本中毒、映画中毒、仕事中毒、そして...恋愛中毒 -110ページ目

■映画 『ウルフ・オブ・ウォールストリート』2013米国

週末に家人が映画に行きたいと言う。
何の映画をやっているかと調べてみると、面白そうなのが無い。

候補に挙がったのは以下の4本
『ひらパー兄さんの風たちぬ』
『トンカチ野郎大暴れ2』
『自称天才暴走大クラッシュ』
『イカサマ投資家大当たり』

家人は『ひらパー兄さんの風たちぬ』を観たいと言ったが、結局最後に家族を守るために死ぬ事を選ぶ、如何にも反戦を謳いながら戦争協力に使われそうな日本人好みの臭い話だから却下。
『トンカチ野郎』は、ナタリー・ポートマンが出ているのにちょっと惹かれたのだが、そそのうちWowWowで放送で放送されるだろうから、まぁ映画館で観る程のもので無かろう。
『大クラッシュ』は実話に基づくのだが、どうもその実話をリアルタイムである程度知っているので、食指が動かない。

と、言うわけで『イカサマ投資家大当たり』にする。

この消去法が失敗。
観ていてちょっと苦痛な映画だった。
本当にイカサマの営業。
そしてセックス
ドラッグ
それらを異様なテンションの高さで延々と続ける。
始まってから40分くらいでもう飽きてきて、起承転結の転が来て、早く新しい展開をしてくれないかなと思っていたら、そのままの延長線の展開が続いて、終わったら3時間20分ぐらい経っていた。

ぐったり疲れた感じ。
そうだ、この感じは『ホビットの冒険』を観た時と同じだ。
いや、これから映画はもっと能動的にきっちり選ばないといけないな。と思わず反省。

■映画 『皇帝と公爵』 2012フランス/ポルトガル


今から約200年前、ナポレオンの時代のフランス軍がポルトガルに攻め込んだ。
イギリスはヨーロッパでフランスが覇権を握るのを阻止するために、
ポルトガルを支援し、ウェリントンを司令官として軍隊を送り込む。
彼ら連合軍は焦土作戦を展開しながら、リスボンの手前に構築した要塞による強力な防衛線まで撤退し、フランス軍に侵攻を諦めさせる。
その課程を描いた映画。

映画のチラシの惹句は、ナポレオンとウェリントンが直接対峙したかの様な誤解を招く様に意図的に書かれているが、この時のフランス軍はナポレオンが直接指揮したものではない。
更に、先に書いた様に焦土作戦による撤退戦なので、直接戦闘は発生しない。
撤退戦の中で、避難していく市民、イギリス軍兵士、ポルトガル軍兵士が織りなす様々な人間模様を描く、あまり映画向きではない極めて地味な作品だ。(もしかしたら長編小説とかだったら面白いのかもしれないけれど…)
つまらない。
その割に長い。


つい、映画を観ながら、映画そのものと違う事を考えだす。

この後、ナポレオンが率いるフランス軍はロシアに侵攻し、焦土作戦による撤退戦に遭い、兵糧不足により苦しんだ後、モスクワ手前でクツゥーヅフ将軍率いるロシア軍との決戦に破れ、壊滅的なダメージを受け、覇権を失う。
当時の物資の輸送能力と長い補給線を考えれば、兵糧は現地調達に頼らざるを得ないのかも知れないが、このポルトガルでの戦訓を基に、もう少し学習できなかったものか…
もう一度、『補給戦』を読み返してみるかなぁ…

一方、この映画は焦土作戦によるポルトガルのその後の停滞に対する恨み節の様にも見え、太平洋戦争による感情的なもつれでゴタゴタしている日本と中国・韓国の関係を思い出す。
いつか日本と韓国/中国の合作で、太平洋戦争の映画を作るだろうか
たぶん僕が生きている間には無理なんだろうなぁ…

■書評 中西孝樹『トヨタ 対 VW』日本経済新聞2013/11/22

トヨタ対VW(フォルクスワーゲン) 2020年の覇者をめざす最強企業/日本経済新聞出版社
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現在の自動車産業の覇者トヨタと、次世代の覇者の座を伺うフォルクス・ワーゲンの分析を軸に、次代の自動車産業界の勢力地図を考察した本。

トヨタは2008年にGMを抜いて世界一の自動車会社になったが、リーマンショックや、米国でのプリウスのブレーキetcの品質問題で停滞を余儀なくされ、2011年は再度GMに抜かれ、VWにも抜かれ3位に後退した。
2012年は1位に返り咲き、2013年も1位になったのであろう。
しかし、そこにはGMから首位を奪った時の勢いはない。
一方、フォルクス・ワーゲンには勢いがある。
2008年から2012年の間に生産台数を50%近く増やしている。

トヨタの特徴は、そのモノづくりの哲学にある。
トヨタシステム、カンバン方式、リーン生産システムと様々な名前で呼ばれるその生産方式や、工員をじっくり育て、そして、徹底した品質への拘り…
如何にも日本人的なモノづくり哲学。

一方で、フォルクス・ワーゲンの特徴は買収による規模拡大と、モジュール式の車体設計にあると言われる。

この本を読んだのは、そのフォルクス・ワーゲンに代表される欧州の自動車メーカーで採用が進んでいると言われているモジュール化された自動車設計と言うモノがどういうモノか知りたかったからだ。
モジュール化設計とは、日本メーカが採用している車台を共通化したプラットフォーム型の自動車設計とどう違うのだろうか?

モジュール化された製品の代表例がデスクトップPC。
マザーボードのサイズ、それに合わせた筐体、そしてマザーボードに採用されているBUSシステムと、各種のインタフェース。
これらがオープンな仕様で規格化されており、それらをきちんと合致させれば素人でもパソコンを組み立てる事ができる。

しかし、パソコンとは比べものにならない過酷な環境で使用され、なおかつそれぞれの部品の微妙なバランスが運動特性に大きな影響を与える自動車という工業製品において、モジュール化された設計と言うモノが成り立つのだろうか?
そんな事を思いながら、この本を読んだ。
結局、フォルクス・ワーゲンの提唱するモジュール化された自動車の設計というものが良く分らなかった…
どうも、パソコンのそれの様にラディカルなモジュール化が進んでいるのではなく、プラットフォーム式の設計を少しモジュール寄りにしたものの様だ。


読みながら考えた。
自動車のモノづくりは、すり合わせによる統合型(インテグラル)のアーキテクチャの方が向いている。
そう思うのは、すり合わせによって作られた品質の高い製品を大好きな、日本人の拘りなのかもしれない。
実際の所、ブランド品はすり合わせ=インテグラルなアーキテクチャに基づいて作られる。
その丁寧な特別感を僕らは愛する。

だが、一方でその工業製品の基本機能だけを求める新興国ではどうなのだろう。
複雑性を押さえ込み品質を安定させる為に、モジュール化された設計によってそこそこの性能を満たせば十分なのではなかろうか…
なんだか、そこら辺の日本人の嗜好が、日本に於けるスマートフォンのシェアのアップル偏重に顕われている様に思うのは僕だけかしら…


インテグラルなモノづくりとモジュール化されたモノづくり、その狭間をスパイラルを描きながら行ったり来たりしながら、工業製品は発展していく。
そこら辺の分析はもう10年以上前に藤本隆宏・武石彰・青島矢一『ビジネス・アーキテクチャ』にまとめられている。
いつまでも、日本のものづくりは『すり合わせ』だと言ってられないのではなかろうか…
しかし、モジュール化がどういうモノかという事を理解せずに、自らの強みを捨てて浅薄にモジュール化を求めるのも如何なモノかとも思うのだが…

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