山形を拠点に、世界のブナの森と、極東ロシアを巡る博物誌
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ヒメカンアオイの衰亡
アカマツ倒木で体を横倒しにして翅を温めるコツバメ。尾根道で待ってみたが、ギフチョウは現れなかった。
ヒメカンアオイの追跡調査を続けた
水路で山裾が破壊され、水田に向かって伸びた木々を伐って積み重ねるので、山裾に残っていたカンアオイの群落も消えた
道路拡張で、ヒメカンアオイが自生していた山裾のなだらかな部分が消えてゆく
それでもヒメカンアオイの実生が残っていた
暗い林にわずかに残るヒメカンアオイ
マダケに覆われる中に残るヒメカンアオイ
ヒメカンアオイの花
ヒメカンアオイの花
三木山の丘陵は1934年から1970年代までギフチョウの豊産地として知られ、食草ヒメカンアオイは3㎞にわたって自生していたという。その三木山の一角に最後に残った、わずか12株のヒメカンアオイのうちの1つが芽吹いていた。去年は葉が3株あわせて8枚ほどしかなかったが、今年は3株から25枚ほど出ていた。
かつての自生地でヒメカンアオイを探し歩き、三木市内でのギフチョウの衰亡の経緯を頭のなかで整理し、組み立て直した数日間になった。
2025.3.29-4.3、兵庫県三木市
タケとササの猛威
ここ数日はカンアオイの追跡調査でずいぶん歩いた。ここは高校生だった時に、真夏にヒメカンアオイを見つけた場所。
夜にアカアシオオアオカミキリを探して沢を登ったことも思い出せないほど、マダケに覆われてしまっていた。もちろんヒメカンアオイはまったく残っていない。
かつてギフチョウが豊富に生息していた丘陵。この地では恩師が1970年代に1軒1軒の農家を訪ね歩いて説明を繰り返し、農地周辺では食草ヒメカンアオイが大切にされていた。そのような地道な努力は、国内を見渡してもまだほとんどなされていない時代だった。
それから半世紀、大規模な圃場整備で山裾の多くは失われ、残った場所も世代交代とともに草刈りが行われなくなってネザサに覆われ、この丘陵でもヒメカンアオイは4株しか確認できなくなっていた。今回、新たに6株を見つけたが、もうギフチョウの生息は望むべくもない。かつての発生地がどこだったのか見当もつかず、90代の恩師に案内をお願いして、かつてここの斜面に群生していたという正確な情報を教わりながら3日間回った。
ここもヒメカンアオイが自生していた丘陵
中学生時代に自転車でカミキリムシの採集に通った、シイタケ園の跡地
2025.3.31-4.1、兵庫県三木市
ギフチョウの初見
春が早い場所に咲き続くキクザキイチゲ。この1週間後にはカタクリの絨毯になる。
2色のキクザキイチゲ
花などをブログで紹介すると人を刺激してしまい、その場所を探そうとする人や問い合わせてくる人が重なった時期があった。見ていただけることはありがたいが、「永幡さんのブログを見て撮影の行き先を決めています」と言われると、御礼とあわせて、ぜひご近所の山で自分だけの小径を見つけてほしい、と丁重に伝えるようにしてきた。私は自分自身で探索することに時間をかけてきたうえに、数年かけて地権者を探し当てて入らせていただいている私有地が多いので、他人を招き入れる窓口になるわけにはいかない。近年は土地所有者に迷惑をかけないよう、花期が終わってから掲載することも多い。
同時に、重要種のモニタリングも数年置きに続けている。これは私が見つけたミスミソウのなかで、山形県内でもっとも花の色の多様度が残っている群落。今年も健在かと思ったが、右下の紫の大株の右側3/4が掘られて消えていた(草と落ち葉がかぶせられていた)。こういうものは秘匿していればササに埋もれていくうえに掘り放題だし、公開型にしても夜のうちに順番に消えていくので、現状では打つ手がない。「入っていいし、おめえの庭にもいくつか植えたらどうだ」と言ってくれた地権者も畑で姿を見なくなり、畑が草に覆われてしばらく経つ。
朝は氷点下だった。空気が緩み、カタクリErythronium japonicumの萼片と花弁が反転してゆく。
今年の初見となるギフチョウ
キクザキイチゲとギフチョウ
コシノカンアオイ
3月24日、山形県鶴岡市
石垣と竹垣
ベトナムの石垣は、1列に組み上げられて向こうが透けて見えるものが多い。すぐに崩れそうなのに、これが実に頑丈にできている。田んぼの境界、あるいは道にスイギュウが入らないような仕切りに使われている。
ベトナムの竹垣。上部は斜めに裁断されている。様々な形状の竹垣が各地に組み上げられており、文化として今も生活のなかに息づいている。日本にも小柴垣をはじめとした独自の文化があったが、少なくとも日常のなかでは目にすることがなくなった。
ユリの球根を植える。換金性から、もともとは水田だった場所の転用が進んでいる。
朝に放牧された林まで歩いていくウシ
トウガラシのヘタをとる
2025.3.20-22、N.VIETNAM, Lao Cai, near the border of Yunnan
田植え
棚田は田植えの盛り。中央右の緑色は周囲の田んぼに植える分の苗代、そして中央左の緑色は馬や水牛をつないでおくための草地。
水田を赤く染めるアゾラ(オオアカウキクサの仲間)。どこにでもあるわけではなく、特定の水田にのみ発生していた。
水田を染めるアゾラ
代掻きを終えたウマ
ナガエブナの自生地よりも標高の低い場所では田植えの盛りだった
標高800m以上の山岳の棚田はまだ耕されていないし水も入っていない。
低地のイネはすでに青々として水面が見えず、少し上がった標高600mぐらいまでの場所では田植えが終わる。そのまま標高1800mのブナの自生地まで上がった。そこにも水田はある。
中国と異なり、菜の花畑が少なかった。
2025.3.21-22、N.VIETNAM, Lao Cai, near the border of Yunnan






























































