看護師で心理師な私が悪役令嬢に転生!?〜メンタルケアの知識で破滅フラグをへし折ります〜

▶︎case1:わたくしのお母様

#1お母様はうつ病


「晩餐会ではいかがいたしましょう? せっかくの"華月祭"の始まりですし、月の薔薇をあしらったお召し物もよろしいかと」


 そう告げた侍女アンヌの言葉に、私の肌がザワリと粟立つ。

「奥様も今夜はご一緒とおききしておりますわ」

 そのキーワード、イヤな予感しかしない。

「お母様が?」

「奥様はずっと伏せてらっしゃいましたが、今夜は旦那様とご一緒に出席なさると」

……まずいわ」

「お嬢様?」

「今日はお医者様からお薬を処方してもらったのでしょう? しかも、外に出たいといえるくらいには気力も取り戻されているのよね?」


 やばい、アレだ、火急の案件だ、これ。

 何も知らないルシエラの目で見ていた時には気づけなかった。

 でも、今の私には"これはまずいな"というラインがみえている。

 何なら精神科で培った経験と勘が私を急き立ててさえいた。

 ぐるりとゲームの記憶が巡る。

 シナリオのバックボーンとしてほんの一行で語られたものが私を彼女のもとへ走らせた。


「お母様!」


 屋敷中を探して、ようやく辿り着けた。

 時計塔のバルコニー。

 そこに立つお母様が、虚な視線でこちらを振り返る。

「ルシエラ」

 そして、取り繕うように、かすかに笑う。その不自然さがまた痛々しい。

 ああ、やはり。

 あの表情、あの視線、かなりギリギリのところでかろうじて保たれているけど、決壊は秒読みだと知らせてくる。

 

「お母様、いつから眠れていませんの?」

「え?」

「もうずっと長いこと、"嫌な夢にうなされてらした"のではないですか?」

……

「無理にその内容を聞き出したりはしませんわ。代わりに、わたくしをそばにおいてくれるとうれしいのですけれど」


 そっと歩み寄り、無言の小さな頷きを確認してお母様の手を取った。

 徹底した傾聴とともに、安全確保を目的に、ベランダから柔らかなふたりがけのソファへ並んで腰掛ける。

 意識して柔らかく暖かな空気感を作り出し、安心感をまといながら、私の温度をゆるりと伝えて、そっと待つ。


「もう、つかれてしまったの……でも、疲れたと感じる自分が嫌で……


 やがてお母様はぽつぽつと、自分の心のうちを語り始める。

 その大半は、「できない自分」を責める言葉だった。


 はじまりは、産後うつだったのかもしれない。

 あるいは、おばあさまあたり。

 嫁姑問題は子供の養育が関わるとヤバさ倍増らしい根深い問題だし、それでなくても、家のルールって価値観と自己概念のぶつかり合いになりがちだし。

 適応障害もたぶん起こしてたと思う。


「死にたい」

「死にたいと思われていますのね」

「何度も……死のうとしたの……今日なら、それができそうな気がするのよ」


 うつ病は、心が落ち切ったドン底状態よりも、回復しかけの時が一番危険なのだ。

 落ちるだけ落ちている時には、死ぬだけの気力もない。

 でも、ほんの少しの回復は、死に至る行為への気力と行動力とを本人に与えてしまう。


「ナイフは取り上げられてしまったわ。毒も手に入らなくて。ねえ、首を吊ろうにも紐さえないのよ」

 これはもう、自殺念慮じゃない。

 明確な意思と具体的な方法までいってる時点で、自殺企図の段階だ。

 いや、すでに未遂を繰り返していたのなら、一線を越えるハードルは低くなっている可能性が高い。

 目を離すと危険な状況で、ひとりにしてはいけない。


「ねえ、お母様。ルシエラは、お母様の"死にたいと"いうお気持ちを否定しませんわ。そして、そのきもちを私に話してくださったことがとても嬉しい」

「ルーシー……


 否定せず、寄り添い、絶望感と孤独感からの衝動をゆるやかにつつんで、死なない約束を積み重ねていく。


……ただ、お母様がいらっしゃらなくなると、わたくし、とても寂しいわ」


 華月祭の夜、悪役令嬢ルシエラの実母は自死する。

 でも、お母様のつらさに向き合い、寄り添い、心の回復に寄与できたのなら、その未来はきっと消えて無くなる。


 たぶんだけどね、悪役令嬢になったのは、ルシエラの中の孤独感とか遣る瀬無さとか,そう言ったものが爆発しちゃったせいもあると思うのよね。

 見捨てられ不安というか。

 その発端に母の自殺があると言うのは十分考えられるから。

 王太子殿下への執着や、人とのコミュニケーションの不得手なところも。


 いや、とりあえずそういうことは横に置いといて。

 いまは目の前の苦しんでいるお母様のためにできることをしよう。

 うつを抱えている場合、周りの関わりがすごく重要。

 医療従事者だけでなく、家族とか環境も整えていかないと。

 わずかな変化に気づくようにして、責めず、否定せず、焦らせず、寄り添い、見守り、つないでいく。

 最悪の選択へ向かう一歩を踏みとどまってもらえるためにーーお母様の自殺へ至るであろうサインに気付き、寄り添い、対応できる"ゲートキーパー"も同時進行で作ろうと決めた。


「お母様……


 冷え切っているお母様の手を握って温めながら、お母様だけでなく,うちそのものが抱える問題点とやるべきことを組み立てていく。


公認心理師の試験勉強中に思いついたネタ。

事例問題などを物語に落とし込み、断片的に綴っていくシリーズとなります。


今回は、『うつ病』と『自殺リスク』がテーマ。

試験では、事例と知識問題双方で、相手の状態や関わり方とともに、判別(判断基準)も問われることあり。


▶︎対応の基本と試験ポイント

・徹底した傾聴と寄り添い

・死にたい気持ちを否定しない

・安全の確保

・自殺リスクのアセスメント

・医療者との連携を意識(診断と治療は医師の領分)

・守秘義務の判断基準の確認


▶︎用語

希死念慮死にたい気持ち

自殺念慮自殺したいと考えること

自殺企図具体的な計画と行動(危険!)

ゲートキーパー自殺のサインに気付けて寄り添える存在


【登場人物】

・私悪役令嬢に転生した精神科看護師兼公認心理師。

・お母様令嬢の実母。うつ病。たぶん適応障害も起こしてたと思われる。自殺リスクが高い。

・アンヌ令嬢の侍女。意外と情報通かも?


★心理職令嬢序章

【#2 認知症】



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