政局に関して辟易している事
森友学園問題に関する財務省の公文書改竄、自衛隊PKO活動時の日報隠蔽、そして財務省事務次官によるテレビ朝日女性記者へのセクハラ…
公務員による不祥事が次々と明らかになる中で、国会審議が停滞している。
野党とマスコミが現政権の責任を追求し、審議に応じていない為だ。
森友学園問題は、政治家に対する忖度が原因なっているとは言え、基本的には公務員の問題。
なので、この問題を政局にするのは如何なモノか?と個人的には感じていた。
だから野党の方々の審議拒否は、政治に関わる者としての課題意識や見識の低さを露呈している様でいただけない。
政治を公共のサービスビジネスとして捉え直した時、審議拒否は税金を負担している国民に対し、あまりにも失礼だろう。
仮に民間会社だったとしよう。
その経営会議で、経理課長が不適切な会計処理をしていても、会議は行われ、戦略や経営の方針、決裁の議案はつつがなく決まっていくだろう。
そこで一経理課長の不適切会計処理を理由に会議拒否とかする様なメンバーは、経営陣から外され更迭されるだろうし、解雇される場合もあるだろう。
審議拒否をしている野党議員達は国会運営について、そして国の運営について、それなりの責任を持っている事をもっと自覚するべきだ。
しかし、森友学園問題の一方で、財務省次官のセクハラ問題が出てきたのに続き、新潟県知事の援助交際問題、そしてTOKIOのメンバーの強制わいせつ問題が矢継ぎ早に報道されたのも気になる。
国民の関心を森友学園問題から逸らすかの様な、セクシャルハラスメント報道の飽和攻撃。
あまりのタイミングの良さに、これはある種の世論操作なのではないかと逆に勘ぐってしまう。
もしそうならば、あまりに下衆だなぁと呆れながらも、そのしたたかさに感心する。
下衆な戦術というは、引っかかった方が下衆。
結局、政治は国民を映す鏡なのだ。
またまたPCの不調
いつの間にか4月に入って、新年度となった。
このブログもしばらく放置状態だった。
この2週間くらいパソコンの調子が悪くて、インターネットに繋がらなかったからだ。
3/23の深夜にWindows10の更新に失敗したのが原因。
家人がパソコンを使っているうちに更新が始まったらしい…
はっきりしないのは、僕が現場にいなかったからだ。
家人はいつも通りシャットダウンした。と証言している。
とにかく、イベントログを見ると、この晩に予期せぬシャットダウンが発生している。
結果としてパソコンはWindows10の更新に失敗した。
3/24午前中にパソコンを立ち上げてみると、立ち上がりに妙に引っかかる。
Windows10を修復しないといけない事態となった。
やっとOSが立ち上がってみると、今度はネットに繋がらない。
スタンドアローン状態。
おまけにタスクバーの応答がすごく悪い…
スタンドアローンのソフト、つまりオフィスソフト、開発環境、インストールしてあるゲーム、メディアプレイヤーは使える。
でもネットには全く繋がらない。
同じ回線を使っているKindleタブレットはネットにつながる。
通信インフラではなくパソコン側の問題だ。
「ネットワークの修復」を試してみると、「診断ポリシーサービス」が停止してるから修復できない。とパソコンはいう。
更に管理コンソールで調べてみると『DHCP Client』や『Diagnostic Policy Service』が停止している。
手動でサービスを起動しようとしても、起動しない…
ipconfig /renew 等のコマンドを使っても状況は変わらない。
ネットに繋がらない状況のまま数日が過ぎる。
平日の昼休みとかに携帯で調べてみると、Windows10の設定の項目の中にネットワークのリセットというボタンがあって、これで今までネットワーク系のトラブルは100%解決したと書いてある。
帰宅して試してみるが、それでもダメ…
更に根気よく調べると、2016/12のWindows10の更新にて同様の不具合が発生したと書いてある。
その対処方法に、レジストリをいじってサービスに対するアクセス権を変更する。というのがあった。
事象からすれば、これは有効な対策の様な気がする。
レジストリをいじるのは怖いけれど、やってみた。
レジストリでローカルマシンのアクセス権をいじる。
Everyoneのアクセス権をフルコントロールにして、ipconfig /renewをする。
で、無事ネット機能が復帰。
『診断ポリシーサービス』も復帰、いろいろな不具合を修正した旨を表示する。
そして、更新プログラムを手動でダウンロード、適応したら、応答性も含めて完全復帰した。
あぁ…疲れた。
■映画 『巫女っちゃけん』2017日本
広瀬アリス主演の神社を舞台にした映画。
脇役の子役がゴミ袋をかぶっているビジュアルが印象的だったので視聴。
この子役(山口太幹くん)、頭の鉢が大きくておでこ。
この映画の主題は子供のアイデンティティ。
自身が母親に置いて出て行かれた主人公の「しわす」が、放置子の健太の問題を通じて自己を見直していく話。
そういう意味では、すべてのものに神性を見出し受け入れてきた宗教である神道・神社を舞台に主人公を巫女したのは良い設定なのかもしれない。
そうでなかったら、やたらと暗い話になっちゃうだろうし…
ただ、ちょっと尺が長い。
というよりそれぞれのカットが長いと感じた。
個人的な印象だが…
もう少しカットを詰めて、脚本を盛っても良い様な気がする。
逆に、もう少し長まわしにしてカットを繋げてしまっても良かったのかも知れない。
<追記>
広瀬アリスさんは、目鼻立ちがはっきりしていて美人なのだが…
逆にそのせいで顔が大きいのが目立つ。