愛と平和の弾薬庫 -15ページ目

愛と平和の弾薬庫

心に弾丸を。腹の底に地雷原を。
目には笑みを。
刺激より愛を。
平穏より平和を。
音源⇨ https://eggs.mu/artist/roughblue

その知らせはJohnの時と同じようにテレビからもたらされた。

テレビからというのは、そうか、あれ以来なのだ。たった二度目なのだ。

つい最近New Albumが発表されたと、数か月ぶりでたまたま立ち読みしたRockin'Onで

読んだばかりだったから、NHKの六時のニュースで聞かされて、え!と声を上げてしまい、

奥さんに怒られた。

それから胸ににじんでいった気分はこれまで感じたことのない不思議な悲しみだった。


あのお兄ちゃん、死んじゃったんだ……。


短く言えばそんな感じで……それで……


お兄ちゃんは五軒先の家のお兄ちゃんで、道で会えば「新しいのができたから聞きに来てよ」

なんて優しく声をかけてくれる、伝統音楽好きのお兄ちゃんだった。

伝統音楽に情熱を傾けてるとは言っても、伝統をそのまま受け継いで真面目一点張りで

それに取り組んでるわけじゃなくて、いつも

「何かもっと、聞く人の心に優しく、すんなり入っていくような音楽をやりたいんだ」

と言って、いろいろ新しいやり方に取り組んでいるお兄ちゃんだったのだ。

それで僕も何度か、お兄ちゃんの音楽を聞かせてもらったんだけど、僕はいつも思った。

これが優しい音楽? こんなのが誰の心にすんなり入っていくの?

