トルコ便り⑫~美味しいトルコ(カッパドキア)♪
海に面したイスタンブールとは違って、完全に内陸部のカッパドキア。
ここでは海の幸は期待できませんが、昔から変わらない田舎のお母さんの味といった、心がほっこりするような優しくて美味しいお料理にたくさん出会うことができました。
観光中のランチはツアー料金に含まれていて、自己負担は飲み物のみ。ランチにはガイドさん行きつけの美味しいお店に連れて行ってもらいました。ディナーは洞窟ホテルに併設されているレストランにて。
石窯で焼いた大きなトルコパンはなかがもっちりしっとりしていてとっても美味。それにしても大きい!唐辛子のペーストアジュル・エズメはヨーグルトとチーズのソースと一緒に食べるとマイルドになってやみつきになります。炭火で焼いたナスをニンニクとハーブで和えたパトルジャン・エズメもとても美味。
マントゥMantiと呼ばれるトルコ風ラビオリ。ヨーグルトとヤギにチーズソースでいただきます。なかなかこれがはまってしまう美味しさ。トルコ風ピザPideはボートのような形をしていますが、生地自体は薄くてサクサク。定番の卵とチーズのせがとっても美味。
ウズガラ・キョフテIzgara Kofteというトルコ風ミートボールはスパイスがきいていて食べ応え十分。髭男爵絶賛のエイジエス・ケバブErciyes Kebabは、仔牛の薄切り肉をグレービーソースとヨーグルトソースで頂くもの。ライスとの相性ばっちりで思わず、ライスを追加注文したろみゆでした。
ホテルにあったのはワインはTurasanという地元のブランドのみ。赤はBogazkereとOkuzgozuといういずれも地場品種のブレンド、ロゼはシラーとKalecik karasiという地場品種のブレンド。ワイナリー訪問したと思われる観光客がボックス買いしていましたが、あえて買うほどのワインではないです・・・可もなく不可もなくといったところ。
名物壺焼きのケバブGuvec。
壺の中で蒸し焼きにして、ゲストの前で壺を割ってサーヴしてくれます。お野菜たっぷりでお肉はテンダー。とってもおいしいです。
こちらも名物の鉄板料理タウク・タワTavuk Tava。お肉を選ぶことができますが、お勧めのチキンをチョイス。とってもやわらかくてじわわ~と味がしみ込んだ角切りトマトとシシトウとの相性抜群。
そして食後はやっぱりチャイですね。リンゴチャイも美味しいですよ。
上記壺焼きケバブと鉄板料理が食べられるのはこちらのお店。ガイドさんお墨付きの美味しいお店です。
そして、今回のカッパドキア滞在中のドライバーをしてくれていたアフメッドさんの奥様お手製のお菓子。キョフティスというブドウのはちみつ漬けとカッパドキアのくるみ。これがまた絶品!とってもおいしいんです。
運転中に無造作にビニール袋を出してきて、「よかったらお食べ」と出してくれました。アフメッドさんは洞窟で生まれて洞窟で長い間暮らしていたというカッパドキア人。顔はちょっとお年を召したジョージクルーニー似でイケメンです。なんかこういうのってとっても嬉しいです。
トルコ便り⑪~トルコ伝統工芸のアトリエ訪問
今回のツアーでは、トルコの伝統芸術である絨毯と陶器のアトリエを訪問しました。
カッパドキアにはAvanosという陶器で有名な町があり、こちらのアトリエ訪問は当初からツアー日程に組み込まれていましたが、絨毯工場はガイドさんとの話の流れで、追加で連れて行ってもらったもの。
そもそも、織物と陶芸というのは、若い男女が結婚するためには身につける必要があった技術だったそうで、Avanosの村にはこんなオブジェがあります。ろくろをまわす男性と織物を織る母と娘。
男性は結婚するためには、重いろくろを足で回してワインさしや器を作ることができなければならなかったし、女性は絨毯を織ることができなければお嫁に行けなかったとか。嫁入り道具の絨毯は数年かけて織り上げていたそうです。
