看護師で心理師な私が悪役令嬢に転生!?〜メンタルケアの知識で破滅フラグをへし折ります〜
case3 孤児院の少年
#3 子供のあざを見たら虐待と思え
視察の名目で、お父様だけでなく、少し調子が良くなってきたお母様も一緒に馬車で教会へ向かう。
リハビリをかねた外出は、可能な限り刺激の少ないものを短時間で。
街並みを眺めたり、好きな場所に少しだけ足を向けてみたりする。
教会は、うちが寄付をしてる場所というのもあるけれど、お母様の好きな絵画が飾られていると言うのも大きい。
ゆったりとした、心にも体にも負担のかからない気分転換の時間を少しずつ増やして行けたらいいかな。
「ああ、と、……気分はどうだ? 疲れてはいないか?」
「ええ、大丈夫ですわ、あなた」
お母様に合わせて、おだやかであろうとするお父様の努力も素敵だわ。
責めることも焦らせることもなく、ただおだやかに。
なのに、いざ帰ろうとしたところで、馬車の真横に転び出た子供にめちゃくちゃ驚く。
「あ、お嬢様! なにを……っ」
従者の静止の声は聞こえてるけど、それどころじゃない。
目の前で倒れている人がいて、黙って見過ごせる看護師はいない。きっと、たぶん、おそらく。
「わたくしの声が聞こえて?」
声をかけつつ、白手袋に包まれている手で、意識レベル、呼吸、脈拍、外傷の有無を数秒でひと通り調べていく。
気絶しているけれど、呼吸も脈拍も正常範囲内。
ただし、極端に痩せていて、腹部を中心に内出血が広範囲に視認できた。
しかも、その色は赤紫のものから黄色がかったものまで。これ、長期にわたってアザになるようなことをされてる感じがする。
「あら?」
「……っ!?」
子供が覚醒と同時に、威嚇するように私の手を振り払った。
「お嬢様!?」
従者のとっさの声と、私を守るように振り上げられた腕に、子供がびくりと大きく震えてうずくまる。
目を覚ました瞬間にとっさに身を守ろうとしたり、大人の男性に極端に怯えたりすることで、嫌な予感が確信に至りつつある。
「大丈夫よ」
まずは安心してもらわなくちゃ。
「大丈夫。ここにいる誰もあなたを傷つけたりしないし、わたくしがそれをさせないわ」
子供は何も言わず、そのまま再び意識を手放してしまった。
「お嬢様、その者は然るべき場所へお戻しいただく方が良いかと」
「然るべき場所?」
「身にまとっているのは、教会ではなく商会が営む孤児院のものです。ならば、そこへ返すのがよろしいかと」
「……服装で所属がわかるのね」
あー、これは施設内での日常的な虐待案件かもしれない。
確証はなくても、疑惑の時点で児童の場合は"通告"が義務だ。
高齢者の場合や夫婦間のDVだと扱いがちょっと変わるけど、……って、そもそもここには、騎士団はあっても、通告場所とされる市町村の福祉施設や児童相談所がない。
しかも、一時保護の対象なのは確実として、孤児院から逃げてきた場合はその場所に戻すわけにもいかないところだ。
なんかもう完全に心理師としても看護師としても領分は超えているんだけど、受け皿になる先がリアルに存在しないなら、これはしかたない、かなぁ。
元の世界ならアウトだろうけどなぁ。
「お父様、お母様、わたくし、この子を保護したいのです。この子がここに現れたことこそ、神がそれを望まれている証左ではないでしょうか」
まあまあ無理があるな、と思いつつもダメもとで告げてみる。
ただ驚いたことにふたりは少しの躊躇とともに顔を見合わせたのち、
「お前がそこまで望むなら好きにしなさい」
お父様が了承を返してくれた。
その目はなぜか信頼の色を載せている。
「ありがとうございます、お父様、お母様」
従者と御者の2人にお願いし、彼を馬車に運んでもらい、私がその体を支えるように座る。
