地球の上に生きる
今日はクライミングの練習日。
ジムで畑やっている人がいたので話をした。
最近は僕も含めて若い人で畑をしている人や、
興味を持っている人が多い気がする。
しかも、できるだけ農薬を使わない方法で野菜を作っている。
僕もほとんど使わないし、できるだけ放っておく。
あまり、手をかけすぎると子供と同じ?で甘えた生命力の弱い野菜になる。
逆にちょっとだけ手をかけると、野生味のある、生命力が溢れんばかりの野菜ができる。
自然を支配する時代はもう終わったと、新しい世代の人たちは気づきはじめてるのかもしれない。
アメリカンインディアンは7代先のことを考えて生活するっていうけど、
今の日本人は年金やら何やらで、自分の老後の安心しか考えていない。
政治家さえ、今のことしか考えていない。
いくつかのメディアも偽者の環境保護を訴えて、新しい「エコ商品」を買わそうとやっきになっている。
だけど、自然のサイクルで自然にいろいろ与えてもらってると謙虚にならざるを得ない。
日本にはもう大自然は残っていない。
あるのは、くたびれてぼろぼろになった自然だけだ。
百日紅
部屋の窓の外には前庭があってサルスベリの木が生えている。
その斜め向こうには道と川をはさんで大きな木が生えている林がある。
その林は山の神様が奉ってあり、雰囲気がある。
家の裏には神社があって、その鎮守の森が家の敷地に接していて、
家の敷地内にはお稲荷さんが奉ってある。
近くの道にはお地蔵さんが200~300メートルおきにある。
小さいころから神様に囲まれて暮らしてきたので、
目に見えないものとか、
神様仏様の類は信じざるを得ない。
逆にそれを信じないと言う人が不思議だ。
しかし、高校生のころ深夜に道端にたたずむ白装束のジジイを見たときは
本当にこわかった。
スケープゴート
なぜかはわからないけれど、
よく怒られたり、説教をたれられたりする。
10代のころに行ったバーで、
職場の人の家に招かれたとき、
昔働いていたところ、
しらないオッサンオバサン、
学校にて、
その他いろいろ。
理由はよくはしらないけど、
面倒くさいな、と思う。
僕があまりにマイペースだからか、
生意気なのか、
物事をはっきり言うからか、
はたまたいつもボーっとしてるからなのか。
そういや、共通してるのは僕が自由に楽しく過ごしてる時に
多い気がする。
でも、いつも思う。
なんとなく、この人たちは怒ったり説教たれることによって、
自分の存在意義を確かめてるんだろうな、と。
そういう人に限って自分はすごいだの、
苦労しただの、
あーそうですか、てな感じの人が多い。
なぜなら、僕を怒ってる理由がいつもよくわからないからだ。
だけど、一日中おこられてるとすごいことになる。
昔働いていたところで、一日中怒られた。
家に帰ってドアを開けた瞬間に涙がぶわっといきなり溢れてきて、
そのまま布団に突っ伏して泣きまくったことがある。
スラムダンクで「ぶわっ」ってハルコさんが泣くあの感じがわかった。
しかし、今日はなかなかいい一日だった。

