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トルコ便り⑮~Efesに並ぶ遺跡になるか!?Sobessos遺跡

現在発掘中の古代都市ソベソスの遺跡。


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もともとは、地元の農家の人が土地を耕そうと掘り起こしていた時にフレスコ画の破片を見つけたことがきっかけとなって、考古学者たちによって調査を進めてみると、あれよあれよといううちに古代都市の断片がどんどん出てきたというわけ。



現在発見されているのは、商店街のような店舗群とメインストリート、排水施設、共同浴場、墓場、教会などのあとで、浴場の床面にはかなり美しいフレスコ画が残されているのがわかります。


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本来はもっと広いスペース一面にフレスコ画が施されていたと考えられていますが、ローマ時代にその上に教会がたてられたため、その下の部分は消失しています。なんとももったいない・・・。これらはすべて2000年近く前に存在していた古代都市の跡だと考えられています。


こちらは、水道管のようなパイプの跡。

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これらが商店街と思われるエリアに張り巡らされているそうです。何かと言うと、まさに2000年前のセントラールヒーティングシステム!暖かいお湯を流して、お部屋を暖めていたとか。2000年前ですよ、すごすぎ。


そして発掘された墓石や石棺、墓碑などにはしっかりと名前が刻まれていて、石棺の中には骨までしっかりと残っているそうです。

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こちらの遺跡は数年前に発掘作業が始められたばかり。ローマ時代の教会の柱だと思われる石柱が無造作に打ち捨てられているのが気になりますが、正面に見える丘の斜面一帯は、住居が埋まっていると考えられていて、発掘作業がうまく進めば将来的には、エーゲ海沿いの巨大遺跡Efesに並ぶような重要な遺跡になると期待されているそうです。


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まさに、人類の歴史の探るロマンですね。

トルコ便り⑭~謎の地下都市Kaymakli Yeralti Sehri

カッパドキアは、紀元前2000年前後にはすでに交易の要衝地として栄えていたとされています。その頃、アナトリア(今のトルコ)には最初の統一国家ヒッタイト王国が誕生。ヒッタイトは黒海を渡ってきた北方系民族。ヒッタイト王国はその後勢力を増大させて、紀元前13世紀にはラムセス二世時代のエジプトを撃退するほどの強大な帝国に成長していたそうです。


ヒッタイト人は外敵から身を守るために生活の地を地上から地下に移し、凝灰岩を掘り下げて巨大な地下都市を作ったとされており、カッパドキアには多数の地下都市が発見されています。中でも大きいのがカイマクル地下都市Kaymakli Yeralti Sehriとデリンユク地下都市Derinkuyu Yeralti Sehri。



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カイマクル地下都市は20層、地下100m超の巨大都市で、まさに蜂の巣のように住居や貯蔵庫、台所やふろ場、通風孔やワインセラーが広がっており、それぞれは迷路のような細いトンネルでつながっています。最大4万人が暮らしていたとされ、大きな石のドアや羊や牛などの家畜をつないでいた場所や教会の祭壇などが残っています。


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ヒッタイト人は人類で最初にワイン作りを始めた民族。地下都市には、ワインの醸造部屋からワインセラーまでしっかりと残されています。また地下都市の壁には木の化石が多く見られます。長い年月をかけて積み重なった地層を掘り下げていったことの証明ですね。


地下都市には墓地もあり、当時の人は亡くなると土葬されていたんですって。それでも岩の中で土葬できるのか?と思って聞いてみると、実際には頭の部分だけ土葬とし、首から下は「鳥葬」といって、鳥に食べさせたそうです。。。ひょえ~~。

ガイドさんが狭いトンネルをくぐりながら、一つ一つ部屋の説明をしてくれますが、よく迷わないなと感心します。よくよく聞いてみると、ガイドの中でも出口がわからなくなって迷ってしまう人もいるとか(笑)。今回のガイドFatihさんのお父様は、トルコ人初の考古学者らしく、カイマクル地下都市の発掘研究にも深く携わっていたそうです。まだまだ観光客に公開されていないトンネルが多くあるらしく、これからもっともっと解明されていいくだろうとのこと。


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外敵の侵入を防ぐための丸い回転式の円盤のドアなど、まさにインディージョンズの世界です。

トルコ便り⑬~岩窟の教会群♪ギョレメ野外博物館

かつてローマ帝国の支配下にあった時代からカッパドキアに移り住んで布教活動をしていたキリスト修道士。彼らは強まる偶像崇拝禁止の流れとイスラム教徒からの迫害から逃れるために、岩に穴をあけて隠れ住み、岩の中に壮麗なフレスコ画が描かれた教会を作りました。そうした教会は1500以上もあると言われています。



ギョレメ野外博物館はこうした岩窟の教会が30以上も集まっており、驚くほど色鮮やかに保存されている、今から1000年近く前に描かれたフレスコ画をみることができます。


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ギョレメとは「見てはいけないもの」「見られてはいけないもの」という意味だそうで、まさに岩窟にひっそりと隠された教会群です。


まずは、光が入らないためにフレスコ画の保存状態が格段に良い、カラン教会Karanlik Kilise


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ここは全体の入場券とは別にチケットを購入する必要があることから、団体ツアーはまずもって入ってこないという教会。中に入ると、その色鮮やかさに驚かされます。これが本当に1000年近く前に描かれたのでしょうか。受胎告知やキリストの生誕、ユダの裏切りや最後の晩餐など、キリストの生涯を描いたフレスコ画が壁と天井を埋め尽くしています。




そのほかにも、かつて入り口にリンゴの木があったことから名づけられたリンゴ教会Elmali Kiliseや白い壁に赤い幾何学模様が美しく残る聖バーバラ教会、キリスト教では「悪」の象徴である蛇がとぐろを巻くフレスコ画が残る蛇の教会Yilanli Kiliseなど、見どころ満載ですが、いつでも観光客でいっぱい。


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この三つの教会の中ではリンゴの教会が一番混雑していますが、中に描かれているフレスコ画は有料のカラン教会にあるものと全く同じで、しかも保存状態は比べものにならないほどカラン教会の方が優れています。りんご教会で無駄に並ぶよりは、少しだけお金を払ってカラン教会で美しいフレスコ画を見た方が断然価値があると思います。