看護師で心理師な私が悪役令嬢に転生!?〜メンタルケアの知識で破滅フラグをへし折ります〜

case2 殿下のおじいさま


#2 殿下のおじいさまは幽閉中


「おじいさまは気がふれてしまったんだ」

 家同士で取り決められている月に一度のお茶会の日。

 美味しいお菓子とお茶を前に、とても悲しげに婚約者たるラファエル殿下はつぶやいた。


 重々しい空気の中で語られたのは、殿下のおじいさまにして先代王にまつわる奇行の数々だった。

 曰く、不可解な言動が目立つようになった、と。

 歩き方がおかしくなり、物を落とすようになり、ついには目に見えぬものを恐れて怒鳴りつけるようになった。

「まるで幽霊にでもあったかのごとくだ、王族の威厳など微塵も残っていなくてな」


 殿下は具体的にその時の動きを真似て見せてくれた。


「かと思えば、突然動きが止まることもあったし」


 うとうとと眠ることもあるが、その際は特に、わずかな刺激に過剰な反応を見せることもあるという。

 異常に怯えて混乱する姿も見られた。


「そんなことがありましたのね……立派なお姿を知ればこそ、その変わりようはお辛かったのではありませんか?」

……ああ……いや、僕よりもむしろ父や母の方が苦しい想いをしているだろう」


 現在は、医師と薬師が処方した鎮静剤でなんとか寝台に縛り付けているのだとか。

 そこは魔法じゃないんだなぁ、とぼんやり思いつつ、殿下の話を頭の中で整理しながら、思考を巡らせていく。


 突進歩行、刺激に対する弱さ、明確な幻覚、薬物への過剰反応。

 レム期睡眠の異常行動の顕著さも判断材料かな。

 うつ病じゃない、と思う。

 年齢的にも、出ている症状的にも、認知症を疑いたい。

 なかでも、『レビー小体認知症』である可能性が高い。


 パーキンソン症状とレビー小体認知症は兄弟関係と言ってもいいし。

 そもそも、『うつ』なら妄想はあっても幻視はない。

 アルツハイマー型はここまでの激しい言動の波はないはずだし、脳梗塞や脳出血を疑うような出来事もなさそうだし。

 いや、一応確認しなくちゃダメかな。どうかな。


 ああ、脳のCTを取りたい、ドクターに指示もらって検査したい、ここに心理検査のツールがないの、本当辛い。

 せめてMMSEHDS-Rで認知症のスクリーニングをしたい、けど、ツールが手元にない。

 MMSEなら26点以下で軽度、21点以下なら疑い濃厚。

 もしくは長谷川式20点以下でも認知症を疑える。

 一応、ここまでの殿下からの話からでもある程度の推理はできるし、そうはずしてもいない気はするけど。

 思い出すわ、認知症病で出会ったあの患者さん。うとうとしてたかと思ったら、突然豹変したのよね。


「殿下、僭越ながら、わたくしの見立てが当たっていたなら、先代王への対応について、いくつか提案をさせていただけないでしょうか? 」

……閉じ込め、縛り付け、薬で眠らせる以外の方法があるのか?」

「はい。それにより、殿下や陛下たちのお心の負担も軽くなるかもしれませんわ」


 主症状たる忘却を止めることはできない。

 でも、いわゆる認知症における周辺症状……問題となるBPSDをマイルドにするための対応なら具体策を上げられるのだ。


 転倒に注意しながら穏やかにかかわったり。

 相手の幻覚に対する言動を否定せず、時にはそれに合わせて演じつつ、別の方向へ気を外らせるよう持っていったり。

 食事における誤嚥性肺炎の防止につとめたりと、他にもいろいろある。

 それは適切なケアの提供であり、介護をする上での適切な距離感ともなる。


「もちろん、疲れた時には意図的に距離を置くことも必要なことですわ」


 現役で認知症病棟で日々闘ってる友人は、家族が一緒に住むことや面倒を見ることは責務でも義務でもないし、距離を置くことは悪じゃないと言っていた。


『あーだこーだと口出ししてくるのは、たいてい、金も手も出さないやつらよ』


 そう言い捨てた友人は、ふつふつとした怒りを腹の中に収めていたんだと思う。

 介護とは綺麗事じゃ回らない。

 休息をとりながらお互いに幸せだと思える距離感で過ごすためにプロがいるのだ。

 殿下も王様も王妃様もおじいさまも、できれば家族みんなが幸せになれるのがいいかな。

 王宮のお抱え医師とも相談して対策を一緒に考えてもらえるよう、殿下に少しだけ頑張ってもらうことにした。



公認心理師の試験勉強中に思いついたネタ。

事例問題などを物語に落とし込み、断片的に綴っていくシリーズとなります。


今回は『高齢者の認知症』がテーマ。

試験では、知識問題と事例問題双方から、スクリーニング検査の内容や症状からの病名推察、適切な対応が求められます。



▶︎対応の基本と試験ポイント

・認知症のスクリーニング検査のカットアウトを覚えておく

4大認知症(アルツハイマー、レビー、脳血管、前頭側頭葉)の違いと,病状の経過、対応方法、使用薬剤の把握が必要

・認知症に似た症状を引き起こす病気(せん妄、脱水、正常圧水頭症など)の存在の把握

・帰宅欲求、黄昏症候群、夜間せん妄、徘徊への対処は、本人の思い込みの世界を尊重しつつ安全確保していく(否定は何も産まない)


▶︎用語

MMSEHDS-R(長谷川式認知症スケール)→認知症のスクリーニングテスト。

・せん妄高齢者だと手術後とか環境の変化で起こすことあり。

BPSD→認知症の周辺症状。徘徊や暴力など問題となりがちな行動もここに分類。薬剤調整やケアによって緩和可能。


【登場人物】

・私(ルシエラ)→悪役令嬢に転生した精神科看護師兼公認心理師。

・ラファエル殿下王太子。ルシエラの婚約者。ストレス過多。たぶん"過剰適応"へのフラグが立ってる。

・先代王ラファエルの祖父。レビー小体認知症。


★心理師令嬢シリーズ

▶︎序章

▶︎#1うつと自殺予防

▶︎ #3児童虐待と少年法


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