風の気持ちいい秋晴れの一日、楽しかった。
●Duke Matsui
●あぶら遊園地
子供向けバンド
●なんとかハイヒール
見ててつまらない(自己満足の世界)
Disco Medley & Funk
初期ストーンズのカヴァー。
毎年同じ曲ってのもなあ。
切ない!
東北の人間、蝦夷たち、特に宮城県人、さらには仙台人、
本日かなり切ない1日をすごしております。
100年目の優勝旗、見たかった!
残念!でもお疲れさん!育英野球部!
なんだか大仰なタイトルになっちまったが、言葉がほかに浮かばないから。
FM番組を26年も全部一人でやり続けるってどんだけすごいことなんだか。
スポンサーをキープするだけでも大仕事だったろうに、内容も一切の妥協なしで。
そりゃあぶっ倒れもするさ。(三年前だっけ?)
でもこんなふうに他の何でもない、自分の意志ですがすがしく終わることができて本当によかった。
まるで苦労なんて一つもなかったみたいなすがすがしいGoodbye、さすがとしか言いようがない。
でもこれもしっかりはっきり言えるのは、寂しい。
俺の中でラジオが完全に終わった感じ。
いいか。
俺たちの心の中のロックンロール黄金時代は永遠!だからね。
お疲れ&ありがとう、Oikawa!!!
はてさて、今日はなぜか西塚三四郎をずっと聞いてる不思議な昼下がり。
2015年5月21日の楽天×日本ハムは試合終了後に2000発も打ち上げる花火大会があるってことで午後4時開始だったなんて俺は全然知らなかったから、平日午後4時からのプロ野球の試合ってのはどんなもんなんだろうと少々不安になってたら思った通りになった。
薄暮の試合だから西陽が目に入るサードやレフトはさぞや面倒だろうと思いきや一辺もサード&レフトのエラーは発生せず、それはよかった。
でも延長12回、5時間37分の試合って。
しかも終わってみれば9-5という大差。
つうか取られては取り返し!というよりは取っては取られてというただの泥仕合。
結果、花火大会は中止。23,000人のほぼ90%の楽天ファンはただ疲れて帰るのみ。
それはすべて5時間37分というながーい試合のせい。
だがしかしでも。
なんつったって5時間37分なのだ。
その延々たる時間の中にはどんだけの「具」が詰まってたことやら、と思うのだ。
ラジオで聞いてただけの俺はやたら疲れただけだが、球場で見てた人の中には案外
「面白いものをたくさん見た!」
と思ってる人がいるんじゃないだろうか。
きっといるはずだ。結果はつまんなかったけど結構いろいろ見たぜ!とえばってる人もいるはずだ。
いいなあ、5時間37分も野球見てられるなんて。
中々できない経験だぜ。
でもやってるほうにはいろいろ反省してほしいよな。
なんつっても決定打の打てない打線。
それを試合中に作戦的に引き出せない監督。
引き出せないような打線を組んでる監督。
結果、武藤に必要以上につらい思いをさせてしまった監督。
途中ダメダメの中継ぎを出してしまった監督。
そんなのをブルペンに入れておく監督。
しかし結果約1名「打てなかったでかいの」が二軍に落ちてそれは評価すべきでよろしい。
四番に中川を据えたのはもっとよかった。
できれば今後は1番福田、2番藤田、3番銀次、4番中川、これだけは守り続けてほしい。
絶対にそうしてほしい。そうしてくれればこんなに監督のせいにはもうしません。
でも日ハムもダメダメだったね、なんか。
朝、Twitterで見つけちまった。↓
仙台空港に着地。
呟き主は運転席に映る怪しき男、中川敬(Soul Flower Union)。
一体なんのこっちゃ!何しに来たんじゃ!と焦ってWebを漁ったら
こんな記事が↓、
http://www3.hp-ez.com/hp/omurokagura/page13
なななななななななん!と!はい?Soul Flower Mononoke Summit!!!???
うそじゃろーーーーー!
Soul FlowerのしかもMONONOKE SUMMIT!!!!!!
つうことはヒデボーも来るんかいぃぃぃぃぃぃーーーー!!
