作:雁屋哲、画:花咲アキラ「美味しんぼ(383)」 | ロロモ文庫

ロロモ文庫

いろいろなベスト10や漫画のあらすじやテレビドラマのあらすじや映画のあらすじや川柳やスポーツの結果などを紹介したいと思います。どうぞヨロピク。

ナマコの真髄

団は山岡と栗田と近城と二木を食事会に招いて、自分が栗田を諦めたことを告げようとするが、二木の祖父が心臓発作を起こして倒れてしまったため、食事会は頓挫してしまう。

数日後、二木の祖父を見舞いに行く山岡たち。「ナマコをお持ちしました」「わ。ナマコの酢の物がたっぷりと」「お祖父様の大好物なの」「お取りしましょうか」「いや、私はいいんだ。みんなで食べておくれ」「どうしてですか。大好物だと仰ったじゃありませんか」「それが今度のことがあってから、ガックリと体が衰えてな。歯もガタガタになって、ナマコの酢の物は食べられなくなってしまったんだ」「まあ」「むう。確かに生のナマコをぶつ切りにして、酢の物にすると、コリコリシコシコと固くなるからなあ」

「私は年齢不相応に歯が強いのが自慢でな。私より若い癖に歯が弱くて、ナマコの生は苦手だと言う人間の前でこれ見よがしにバリバリ食べて見せたものだが、今となっては。好物のナマコを食べられなくなっては、人生も終わりだ」「そんな。ナマコくらいで何を言ってるんですか」「ナマコくらいと言うが、これは全ての終わりの象徴だよ。固いものが食べられなくなったら、一匹の動物としておしまいさ。老いさらばえて、死ぬのを待つばかりだ」「……」

「しかし実に寂しいものだよ、ナマコの酢の物はまさに海の幸の中でも最上級の味だからなあ。あの醜悪な外形からは想像もつかない高貴な味わいだよ。あの味はもう楽しめないとはなあ」「お祖父様、そんな悲しいことを言わないで」「山岡の旦那、なんとかならないのか」

「むう。最上級の味。高貴な味。二木さん、お祖父さんを能登にお連れしたいんだけど、どうだろう」「能登ですって。今はまだ寒いでしょう」「寒い時でなければダメなんだ」「温かくして行けば大丈夫だと思うけど。でもどうして」「君のお祖父さんが人生はもう終わりだなんて言うのは間違いだってことをわからせてあげるんだ」「え」「それなら何が何でも能登に行ってもらおう、二木さん」「そうね」

石川県七尾市で海の幸の珍味を取り扱う大根音松商店の穂刈を一同に紹介する山岡。「うわあ。ナマコが沢山」「普通このへんで捕れるのは赤ナマコと青ナマコがあって、赤ナマコの方が身が厚くて美味しいんです」「わ。内臓がこんなにあるの」「11月から3月まで、ナマコは繁殖期で、卵巣と精巣が成長するから、内臓が沢山あるように見えるんです」「なるほど」

「卵巣はクチコと言って干して製品にし、消化管はコノワタと言って塩漬けにします。消化管、主に腸ですね。その中の泥をきれいに掃除します。ナマコは泥と一緒に餌を食べるんです。この腸を刻んで塩漬けにして瓶詰めにするわけです」「それがコノワタ。ナマコのはらわただから、コノワタと言うんだろう。お酒のおつまみに最高。熱いご飯に乗せたら、涙が出るほど旨い」「クチコを干すところをご覧いただきます」

処理場を出る一同。「こうやってひもにクチコをかけて、三角形に整えます」「卵巣がひも状なので、ひもに掛けやすいのね」「ひもに掛けたら外に出します。あまり強い日光でなく、冬の弱い日光で干すのがいいんです」「何日くらい干すんですか」「約10日くらいです。クチコ自体の味だけで、一切味つけはしません」「まったく自然の味なのね」

説明する山岡。「これを食べる前に焙ると、香ばしい上に複雑玄妙にして高貴な味になる。クチコはカラスミとウニとともに日本の三大珍味と言われている。コノワタは塩辛だから柔らかい。クチコはちょっと固そうだけど、口の中に入れておくと柔らかくなって食べやすい。ナマコの酢の物が食べられなくても、これがあるからいいじゃありませんか」

やれやれと溜息をつく二木の祖父。「能登くんだりまで連れ出したのは、クチコとコノワタを見せるためだったのかい。それなら東京でも手に入るじゃないか。それに確かにコノワタもクチコも美味しい。高貴で豊かな味だ。でもナマコの酢の物の持つ鮮烈で目のさめる風味はない。私が求めているのはそういう風味なんだ」「では処理場に戻りましょう」「え」

説明する穂刈。「卵巣はナマコの口の近くの腹にあるんです。卵巣をクチコと言うのは、口の近くにあるからです。クチコは一般に卵巣と言ってますが、ナマコは雌雄異体ですから、雄の方は当然精巣なわけです。卵巣は橙色で、精巣は白っぽい。この卵巣の方が味が濃厚です」「さあ味わってください」「む。クチコを生のまま食べると言うのか」「そのために能登まで来たんです」

その旨さに驚く一同。「酢の物より遥かに鮮烈」「ウニの濃厚さと、ナマコ独特の強烈で鮮やかな風味が相まって。しかも実に豊かで濃くて深い味」「体中の血がきれいになる感じがする」「まさに海の幸の最高峰の一つ。この高貴さと深い味は、ちょっと他に比べるものがない」

悔しいと叫ぶ二木の祖父。「今までナマコの外側の酢の物を最高と思い込んで、内側にそれより遥かに素晴らしいものがあるのを見逃していたなんて。こんな味に出会うなんて、私の人生、終わりじゃない」「それに柔らかいし」「ありがたい。長生きして、ナマコの卵巣、食いつくすぞ」

近城に感謝する二木。「ありがとう。あなたが強引にお祖父様を連れだしてくれたおかげよ」「二木さん」むっとする山岡。「おいおい、待てよ。このナマコの話は俺が」「いいのよ」ふふと笑う団。「どうやら自然に片が付きそうだな」