まずは、陶器の工房へ。
Omurlu Ceramic
Avanosはカッパドキアの北部にある村で、陶芸は紀元前3000年から続く伝統産業。村を流れるトルコ最長の川であるクズル川(トルコ語で赤い川)の粘土質の土を使って、村のいたるところで素焼きのは瓶や食器などが焼かれて並べられています。
工房では我々のガイドさんと同じ学校に通っていたという日本語ぺらぺらの店員さんが、なんとも流暢な早口日本語で案内してくれます。重いろくろを足で回しながらあっという間にワインさしが完成。あっぱれです。
続いて、絵付の工程を見ながら、その先にある直販店のギャラリーへ。うまく出来ています。。。
この工房の5代目当主であるOmurlu先生は日本の陶芸界でも有名らしく、色々な雑誌の切り抜きが飾られていました。彼のオリジナルデザインの花柄はあまりの細かさに目が回りそうになるほど。
ここで気に入ったのが独特のフォルムをしたこの地方特有のワインさし。Omurlu先生のオリジナルデザインではありませんが、先生の手による作品。これをろくろでつくるというのですから、大したものです。色はトルコの中でもこの地方でしか出せないという美しいトルコブルー。同系の小鉢も気になります。
ワインだったら、ハーフボトル分、小鉢をおチョコとして使えば、ワインさしを日本酒入れとして使っても素敵だなということで、ここから「私の名前は値引きです」と自ら言う店員さんとOmurlu先生も直接交えて、ろみゆとのかなり手ごわい値引き交渉スタート。結局、ワインさしと小鉢5枚合わせてざっくり半額にしてもらって、交渉妥結。かなりいいお買い物ができました♪
ちょっと強面ですがとっても親切なOmurlu先生とパシャリ。
もう一つのアトリエはBiz Carpetという絨毯工房。国営の絨毯工房兼直販店でもあります。
絨毯と言えば、ペルシャや中国が有名ですが、トルコ絨毯はトルコがその品質を世界に誇る伝統芸術らしく、ペルシャや中国がシングルノットという織り方なのに対して、トルコはダブルノットという織り方で、上糸と下糸を二つの結び目で織っていくために、前者に比べて倍以上の時間と手間がかかり、倍以上の耐久性がうまれるそうです。トルコ絨毯の寿命は数百年。使えば使うほど味が出るとか。
カッパドキアを観光していて、気がついたのは若い女性を見ないということ。道を歩いているのはおばさんかおばあさん、そして子供だけで、年頃の女性を全く目にしません。なぜかというと、彼女たちは朝から送迎バスに乗って絨毯工房に働きに出かけているからだとか。トルコは伝統芸術である絨毯作りの文化を守るために、国営の絨毯工房を作り、そこで若い女性にお給料を払って絨毯作りの技術を学ばせ、彼女たちがつくった絨毯を責任をもって買い取って工房で直販するという体制を築いているそうです。
この工房では、中国人の観光客は入り口でカメラ類をすべて没収されます。これは、数年前からマーケットで中国人によるトルコ絨毯のコピーが氾濫しており、トルコ絨毯の複雑なデザインが盗作されて、この工房と訴訟問題になって以来の措置だとか。中国人のやったことは、地元の女性たちの職を奪うことになり、かつトルコの伝統芸術を穢すことだと、ガイドさんは怒っていました。
工房では、恐ろしく日本語が達者で、自称「西郷隆盛のひ孫」で「太った田中要次」似という店員さんが、日本語で絨毯の製作工程を丁寧に説明してくれます。一つの繭から800mもの生糸がとれるんですって!そこまでは良かったのですが、豪華なシャンデリアが飾られた別室に移ってからが大変でした(笑)。