「あなたを怖がらせる場所から連れ出してあげるわ」
横たわる子供の頭をそっと撫で、不意に気づく。
この子、顔つきが違いすぎてわかんなかったけど攻略対象のひとりだわ。
名前は、ウリエル。
ものすごい人間不信かつ暗殺者疑惑のあるルシエラの従者だ。
ヒロインの優しさに触れて、彼女のために主人であるルシエラを手にかけちゃう系男子。
たぶん隠しシナリオをきっちり掴んでたら、彼の素性とか過去がわかる仕様なのだと踏んでる。
物心つく頃にはすでに自分の手は汚れていた、とかなんとか言ってた気もする。
まあ、でも、少年法的に、14歳未満は刑法に触れる行為をしたとしても、刑事責任能力がないとして扱いが変わるのよね。
法に触れたけれど罪には問えない子供だから、『触法少年』。
14歳以上20歳未満は、犯した罪を罪として問えるから『犯罪少年』。
将来犯罪行為や触法行為をすると認められる状況なら,『虞犯少年』。
今のウリエルは触法少年でなくとも、虞犯少年には該当しそう。
孤児院を隠れ蓑にして悪事に年少者を使うシステムが存在してるってことだし。
……いや、そもそも子供を犯罪者にしちゃダメでしょ。
犯罪組織となってる施設を潰せるツテが欲しいわ、切実に。
騎士団かな、教会かな、その辺の背後関係の理解も必要ね。
警察機構と福祉関連、裁判所関係の把握はしたい。
まあ、ゲームのルシエラが王太子に断罪されるルートでは、処刑したのは騎士団だったけど。
ウリエルのルートなら、彼に殺されるわけで。
イベントフラグと破滅フラグとこの世界の闇の深さを前に、私は思わずため息をついた。
でも、まずは、ウリエルの保護とメンタルのケアを最優先にしよう。
険しい顔で眠る子供の頭を家に着くまでずっと撫で続けながら、ケアの方針を組み立てることにした。
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公認心理師の試験勉強中に思いついたネタ。
事例問題などを物語に落とし込み、断片的に綴っていくシリーズとなります。
今回は今回は、『児童虐待』と『少年法』がテーマ。
試験で虐待に関する通告義務の差異や対応方法、判別についての設問あり。
少年法関連だと、法を犯した場合の年齢別の対応だけでなく、少年院の種類やら行く先、裁判制度なども問われてくるので、系統的に覚える必要ありなのです。
▶︎対応の基本と試験ポイント
・児童と呼ばれる対象年齢は18歳未満
・児童虐待防止法(正式名称:児童虐待の防止等に関する法律)では、虐待防止や,虐待を発見した場合などの取り決めがある。
・虐待には、身体的、性的、ネグレクト、心的の区分あり。試験では、事例内容が該当するか否かの判断も問われる。
・児童福祉法と子どもの権利条約は一読がおすすめ
・少年法の適応は20歳未満。ただし、18.19歳は「特定少年」として区別。
・基本は14歳を基準に、送検や刑罰の内容が2歳刻みで変わる。
・少年犯罪は全件『家庭裁判所』に送られます
・送致先には、少年院、児童自立支援施設、児童養護施設などがあり、対象者や年齢も併せて把握が必要
▶︎用語
・虞犯少年→ 将来犯罪行為や触法行為をすると認められるもの。
・触法少年→14歳以下。刑罰法令に触れたけれど罪には問えないもの。
・犯罪少年→ 14歳以上20歳未満で法に触れる行為をしたもの。
【登場人物】
・私(ルシエラ)→悪役令嬢に転生した精神科看護師兼公認心理師。どうやら『スキル:提言』に目覚めている模様。
・ウリエル→10歳未満。暗殺者として育てられてる孤児。現段階では虞犯少年と触法少年の瀬戸際。虐待疑惑あり。
・お母様→ルシエラの実母。うつ病。自殺リスクは高めながら、現在はやや回復傾向。
・お父様→ルシエラの実父。公爵。ストレス過多。