先週、北キプロスへ行きました。192カ国目の訪問です。

 

 

 

 

キプロス島は、先史時代から人の住んだ痕跡があります。後ほどご紹介する博物館には紀元前8000年頃とされる石器や陶器を展示しており、目立たないですがかなり歴史も文化もある島なのですよね。

日本の縄文はそれ以上の歴史あるけど。

 

 

 

 

 

そして、現在のキプロス島は、国際的に「キプロス」として一国の認識ですが、実際は北東と南西に分断されています。南が「キプロス共和国」北は「北キプロス・トルコ共和国」といい、前者は主にギリシャ系、後者は主にトルコ系が住んでいます。下の図のように東西に走るボーダーあり、EU意外の外国人の往来にはパスポートが必要です。EU人もパス要。両国家ともニコシアに首都を置く世界唯一の二国一首都。

 

 
 
 
なぜ分断されたのか、歴史を簡単にご紹介しますね。

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 

先史時代から文化のあったキプロス島は、地中海の重要な位置にあり、古代よりさまざまな勢力が支配しました。(今回のこの説明はAIではありません。爆)

 

 

 

 

紀元前15世紀前半:

エジプト新王国の支配下にあり、ギリシア人が植民活動を行って移住。

紀元前11世紀

地中海域で最も早く鉄器時代へ。鉄器は小アジアのヒッタイトに伝えられ、クレタやギリシア本土に伝わる。

紀元前9世紀:

キティオン(ラルナカ)に地中海東岸のフェニキア人が植民市を建設し、その後に地中海全域へ活動範囲を拡張。この時にフェニキア文字がギリシャ人へ伝えられ、ギリシア・アルファベットが生み出されます。さらにアッシリア、ペルシャ、アテネの支配を受け、ヘレニズム時代を経て、、

 

3世紀:
ローマ属州となります。

 

4世紀:
ローマ帝国が東西に分裂すると東ローマ帝国に属し、ビザンツ帝国の時代へ。

 

15世紀以降:ジェノヴァとヴェネツィア商人が進出し東方貿易の拠点となる。

 

16世紀:

オスマン帝国が征服。トルコ人が多く流入。高関税を賦課したためイタリア商人は去り、イスラム化が進むもギリシア系住民はそのまま永住。

 

第一次世界大戦時:

イギリスがキプロスを併合し、直轄植民地とした。

※未だに占領地あり。

 

 

 

 

第二次世界大戦後:

キプロスのギリシャ系住民(80%)がギリシャへの統合を主張しイギリスと対立。

 

1955年:

イギリスはキプロスのギリシア統合を認めず、代わりに独立を認め軍事基地2カ所を確保。

 

1960年:

キプロス島は「キプロス共和国」として独立。

 

 

1964年〜:

 

キプロスのトルコ系住民(20%)がギリシア系住民と武力衝突(キプロス紛争)。

 

1974年〜:

ギリシアの軍事政権がキプロスに介入したことに反発し、トルコ共和国が出兵して北キプロスを占領。この時、島全体に満遍なく住んでいたギリシャ民族は南へ、トルコ民族は北へ移動。(インドと同じく民族大移動)

 

 

1983年:

一方的に「北キプロス・トルコ共和国」独立を宣言。

 

 

 

 

 

 

こうしてキプロスは南北で分断されました。今に続く世界の紛争の裏には、必ず英国が関与していることを付け加えておきますね。

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 

 

 

さて、旅に戻りまして、私がキプロスのラルナカ国際空港に到着したのは夜。先日書いたユダヤの不躾もあり、イミグレ通過し入国したのは着陸してから1h15後。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バス乗り場へ向かうと、出発直前のニコシア行き(南キプロス側)に遭遇し飛び乗る!(9€)

 

 

 

 

 

 

1時間ほどで到着したのはニコシア(南キプロス側)の中心部から少し離れた住宅地。予約していたホテルまで歩いて30分程度でしたが、夜道ですし来たことがないのでちょっと危険?

 

 

 

 

 

 

ローカルバスに乗りたいと思い、前を歩くカップルに尋ねると、「あそこにバス停があって、今の時間だと30分に1本くらいあるはずだ」「ソロモン行きは3番か4番のバスだ。」と教えてくれました。

 

 

 

 

 

 

30分に一本か。。タクシーは全然いないし、ここでジーッと待ってるのもアレなので歩くか??

 

 

 

 

 

 

とバス停に着いた途端に4番のバスが入ってきた。爆(2.4€)

 

 

 

 

 

 

今日はイミグレで散々待たされたけど、バスはツイてるようだ。

 

 

 

 

 

 

 

街の中心となるソロモン広場に到着し、

 

 

 

 
 
歩いているとホテルを見つけました。
 
 

 

 
この日はこのまま就寝。
 
 
 
 
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
 
 
翌朝、早速北キプロスへ向かいます。
 
 
 
 
ギリシャ側の正教会を横目に見ながら、
 
 
 
 
南北を繋ぐボーダーへ。
 
 
 
 
店の看板もギリシャ語ですね。
 
 
 
 
商店街を進んだこの道の先に、キプロス共和国のイミグレがあります。このボーダーは徒歩でのみ通過することができます。
※至近は撮影禁止のため遠くから。
 
 
 
 
南キプロス側のブースでパスポートを差し出すと、一般的なイミグレと同様に写真のページを読み込み、スタンプもなしにパスポートを返されます。
 
 
 
 
 
歩いて北キプロス側のイミグレへ。
 
 
 
 
多分50メートルもない。
 
 
 
 
北キプロスへ無事に入国し国境越え。雰囲気はガラリと変わります。いきなりケバブ屋。笑
 
 
 
 
トルコスイーツの店も。
 
 
 
 
モスクもアチコチに。
 
 
 
 
バザールもありますよ。ホントにガラッと変わりますよね。
 
 
 
 
国はもちろん、人種も宗教も言語も通貨も変わります。
 
[南キプロス:北キプロス ]
ギリシャ人:トルコ人 
正教:イスラム教 
ギリシャ語:トルコ語 
ユーロ:トルコリラ
 
 
 
 
 
さて、私はこのまま東端部までバスで参ります。