店員さん5人がかりで、あれよあれよといううちに数十枚の絨毯が床一面に広げられ、空飛ぶ絨毯か!?と思わず突っ込みたくなるように華麗に絨毯が宙を舞います。日本に比べて値段は格安だということはわかりますが、決して安い買い物ではありません。ここで弱腰になったら危険信号。ゴリゴリとトルコ人商人の押しの強いセールストークに巻き込まれそうになります。これ、気の弱いお年寄りだったら、買ってしまうかもしれません。もちろん国営のしっかりとした工房ですから、買わなくても何も問題はありません。
「お客様、せっかくこんな遠くまで来たんですから、お客様、小さいものでも何でもいいのでお買い求めになった方が絶対いいですよ、お客様。東京のそごう・大丸・高島屋ではこちらは38万円いたしますが、お客様、ここでは6万円ですよ、お客様」と、「お客様」ワードを連発して(笑)、ごりごり押されましたが、もちろん購入せず。後から聞いたら、ひげ男爵はmyuがその気になって買いたいと言い出さないか気が気じゃなかったとか(笑)。
いやあ、一瞬焦りつつもかなり面白い経験でした。
ちなみに、先日宮崎駿さんがこの工房を訪れて、とっても高価なヘレケのチューリップ柄の大きな絨毯(下記デザイン)をご購入されたとか。
たしかに、うっとりうっとりするほど素敵なデザインです。
トルコ便り⑩~カッパドキアの奇岩あるある
火山灰と溶岩が数百メートルの層を形成し、時の流れとともに柔らかい部分の浸食が進んでかたい部分だけが残っているために奇妙な形をした岩がたくさんあるカッパドキア。
その面白い形は、自然の力でできたとは到底思えません。なかでも特徴的な岩には、いろんな人がいろんな名前を付けているんです。
まずは、Zelve村近くの「修道士の谷」と言われるパシャバPasabag。「修道士の谷」といわれるのは、その昔岩の中をくりぬいて修道士がたくさん住んでいたことからそう呼ばれているわけですが、このエリアは別名「きのこ岩の谷」とか「しめじの谷」ともよばれています。その理由は、、、、一目瞭然ですね
円筒形の白っぽい岩のてっぺんに、別の時代の地層の残骸である玄武岩という黒くてかたい岩が残っているため、キノコのような形になっているのです。すでに落っこちそうになっている岩もありました、浸食は今現在も着実に進行しているわけですから、数十年後にはキノコ岩自体消滅することもあるわけです。
ヨーロッパのガイドブックでは、キノコ岩ではなく、「妖精の煙突」となんとも可愛らしい名前で呼ばれています。上に乗った玄武岩の部分が、帽子をかぶったように見えることからだとか。そして「てっぺんの岩は妖精が置いていったもの」だとか「てっぺんの岩には魔術に長けた妖精が住んでいる」といった伝説もあるそうですよ。きのこと妖精---この違いは想像力の違いでしょうか(笑)。
続いて、Devrent Valleyにある面白い岩。
答えは、ラクダ。こんな岩が自然にできたなんて、信じられますか!?
ラクダがもう一頭。
そしてゲンコツ岩(左)とスヌーピー岩(右)。
こちらは美人三姉妹の岩。 あっ、美人4人ですね(笑)。
ちなみに、ろみゆはこちらを「ガッツ石松」岩と名付けました。似てませんか!?
こちらは、つい最近まで中に人々が暮らしていたという巨大な岩壁。チャウシンCausinという村です。今もなお浸食はすすんでおり、今にも崩れ落ちそうです。
そして、巨大な一枚岩を中心にした城塞であるウチヒサルUchisar。
ギョレメパノラマのすぐ近くにあります。まさに宮崎駿ワールドのなんともかっこいい岩の城で、城塞の内部に上ることもできます。この岩の表面には数多くの穴が開いていて、これは鳩の家といわれる鳩ノ巣。住民は昔から、鳩の糞を集めてブドウ栽培の際の肥料として使ったり、卵を絵を描く材料として使ったりしていたそうです。








