メロディーはとても素晴らしかった。どれも自然な心や物語の流れをそのまま音にしている

そんな感じだった。

でもお兄ちゃんはそれを決してそのまま素直に表現したりしなかった。

へんな服を着てやってみたり、宇宙人みたいな格好になってみたり、

ちょっと耳障りの悪いアレンジしてやってみたりしたのだ。

お兄ちゃんにとってはこれこそが、それまでお兄ちゃんのやっている音楽に興味のない人に

聞いてもらうための一番効果的なやり方なのだ。

お兄ちゃんは頑張った。そしてどんどん聞いてくれる人を増やし〈皮肉にもお兄ちゃんの音楽が

一番ウケたのは単純に流行のやり方でやった時だったけれど)ながら、どんどん年をとっていった。

そんなお兄ちゃんの名前を久しぶりに聞いたのは、お兄ちゃんが死んだという知らせでだった。

ああ、死んじゃったんだ、と僕は思って、ちょっと悲しい気持ちになった。


長く言えばこういう〈↑〉感じだ。


とても頑張っていた優しいお兄ちゃんが、おじいちゃんになって病気になって死んじゃった、

という……。


デヴィッド・ボウイには一時期とても楽しませてもらった。

Lowとか、Heroesとか、Station To Stationとかの時期に一番聞いて、

Lodgerというアルバムが一番好きだった。

でも家にあるのはこれだけです。


d1



d2

お疲れさま、お兄ちゃん。楽しかったよ。


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タクシー運転手なんてぇものをやっておりますてぇと、アベノミクスだの何だのとお上のほうでは世の中あんじょううまいこといってるようなことになっておりますが、実際のところは景気なんぞちいともよくなってなんぞおらんと、そんなことをよくよく実感させられるものでございます。
十何年も昔には、あっち行けぇこっち行けぇ言われて、はいはい言いながらいっこも存じ上げない町まで乗って下さるお客さんも一日に一人二人はいらっしゃったもんですが、アベノミクスの世の中、そんなんは年に一人いるかどうかも怪しいもんでございまして、お客さんが全然おらない町を、気がつけば何回も何回も回転木馬みたいに走っておるような状態でして、はて、きょうこの道何度目だったやろなんて、言うたらデジャヴとでも言うんでしょうか、そんな錯覚めいた心持ちはしょっちゅうでございますんですが、そんな感覚も積み重なりますてぇと危ういもんで、本当に今こうして車を走らせてるのは現実なのか、もしかして全部嘘なんやないやろか、なんてぇ心持ちになってしまうのでございます。
しかしまぁやっぱりどう見ても目の前の道は現実の道路でございましす。ところがわたしの頭ん中はあやふや、ほにょほにょ。なんかこうストレンジ……とでも言いましょうか。
目の前のできごとはストレンジ、でもわたしはここにいる、はっきり目覚めてここに存在している、なんてぇ状態の中に長い時間おりますてぇと、そこに妙なものが現れてまいります。一枚の膜と申しますか、うっすーい壁とでも申しますか、そういったものがこのわたしと現実の世界を、はっきり隔てるでもなく、かと言って親密な行き来を許すでもなく、現れてくるわけでございます。疎外感――世の人はそんな言葉を当てはめてるようでございますが、外を疎ましく感じてる状態、まあ、近いような違ってるような。
しかしまぁ今のわたしの現実はタクシー運転手でございまして、いったんお客さんに乗っていただきますってぇとその瞬間にデジャヴも疎外感も膜も壁もあったもんじゃございません。そこにあるのはハッピーラッキーな現実でありまして、そして目の前にあるのは現実のアスファルト道、よろよろ幅を寄せてくるご老人の自家用車、ふいに目の前に現れる原付自転車、携帯電話で話し中でいつどうなるかわからない自転車等々、シビアな交通状況でございます。気がつけばわたしはただの現実のタクシー運転手に戻っていると申しますか、戻らされているのでございます。
ところが、でございます。
誰も彼もがタクシー運転手ではございません。真面目に取り組まなければならない仕事を持っている人間ばかりでもございません。いつもふわふわ好きな状態でいられる人間だって、この世の中には厳然と存在しているのでございます。わたしにもそんな人間でいられる時代というものがございました。高校の後半から二年でやめることになる大学生の時代でございました。ことに高校二年という時期、いくら勉強してもなんか学校というものに染まりきらん、というか試験だ受験だばかり言われて自分というものの置き場所を勝手に決めてくる親や教師にどうしても賛同しかねる、けれど前の前にあるのは置き場所を決められて唯々諾々と机に向かっている同級生たち、意味不明を黒板に並べていく教師、借り物にしか思えない価値観を撫でつけてくる親。来る日も、来る日も。
幸か不幸かとはまったくもってこのことでございまして、そんな毎日の中のある日、わたしはなぜか、まったくなぜかとか言いようがないあいまいな根拠で一枚のレコードと出会ってしまったのでございます。ザ・ドアーズの『まぼろしの世界/Strange Days』というレコードでございました。
思い返してみれば、ま、それが高校生というものなのでしょうけれど、とある音楽雑誌に紹介されていた、ただそれだけの理由でわたしがこのレコードを買った――このレコードと出会えたというのは、まったく奇跡といってもいいのかもしれません。なぜならわたしの当時の音楽趣味は完全にイーグルスやフリートウッド・マック、グランド・ファンク、ソロとなったビートルたち、カーペンターズ、エルトン・ジョン、ボストンあたりに集中していてストーンズさえまともには聞いてませんでしたし、このアルバムを紹介していた雑誌も雑誌です。普通ドアーズと言ったら「ハートに火をつけて」が入っているファーストを紹介するというのが人の道というものでしょう。なのにセカンド――『まぼろしの世界』。
正直、一聴しての感想は「あちゃー」でございました。暗すぎだ。金返せでございます。しかしそこは高校生、なけなしのこずかいで買った一枚のレコード、それはそれだけで宝物なのでございまして、鳴かぬなら鳴くまで待とうならぬ、気に入らぬなら気に入るまで聞こうストレンジ・デイズだったのでございます。
そしてその日は唐突に訪れました。一日一回を自らに義務づけてう~むと唸りながら聴き続けていたこのレコードの音が不思議なことに、すすーっと耳に、いえ、心に入ってきたのでございます。どろんとうねっていた音が体液に同化、ジム・モリソンとかいうどこか舌足らずでなのに獣じみた声の主のそれがやけに滑らかに優しく、そして何より、全体のメロディーの美しさが今まで気付かなかったのが嘘のように、わたしには聞こえるようになったのでございます。
そしてその歌詞を聞いてみれば、


People are strange when you are stranger.
きみがよそ者の時、人々は変。      (People are Strange)


