凶手
「翔丸。極道は親は撃てん」「ふっ。盃を交わした子は撃てなくても。実の子なら撃てる」怒鳴る渡辺。「翔丸組はヤワじゃねえ。ヤワじゃねえ」銃口を父に向ける明男。「おやじ」
翔丸、後に語る。『僕が何故それほどまでして佐伯組完全掌握に固執したかですか。勿論、皆さんのおっしゃる通り、名目は翔丸組武闘集団の強化にあったわけですが、正確に言えば、それは僕の心情とは少し異なるわけです。要するに僕はゲームをしたかったのです。当時、極道社会で東のドンと言われた佐伯大造と』
「撃て」発砲する明男。佐伯の耳元をかすめる銃弾。「佐伯さん。ゲームの続きは後日」
翔丸、なおも語る。『ええ、楽しかったですよ。十分に満喫できました。彼、佐伯大造とのゲームは』
これより、一週間後、竹田翔丸は意外なところにその影を現わす。当時、M警察署署長だった安岡忠は語る。<ああ、その少年ですか。ええ。よく覚えてますよ。私がM警察署に署長として赴任した二、三日後のことでしたからね。あの日は確か雨の日でしたか>
「いい加減にしろ。お前、警察をバカにしとんのか」「どうしたんだ」「あ、署長。おはようございます。いやあ、参りましたよ。聞けば、その少年は万引きしたから、自分を罰してくれと頼んでいると言うんです。その万引きしたと言う品物ですか」
<ええ。おっしゃる通り、使い古されたカッターナイフでしたね。私はなぜかその少年にひどく興味を持ちましてね。ま、事情聴取と言うことで、その少年を直接署長室に呼んだんですよ。その少年ですか。黙ってましたよ。何を聞いても。最後の一言、こう言ってましたっけ。ゲームですよ、と>
その翌日、今まで降り続いた雨がウソのような快晴だったと言う。その朝、佐伯大造はけたたましい電話の音で目を覚ましたと言う。「爆破?」
佐伯の屋敷に向かう戦車隊。「佐伯さん。今度は冗談なんかではない。僕の合図であなたの息子は、あなたを確実に撃つ。そしてそれと同時にあなたの屋敷も一撃に爆破する」
叫ぶ渡辺。「翔丸組はヤワじゃねえ」戦車から出てくる明男。「翔丸組は、ヤワじゃねえ」涙する佐伯。「明男」
<白昼の道路に戦車隊?それはどう考えても不可能ですな。公道はその地区の署の管轄です。とすると、当時M警察署署長だった私がウソの報告書で、一定時間、道を遮断したと仰るのですか。あなた、それは私に対して失礼じゃないですか>
鼻の横の傷跡をさす安岡。当時、M警察署署長であった安岡忠。今、彼は警視庁副総監の重職にある。異例の出世と呼べるだろう。
ヘリから通達する翔丸。「佐伯大造。今、お前の涙を見せてもらった。泣け。もっと泣け。その涙で全ての邪念を取り払うんだ」「明男。なぜじゃ。なぜ、それほどまでして」「おやじ。あんたも翔丸組に入ればわかる」
翔丸、後に語る。『人には必ず弱点があるのです。言い換えれば、弱点のない人間などこの世に存在しないわけです。戦いとはその弱点を見抜くことから始まるのです』
「佐伯大造。今なら間に合う。翔丸組に入るんだ」
刻印
教壇で教科書を読む中川。「では次に進みます。n個の異なるものから、r個をとって一列に並べたものを」<はい。彼、竹田翔丸は滅多に学校へは現れませんでした。その間、統率者を欠いた翔丸組は、まさに傍若無人。学校内で好き放題に振る舞っていたのです>
中川のスカートをめくる八巻。「あふっ」「これを順列と言い」「先生よお。もっと足を広げてくれよ。肝心なところが見えないじゃないの」「や、八巻君、これ以上続けたら、警察を呼びますよ」「警察?上等じゃねえか。翔丸組は警察より偉えんだよ」中川のパンティをずり降ろす八巻。「八巻君。やめなさい」「先生。もっとダイエットした方がいいんじゃないの」「や、やめて」
教室に入って来るサングラスの男。「翔丸組以外は床に伏せろ」
「機関銃?それで、窓ガラスを割られたぐらいで、みんなオタオタしてるってわけか」「渡辺君。うちの若い者を貸しましょうか」「いーや。どうせ、どっかの馬の骨だろーが。俺一人で十分よ」
この間、竹田翔丸はどの記述を調べても、その影が見当たらない。世に言う「空白の日々」である。
「おめーか。教室で暴れたってガキは」「翔丸組親衛隊長、渡辺だな。すまんが、ちと顔を貸してくれ」「ほー。イヤと言ったら」「殺す」
この間、彼、竹田翔丸は一体、どこにいたのだろうか、この地、横須賀にかすかなる糸口がある。
長年、横須賀沖で暇を見つけては、釣りを楽しんでいると言う小原真治は語る。<年月日なんて忘れちまったな。でも、そのことならよく覚えているよ。俺はいつものように沖へ出て、糸を垂れてたんだよ。そうだな、朝の6時くらい。朝もやの中、小型艇が音をかき消すかのように走っていくのを見たんだよ。そいつが米国の巡視艇だったんだよ>
<俺は正直驚いたね。米国さんの巡視艇によ、学生服を着た日本の少年が我が物顔で乗ってるんだ。ありゃあ、誰が見たって驚くよ。ばあたれが。夢なんかじゃねえって。バカにするんじゃねえよ>
これより5時間後、彼、竹田翔丸は忽然と曙高校にその姿を現わす。
「話ってこれかい。このオレが、そんなはした金で心を動かすと思うとったんか」「ハハハ。じかに翔丸とサシで会えるのは、お前だと聞いたもんでな。この倍は出そう。それなら翔丸を殺ってくれるな」「くっ。だから言ってんだよ。この俺が、そんなはした金じゃあ動かねえとな」
「ほー。まだわからんのか。お前はただ翔丸に利用されてるだけだ。眼を醒ませ、渡辺君よ」「おめえ、なぜ、それほどまでにして、翔丸さんの首を欲しがる。くせえ、くせえ。臭うぜ、おめえの後ろにいる、でっけえ野ねずみがよ。その野ねずみに言ってやんな。翔丸組はヤワじゃねえ」掌をカッターで傷つけ、札束の上に血を垂らす渡辺。
校庭で怒鳴るサングラスの男。「みんな聞け。翔丸組は今日限りで壊滅じゃ。文句ある奴は、今すぐわしの前にさらせ」ヘリから飛び降り、サングラスの男の顔に縦一文字でカッターで傷つける翔丸。「その顔の刻印。後にお前の宝となるだろう」「しょ、翔丸」「さ、お前の元飼い主まで案内してもらおうか」
この間、およそ三分。竹田翔丸、再び機上の人となる。