嘘じゃ嘘じゃ嘘じゃ、と焦ってもしょうがない。行くのみじゃ。
情報Getが祭り当日で頭からつま先まで焦りまくる男は俺、
しかしモノノケの登場は午後3時、時間はたっぷりある。
焦るな。ただ妻を説得すりゃいいだけじゃ、
ってそれが一番問題なのだが。なにせ人の百倍は出不精な妻なんで。
でも連れ出しちまえばそれまで。なんつってもノリはいい妻なんで。
モノノケのノリに乗せちまえば何の問題もないのだ。
Soul Flowerも中川も嫌いじゃない妻なのだ。
午後12時25分、半無事に(完全に無事ではなかった)説得を受け入れた妻と車に乗った。
向かうは石巻十三浜!↓
http://www.mapfan.com/m.cgi?MAP=E141.27.19.5N38.34.23.4&ZM=8&SMAP=E141.18.22.3N38.25.52.5
三陸海岸の南端といったあたりです。
いい天気だった。
北上川も海も波一つない。
信じられないぐらい真っ平らな川と海。
プログラムをもらった。↓
なんともごっちゃな祭りの様相が↓
折りたたみ椅子の背に見つけたラベルには「ソウルフラワー震災基金」の文字。
司会の東北放送・藤沢智子アナウンサー(ラジオ局長兼アナウンス部長!)の周囲もいろいろ大変!
なのだったがやっと!ついにデカ顔の登場!
やっと会えたヒデ坊のバチさばきの華麗さよ!ギタリストの叩く太鼓じゃのう。
祭りで使われたアンプ類、紅白の幕、大室神楽の幔幕等は
ソウルフラワー震災基金で賄われたという。
演目は、
美しき天然
斎太郎節
聞け万国の労働者
アリラン
ドンパン節
安里屋ユンタ
満月の夕
お富さん
港町ブルース
おいらの船は300とん
復興節、
……と来たところで突然の停電!
の中、なにげに、六甲おろしを歌い始める中川敬。
それが徐々に大合唱に……!
停電直って、
復興節をやり直し、
さよなら港
豊年音頭、
そしてアンコールはなにげのカチャーシーで大団円!
しかしなんというか、「満月の夕」ではなぜか涙が止まらず、いやあまいった。
ありがとう!モノノケサミット!また来てねなのだ!
彼らはどうやって俺を見つけ出したんだろうか。どうして俺から離れようとしなかったんだろうか。
その理由はなんとなくわからなくもない。
彼らは俺が求めているものを知っていたのだ。
そして彼らは自分たちがそれを提供できることがわかっていた。
あくまで間接的にではあるけれど、彼らは俺に渡すことができた。
愛と真実。
それが自分でもよくわかっていなかったけれど、俺が求めていたものだった。
それを手に入れるために、まずはその殻から出るんだよ、と彼らは俺にせっついた。
でも俺の殻はすごく硬くて、俺には彼らが何を言ってるのか全然理解できなかった。
なんだよこの暗いだけの音は。
そう言って彼らを遠ざけたのだった。
まあ、まあ、いいや。
と、彼らはいったん退却した。
俺が戻っていくのをわかっていて。
君がよそ者の時、まわりはみんな変に見える。君が孤独がってるとみんな醜く見える。
そう彼らは演奏し、彼は歌ったのだった。
彼らはドアーズ、彼はジム・モリソン。
1970年頃まで存在してたアメリカのロックグループとそのグループのヴォーカリストだ。
その音楽に俺がのめったのは彼らが解散、というかジム・モリソンが死んじまってから
7、8年後のことだった。高校2年の時。
初めは音楽雑誌の「ロックの名盤」コーナーにだまされたと思った。
なんでこんなんが名盤なのだ?こんなんのどこがいいんだ?
ひたすら暗く、なのにサウンドは軽くて全然「ロックっぽくない」ドアーズの
「ストレンジ・デイズ」というアルバムに俺はひたすらがっかりしていた。
輸入盤に出した1800円を返してほしかった。
そんなふうに思うぐらい、俺は「Strange Days」をレコード棚の中に押し込みっぱなしにした。
数回聞いてあきらめたのだ。1800円を。
でもドアーズは俺をあきらめていなかった。
そんな楽ちんなやつらじゃなかったってことだ。
つづく
しみじみ沈んでいる。
畳の下、床の裏まで俺はめりこんで、なかなかだろ、誰だってこんなふうには沈めやしないぜ、
とか、そんなふうに思いながらなんだか得意な気分になって笑うんだが、
こんな俺がお前はどうも気持ち悪いってこった。
そんな顔してるってことは。
好きで沈んでると思ってんだな。
お前は、俺が好きでこんなふうに沈んでると。ここまで沈んでると。
自ら進んでただこんなのが趣味で、こんなふうになってるのがかっこいいとか俺自身思ってて、
得意になって沈んでんだと、そう思ってんだな、お前は。
まいったね。
誰が好きこのんで沈むんだ?
