胆大小心録 その110 | むかしのはなし

胆大小心録 その110

百十

三井(八郎右衛門)は浪人者、白木屋は煙管屋、
鴻池は小酒屋、小橋屋は古道具屋、辰巳屋は炭屋であった。
神話の代から続いている家のように誇るのはおかしい。

老(秋成)の事を気に食わず、
「どうせ茶屋の果てだ」
と言う者がいる。
「いや、太鼓持ちが古くなったものだ」。
と、答える。
「穢れが多い身でなければ人と交わる事ができ、何でもできたが、
結局今は一人で気張っている。相手がいないのだ」


有名な豪商の名が並びます。
三井は越後屋としても有名で、現在でも三井グループとして存続していますね。
いずれも元は侘しい身分からの成り上がりだという事です。

当時秋成が色茶屋の娘の子だという中傷があったそうで、
それに対して、自虐的に太鼓持ちが古くなったという言い方で返したそうです。

最後の言葉は孤独になった自分に対する、
誇りのような蔑みのような複雑な心情を表していそうです。

ただ訳すのに非常に難儀した部分なので、
実際は全然違う意味かも知れません。

相変わらず文法の基礎を勉強していないので、
色々と手こずっています。