わたしの、それは信じられる言葉でした。そしてそれを歌う声の優しいワイルドな声、センシティヴなドラミング、美しいキーボード、やたら勝手に指をくねらせるギタリスト、奈落の心地よさとでも言えそうな安らぎがそこにはあったのでした。安らぎはわたしを救いました。周囲と同じにできず、親の期待にもいまいち沿いきれない、教師に好きになれそうな人物を見つけられない、そんなわたしを、周囲と違ってても全然オッケー、親は親、自分は自分、教師は別に受験成功者製造ロボットでかまわない、そう思えるようにしてくれたからだ。
ジム・モリソンが死んで四年後の夏、わたしは初めて自分を肯定したのである。
それからドアーズのアルバムを、大学一年までの三年間でやっと買い揃えたはの言うまでもない。その中で『ストレンジ・デイズ』が一番音楽的に優れているアルバムとはちょっと言い難いということも知って、今では『LAウーマン』も「好きだ」というスタンスで聞くことができる。でも誰が何と言おうと何度言われようと、わたしにとってドアーズの最大の功績は『ストレンジ・デイズ』なのである。

6:55、初日の出直前に起床。


朝からずっとtelevisionで漫才。


午後からYouTubeで映画「脳男」、生田斗真&二階堂ふみの対決。

松雪泰子、江口洋介。


どんどん人が死ぬひどい映画ながら思ったほどの

悪い後味なし。

ガメラのような善悪構成だから?

面白かった。

映画「ゲゲゲの女房」

宮藤官九郎の「ハハハ……」と吹石一恵の無表情が良かった。


芸能人と知識人のクイズ合戦を見つつ、除夜の鐘を待つ。

眠かった。



東日本放送の深夜映画で「ジョン・レノン、ニューヨーク」ってのをやってて、見た。

これと「Nowhere Boy」を見れば、ジョンという人はかなりわかる。

とにかく天才となるべく生まれ育ち、そのままいちいち苦しんで

ショーンを育てることでやっと幸福を得ることができた人なんじゃなかろうか、と。

でもそんなことはどうだっていい。いや、よくはないんだけど、でもやっぱり肝心なのは、

作品だ。

俺にできることといえば、John Lennon Songsをたっぷり聞きまくることだけなのだ。

そして感じられる限りの幸福をもらう。

John Lennonという人の歌は、それをじつにたくさんくれる。

いろんなかたちで、たっぷり、俺を幸福にしてくれる。

Thank You, John!!!!!!だ。



yaya

まるで応援歌みたいな曲がJ-POPと呼ばれる音楽ジャンルに蔓延して、

いつからRockは青春応援歌になっちまったんだろうと、

どこかそんな全体的風潮が気に入らなかった。


もしかしたらそれが「全体的」であることが嘘くさいからだったからかもしれないけれど、

そして確かにそういうこともあったんだろうけれど、

それ以外の大きな、根本的理由がやっと見つかってほっとしている。


やっぱり俺は頑張れとか頑張るなとか、

そういうことをRockのリズムに乗せて歌われることが大嫌いなのだ。

ぶっ壊せとか言ってるほうが好感が持ててしまう。

そういうほうが大好きだ。


ぶっ壊せとか、ぶっ壊れっちまえとか、そして、突き抜けろ!とか、

そういうことを歌ってるほうが好きなのだ。

誰かに応援されたくなんてない。ましてやロックミュージシャンになんて。


ロックミュージシャンはもっと自由であるはずなのだ。

ジム・モリソンのように、ジャニスのように、キースのように、ジョンのように、

清志郎のように、山口富士夫のように。


応援なんてやめろ!

もし、ロックンローラーであろうとするなら!

ぶっ壊れ続けろ!



ghjk

そして今日はこんな↓のがいい感じ。

https://www.youtube.com/watch?v=GfrH7oPR5Ek

世の中にはとても優しい人たちがいるもので、

俺はこの一ヶ月のあいだ、タダで十枚以上のCDを貸していただいた。

こんな感じに。


セブンティーズ・ロック / カルメン・マキ
アニマルズ-ベスト・オブ・アニマルズ / アニマルズ
Porcupine, Ocean Rain/ エコー&ザ・バニーメン
ECSTACY / ルー・リード
Time: Deluxe Edition / ロッド・スチュワート
PRESENT ALL / 仲井戸麗市 2枚組
ザ・フリー・ストーリー / フリー
My R&R / 仲井戸麗市
A.R.B THE BEST "LongLong Way" / ARB
TIME / 仲井戸麗市
アメリカ回顧録 / スリー・ドッグ・ナイト
サイアン / スリー・ドッグ・ナイト
ドリーム・オブ・ライフ / パティ・スミス
DYLAN&THE DEAD~LIVE / ボブ・ディラン&ザ・グレイトフル・デッド
RHAPSODY NAKED / RCサクセション 2枚組
トゥエルヴ / パティ・スミス