お前にとって俺はどんだけけったいな生物なんだ?
お前はどんだけ気の違った人間と付き合ってんだ?あんなことしてんだ?
誰かがやらなきゃならないんだ。
誰でもいいってわけじゃない。気づいた誰かがやらなきゃならないんだ。
でも誰も気づかない。俺は気づいた。だから俺がやってんだ。沈んでんだ。
畳の下まで。床の裏まで。
これ以上はなかなかきつい。俺には無理かも知んない。
だってお前はそんな顔してるし、誰も理解してくんないし、俺が好きでやってると思ってるし。
本当は気づいてるんだ。誰もが。
ああ、少しは沈まなくちゃなあ、俺も、私も、ちょっとは沈んとかないとなあって。
でも誰もやらないのはいまいち確信が持てないからだ。
これが本当に必要なことなのか、どうか。本当にこの世界に必要な行為なのかどうかが。
わかる。
その気持ちは、わかる。
俺だってあいつらに会わなかったら、実際に沈んでやろうなんて思わなかったに違いないのだ。
人々は変、と彼らは歌っていた。
つづく
Jackson Browneを聞くとどうしても高校時代を思い出してしまうのは、
高校で最も一緒にいた友達がJackson Browne頭をしてたから。
もちろん、
と言ってもJackson Browne頭をしてる人が
すべてJackson Browneのファンってことはそれこそもちろんないんだが、
Jackson Browne頭をしてる彼の一番好きなのがJackson Browneだったせいで、
俺の中では「Jackson Browne頭はもちろんJackson Browneがすきなのだ」
ってことになってるので、というわけでJackson Browneを聞くと、
My Heart Goes Out to the High School Daysなのだ。
似合いもしないサラサラヘアーを肩につくかつかないかまでさらさら伸ばして、
でもそのさらさらなまっすぐ加減は癖っ毛天然パーマの俺にはすごいうらやましかったんだが、
でもやはり彼のデカ垂れ目、デカ出っ歯の顔にはあまりにさらさら過ぎて、顔のバランス的には
全然うらやましくなかったんだが、でも彼がJackson Browneを好きなそのあり方は、
なんだかうらやましかった。
なんだか、寄り添うように、彼はJackson Browneが好きなのだった。
俺がBostonやEaglesをがつがつ聴くのとは、それはまったく違う態度だった。
「きみはThe EaglesやFleetwood MacやBostonや、それに僕が全然聴きたいとも思わない
Led ZeppelinやDeep Purpleまで聞いてそれをみんな自分の好きなものとして消化できてる
みたいだけど、ぼくにはこれだけでいいんだ。Jackson Browneだけで」
というようなものが彼とJackson Browneのあいだには感じられたのだ。
もちろん(俺はよくこの言葉を使うなあ)、彼はほかにもいろんな人の音楽を聞いた。
Marshall Tucker BandやDan ForgelbergやLinda Ronstadtのレコードを俺にも貸してくれたし、
Eaglesの「Hotel California」なんて、持ち主の俺よりも聴きこんでたんじゃないだろうか。
(俺は彼に「Hotel California」を三度も貸した)
今わが家にある、Jackson Browneの初期五枚目までの音源は
彼が貸してくれたレコードからのものだ。
Linda Ronstadtの「夢はひとつだけ」も残ってる。
Dan Forgelbergも、と言いたいところだけどもそれはどっかに行っちまった。
彼のように。
いや、あっちこっちにふらついて行方不明になったのは、俺のほうだった。
それにしても、サラサラヘアーにもまして、
ジーパンの似合わない男だった。
こないだ、小林克也の番組で今のJackson Browneを見た。
雰囲気がミュージシャンって感じじゃないなあ、と思いつつ見てて
だったら何の雰囲気なのだ?と自分に問い続けて思いついたのが、
小説家先生、だった。
先生でも教授でもなく、どこか、小説家先生。
「彼」は石巻で小学校の先生してるって聞いたことがあるけど、
ほんとのところはわかってない。