看護師で心理師な私が悪役令嬢に転生!?〜メンタルケアの知識で破滅フラグをへし折ります〜


case4 学園初等部


#4 いじめ問題初期対応


 看護師の仕事の領分は、医師の診療の補助。

 公認心理師の仕事の領分も、それに近しい。

 看護師も心理師も、診断や治療はできない。これは大原則。

 ただそのかわりに、医師の診断や治療方針に深く深く、ものすごく深く関わるのだ。

 病院にもよるけれど、普段接する看護師が医師に伝える言葉によって、患者さんの今後が左右されてしまうことだってある。

 心理師の心理検査と面談からくる見立てが、医師や看護の方向性、あるいは医療以外の現場の方針に判断材料とされることももちろんある。


 いや、何が言いたいかと言うと、いま絶賛いじめ問題勃発中の学園における私の立ち位置の話ね。

 齢10歳にして、確実に20歳は年上だろう教師に泣き付かれてるとか、どういう状況かな、これ。


「あの話が本当だとしたら、由々しき事態、なのだよね?」

「そうですわね」

「僕は、君がそのグループを直接注意するのがいいと思うんだけど。そ、その方が、子供の自主性を育てることにも」

「わたくしがそれをしては、火に油を注ぐようなものですわ」

「でも」

「そもそも、情報の出所を明かすこと自体が問題をより大きくしますもの」


 問題が起きていると、勇気を持って告発してくれた男爵令嬢を矢面に立たせちゃいけない。

 情報の出どころを明かさず、守秘義務を徹底しつつ、でも、当事者をいきなり糾弾したり問い詰めてもいけない。

 あー、チーム学校のシステムがほしい。切実に欲しい。


……おい、貴様ごときがお嬢様の手を煩わせるな」


 ふいに、ウリエルが私の背後から姿を現す。

 成人男性に対して、まだまだ警戒心と嫌悪感が強いけど、時々殺意も駄々漏れてるけど、私を守ろうとしてくれてる、その気持ちが嬉しい。


「ウリエル、ありがとう。でも、大丈夫ですわ。これはディスカッション。先生と今後の対策を考えているだけですもの」

「承知いたしました」


 私の言葉で、彼は怯える教諭にほのかな殺気を残したまま、再び姿も気配も消してしまう。

 隠密スキルがまたレベルアップしてる気がする。あと、過保護レベルも止まるところを知らない。


「お話が中断してしまいましたわ」

「あ、ああ、いや……今の彼は、その……いや、いや」


 モゴモゴと口ごもってうつむく姿に既視感。

 あー、あー、いま思い出したわ。

 この教師、ことなかれ主義が極まって隠蔽気質になったひとだ。

 数年後にいじめも不正もすべて見て見ぬ振りをした挙句に、自分の責任追及を免れるために魔獣を学園内にまねきいれるまでやるんだった。

 ここで放置すると、後々がやばい。

 いじめの証拠隠滅に魔獣ぶつけて問題をうやむやにしようとする思考回路、こわい。

 というか、この世界、みんなちょっと闇が深すぎない?

 いわゆる『ウチの病院(精神科・心療内科)案件』な人、多すぎない?

 遠い目をしたくなりつつ、気を取り直して向き合うことにする。

 スクールカウンセラーの立ち位置とやるべきことを『勉強してきた記憶』から引っ張り出しつつ。


「先生、"問題解決の基本"は、正確な情報収集と客観的な視点、そして問題の根本原因の究明と分析、建設的な対策の検討と倫理的配慮ですわ」

「ず、ずいぶんとそのいや、その通りだとは思うのだけど、いささか理想論がすぎるのではないかな……

「誰かを悪者にするつもりはありませんの。でも、なぜそれが起きたのかがわからないと、同じことの繰り返しですわね」


 あー、でもこの辺って勉強しただけだし、経験があるわけじゃないんだけど。

 いや、でもやれることからね。


 カウンセラー側が児童生徒に関しては、できることって、相談の敷居を下げる関わりをしつつ、家庭環境の確認、心理領域として愛着形成の確認、アサーティブコミュニケーションの獲得の確認ってとこかしら。

