事ができ、何でもできたが、
結局今は一人で気張っている。相手がいないのだ」
有名な豪商の名が並びます。
三井は越後屋としても有名で、現在でも三井グループとして存続していますね。
いずれも元は侘しい身分からの成り上がりだという事です。
当時秋成が色茶屋 の娘の子だという中傷があったそうで、
それに対して、自虐的に太鼓持ちが古くなったという言い方で返したそうです。
最後の言葉は孤独になった自分に対する、
誇りのような蔑みのような複雑な心情を表していそうです。
ただ訳すのに非常に難儀した部分なので、
実際は全然違う意味かも知れません。
相変わらず文法の基礎を勉強していないので、
色々と手こずっています。
三井(八郎右衛門)は浪人者、白木屋は煙管屋、
鴻池は小酒屋、小橋屋は古道具屋、辰巳屋は炭屋であった。
神話の代から続いている家のように誇るのはおかしい。
老(秋成)の事を気に食わず、
「どうせ茶屋の果てだ」
と言う者がいる。
「いや、太鼓持ちが古くなったものだ」。
と、答える。
「穢れが多い身でなければ人と交わる事ができ、何でもできたが、
結局今は一人で気張っている。相手がいないのだ」
有名な豪商の名が並びます。
三井は越後屋としても有名で、現在でも三井グループとして存続していますね。
いずれも元は侘しい身分からの成り上がりだという事です。
当時秋成が色茶屋 の娘の子だという中傷があったそうで、
それに対して、自虐的に太鼓持ちが古くなったという言い方で返したそうです。
最後の言葉は孤独になった自分に対する、
誇りのような蔑みのような複雑な心情を表していそうです。
ただ訳すのに非常に難儀した部分なので、
実際は全然違う意味かも知れません。
相変わらず文法の基礎を勉強していないので、
色々と手こずっています。