あれ、17枚もある。

これ全部、TsutayaのDiscus(ディスカス)というのの、一ヶ月無料お試しってので借りた。


こんなことがあっちゃいけない、と思う。

真面目に音楽を作って、それで食っている。

つまり俺が事故など起こさぬよう気をつけて、お客さんに快く乗ってもらえるよう

気を配ってタクシーのうんちをやっているように、音楽家の方々はそれぞれに

懸命に道を歩んでいるのであって、それをタダで聞いていいわけがないのだ。

でもわたしはこれに飽き足らずというか、これに調子づいて

さらに店で五枚借りてきた。5枚で千円。

タダがタダで、この瞬間、なくなった。

これでいいんだと思う。

俺も貧乏なりにあなた方に感謝料をお支払いしたのだから。

これからもいい音楽を作ってください、みなさん!


特にChabo!ありがとう&頑張って!

世の中には理由がよくわからないながらに強く心が引きつけられるものがあって、それが女性だったりするといろいろ面倒というか、今更勘弁してくれってもんだが、建物なら特に問題も発生しないだろうと思われるのです。


chateou H 5

古さが記憶のどこかを刺激するのか、

造りの中の何かが俺の中のどこかを刺激するのか、

この実に昭和的なアパートの前を通るたびに立ち止まらずにはいられないのです。


chateou H 3

アパートの前の用水路がまた時代の隔たりを演出してるようにも思われるのです。

小さな魚が泳いでいます。


chateou H 4

いつかきっと階段を上って屋上に行きたいと思っているのですが、

それは不法侵入というやつなのでしょう。

ちなみに5階建てなのでエレベーターもあります。



chateou H 1

アルミではなく、鉄の感触がそこここにちりばめられていて、その重みが

落ち着くのかもしれないなどとも思います。


アパートもマンションもこのくらいの建物がいいなあ。

いつもそう思うのです。


JSF20152\24

●Majestix
Three Dog Night「Joy To The World」とChar「Smokey」の二曲しか聞けなかったのが残念。

Smokey, 最高でした。


そしてFrom Ishinomaki!

●スーさんとドライブ!!!

何も言うことはございません!やんなるぐらい楽しませてもらいました!
JSF20152\23

そろそろいきまーす。

JSF20152\22 一曲目はMovin' On!!! original--Bad Company

JSF20152\21 いっぺんにしゃべんないように。


JSF20152\20 バンマスの自覚のないバンマスさん、ぶっといリード展開中。

JSF20152\18 ジャンボさん、めっけ。
JSF20152\19 いやあ、今回は絡みまくったお二人さんでした。

JSF20152\14

ぼけちゃってすみません。

JSF20152\12 なんか、アンプもすごいっすね、なにげに。

JSF20152\10 はい、発言は挙手してから。
JSF20152\7 あべくん、決めまくってます。
JSF20152\9 スライドも決めますバンマスです。
JSF20152\8 下手な鉄砲ボケまくり。

JSF20152\6

ニャンニャン体操ではありません。

JSF20152\4

JSF20152\5 Chip Away The Stone!! Lucky Man!!

JSF20152\16
JSF20152\17 スーさんだと思ってたら健ちゃんなんだって?

「銃爪」歌ってからの、バンマスに「宿無し」お任せのツイストメドレー。

JSF20152\15
おいらは宿無しぃ!


JSF20152\13 Viva Bali Hai!! もうなんもいうことはない!

JSF20152\3 しびれまくり!!
でした!!!!

そして妖精さん撮影のYouTube!⇒ https://www.youtube.com/watch?v=e6lNCj6xwGE

ひっけんなのだぁ。



JSF20152\2

●寿コーポ407 じょうずですね。

JSF20152\1

●佐藤数馬

ものすげえうまかった!

また見ます!来てくださいFrom Tokyo。