 発達障害、知的障害、パーソナリティ障害、適応障害の有無とかも、いじめ問題のきっかけとして押さえておきたい。

 心理検査の用紙とかないから、ここは経験則だけになりそうなのが辛い。ツール欲しい。この際、鑑定スキルでもいい。


 それから、親御さんからのヒアリングも必要かな。

 あとは、先生たちとの関係性を私自身がしっかり作ることと、いじめ問題に関わってくれる先生とかリソースの確認も。


 そこで、つとめてやわらかい空気感を意識してまといつつ、真摯な眼差しで言葉を差し出す。


「先生。わたくし、先生を信じておりますのよ?」

……え、なにを突然」

「先生はできるだけ学園の生徒におだやかな日常をと望まれていらっしゃるのだわ。その優しさと誠実さを信じてますわ」

「え、あの」

「そのお気持ちを大切にするためにも、先生おひとりではなく、まわりを巻き込んで丁寧に対応いたしましょう?」


 怖気付き、および腰の教諭へ、そっと安心と信頼の笑みを向ける。


「先生のお心に報いるためにも、先生おひとりに責任を負わせるなんてことはあってはなりませんわね。もちろん、男爵令嬢を生贄にすることも、いじめをしているとされる令嬢たちを弾劾することも、いじめられている令嬢をそのままにすることも、できませんわ」

……ルシフェルさん」

「まずは学園長ですわね。これからいろいろ連携をとって、いじめが起こらない環境,そして,起きたとしても歯止めをすぐにかけられる環境を共に作り上げてまいりましょう?」


 いじめ対策は、予防はもちろん、早期発見、早期介入、そして再発防止がワンセット。


 ふと、学校の先生やってる前世の友人の顔が浮かぶ。

 彼女は言った。

 『いじめ』って言葉じゃ伝わり方が軽すぎる、と。

 正確には、暴行罪、脅迫罪、傷害罪に窃盗罪ーー

 少年法的には10歳の子供がしたことを罪には問えない。

 でも、やったことの重さ的にも、受けた側の傷の深さ的にも、この問題に関しては子供か大人かっていうのは関係ないのだと訴えていた。

 人ひとりの人生を狂わせ、時はその人に関わる家族や周りの人までも巻き込んで狂わせてしまう罪が軽いはずがない。


 というわけで、これ以上事態が悪化する前に、そして担任の先生が病まず、かつ、依存状態に陥らないように、学園長を筆頭にして解決に当たるのだ。


「先生はけっしておひとりではございませんわ。そして、先生をおひとりにはさせませんわ」


 学校が小さな社会だというのなら、ここで起きた問題は、大人の世界ではより深刻な問題になるってことでもあるのよ。

 対処の仕方を学習する場で誤った方法を覚えると、本気で人生ダメになる。

 先生方にも、いじめをやってる令嬢たちやその親御さんにも、ついでに学園のシステムそのものにも、この問題にきっちり向き合っていただこう。うん。


 心理師の領分は、現場の主導権を握るのではなく、客観的観察とアドバイスだと思うのよね。

 そこから逸脱せず、かつ、良い方向に舵を切っていくのだ。

 気を抜けば破滅フラグがサラッと転がり出てくるんだもの、できることからコツコツいこう。

 


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公認心理師の試験勉強中に思いついたネタ。

事例問題などを物語に落とし込み、断片的に綴っていくシリーズとなります。


今回はスクールカウンセラーといじめ問題への初期対応についてがテーマ。

基本的に、『いじめ防止対策推進法』の基本理解と、カウンセラーの立ち位置の確認が必須。


▶︎対応の基本と試験ポイント

・いじめ防止対策推進法を押さえる。何をもっていじめと判断するのか、その基準と確認方法も大事。

・いじめは、物理的な暴力行為以外にも、心理的なものやインターネットを通じたものも含まれ、場所も学校内に限定されません。

・事例問題では守秘義務の範囲も問われます。だれから(生徒か教師か)相談が持ち込まれたのかも大切。

・チーム学校のシステムと心理師の立ち位置から、あくまでも主体は学校側であることを忘れない。


▶︎用語

・チーム学校「チームとしての学校」校長のリーダーシップのもとに、「専門性に基づくチーム体制の構築」「学校のマネジメント機能の強化」「教職員一人一人が力を発揮できる環境の整備」の3つの視点からなる


【登場人物】

・私(ルシエラ・F・ルシフェル)→悪役令嬢に転生した精神科看護師兼公認心理師。どうやら『スキル:提言』に目覚めている模様。

・ウリエル→10歳未満。暗殺者として育てられてる孤児。現段階では虞犯少年と触法少年の瀬戸際。虐待されていた疑惑あり。

・先生初等部の教師。問題回避型。ゲーム本編では隠蔽気質が極まって大事件を引き起こす。



【序章】

【#1うつと自殺対策】

【#2認知症】

【#3児童虐待と少年法】

【#5 災害とPTSDとPFA】