そいつ、いや、「それ」はスライムのような半固体で、ルビーのような透き通った赤色をしていた。

 私は目の前で起こっていることが信じられず、ただひたすら刹那の間も置かずに「それ」に攻撃を加えた。

 攻撃。

 攻撃。攻撃。

 攻撃。攻撃。攻撃。

 攻撃。攻撃。攻撃。攻撃。

 攻撃。攻撃。攻撃。攻撃。攻撃。

 しかし、「それ」は半固体の特性をうまく利用して衝撃を吸収してしまうので、まったくダメージを受けていない。逆に、攻撃している私のほうがダメージを受けている。

 ついに、ダメージが私の体力を上回ってしまい、私はその場に倒れてしまった。

 そこで、私の意識は途絶えた。


   


 私が次に目覚めたとき、「それ」は私の前から姿を消していた。

 窓からは日が射している。とても強い日射しだ。この窓は東向きなので、朝でないとこんなに強い日射しは入ってこない。なので、今が朝であることを理解する。

 横たわっているのも何なので、とりあえず、体を起こそうとする。

 そのとき、ふと後方から声を掛けられる。

「大丈夫か?」

 サムライだった。

「ど、どうしておまえがここに!?」

「そりゃ、荒川さんに呼ばれたからだ」

「な、なに!? それはいつだ!?」

「あんたが荒川さんにやられたあとかな」

「な、なぜおまえがそのことを知っている!? 答えろ!!」

「う~ん、それはだな……」

 サムライが一呼吸置いた後に言った言葉は、衝撃的なものだった。


⇒「くゐーん」~「モスコミュール」~

 4

そして俺は帰路に着いた。

ああ、これは良い仕事を見つけたものだ。
時給二千五百円、こんな商売がこの世にあったとは。

と快感に浸りながら、公園の角を曲がる。


それにしても今日は寒い。雨が降ったからか?
そういった考えを起こしながら手に温かい吐息を吐きかけた時、




右手の薬指が抜け落ちた。

「な、ななな・・・」

そう口走る舌も程なくして抜け落ちる。



・・・やがて髪も抜け、爪も落ち、腕と足は砂のようになりボロボロに砕けるが痛みはない。それどころか何か清々しい気分だった。


いつの間にか目の前に高身長の男がいた。
その男は辛うじて残っている俺の頭を掴む。そして、「erosion」と呟く。

・・・その瞬間、俺の意識は全て暗闇に呑まれた―――。


  5

何かがおかしい・・・・・・?

私は博物館の蔵書である「メリーさんの羊第十四章六百八十七巻」を読みながら疑問にふけっていた。

バイトの話でなんとか関係をつなぎ止めたは良いが・・・

・・・途中まで真面目だったあの青年があのタイミングであの態度を取るか・・・?
いや、真面目でなくともあの状況下で奥へ行こうとしない人間はいない・・・

ましてやあの剣豪が真面目じゃない人間を連れて来るわけがない。



ならば考えられる道はただ一つ。

あの青年が何者かに操られていた、ということだ。



思えば彼は途中までは普通だった。・・・よって、彼は話の途中から何者かに操られた可能性が高い。

「真実を彼に知られるのがそこまで嫌だったか・・・。」

しかしここで疑問が残る。
人を操るような大きな"力"が働けば、流石にその波長が読み取れるだろう。


つまり、私の気をそらした何かがある・・・?


思い出せ。

私が彼から気をそらしたのは・・・
ドアの前で確か・・・二回・・・?










ア ラ カ ワ ?


「荒川っ!!」
私は勢いに任せドアを開いた。
そこにいたのは荒川。いや、荒川だった人間がいた。


⇒「K」 ~「刹那」~

 3


「よかろう、ついてくるがいい」
 ぶっちゃけて言おう。
 この爺の言いたいことがさっぱりわからん。
 まず俺がこの博物館に来た理由はただ一つ、あのサムライさんの言った言葉、金華猫に導かれたからだ。それを予測している点で、この館長という男の予測はあっている。が、それはそこまでのことだ。
 あえて言おう。
 俺はそんなもの見たいとも思わない。
 何故かって? 自分が死んでいるらしいが、俺は今俺という存在を認識している。手足が動く、それでよろしい。だから別に、そんな昔祖父と見たへんてこな猫の像なんかに興味は無いのだ。
 爺さんは勝手に前に進んでいくが、俺は無視する。そういえば喉が渇いたな、そう思っていると、ちょうどよく自販機が見つかった。そそくさと近寄ると、硬貨を居れコーラでも買う。ダイエット・コカコーラか、ペプシか……。ペプシNEXで良いや。
 ぷしゅっと、音がした。
「……ふぅ」
 渇いた喉が潤うぜ。
「何しておるんだ」
「喉が渇いたからコーラ飲んでいるだけっすけど?」
「……」
 呆れている爺さんの顔が見える。
 でも気にしない。
 少なくともこの爺さんの先ほどまでの言葉よりは、ずっと理解できる行為だと思うから。
 さて……。
「じゃ、爺さん、帰るわ」
「む」
「俺は今から家に帰らないといけないんだ」
「だが、少年、君は正義の味方を探す必要があるのではないのか?」
「別にそんなもの無いさ」
「では、金華猫は?」
「特別興味ない」
「……では何故ここに来た」
 老人は、呆れるどころか、驚いていた。
 そういえば昔、そう中学のころだ、がり勉が居た。そいつも、時々こんな顔をしていたな。勉強一辺倒、考えてばかりの奴というのはこうなるのだろうか。やはり考えるよりも行動だ。たとえ脇役であろうともね。
「なんとなく。そしてなんとなく帰る。あんたの言葉を使えば、これが俺の正義だ。大衆をどれだけミクロにすればいいかしら無いけれど、少なくとも最小単位は俺だろ? 俺の正義は、これから洞爺湖サミットが終わるまでに食い扶持つなげるための、バイト探しさ」
「洞爺湖サミット?」
「頭が腐ってるけど、やるだけ流行るカマの監督様がそう言っているのさ。さて、そーいうわけで、俺、帰るわ」
 手を振りながら、俺は踵を返す。
 そうそう、さっきの続き。俺が何故ここに来たか。答え、佐藤さん探し。時々この博物館に入っていく佐藤さんを見かけていたわけなのだ。洞爺湖サミットが終わってからと言っても、終わってからどうしたと言うのが正直な気持ち。終わった後のいつからやるのか、尋ねて置こうと思った。いまどき珍しいことに、佐藤さん、ケータイ持って居ないから、訊きに行かないといけないのだ。まったく、仕事と持ち物つりあ―――。
「だったら少年、ここで働いてはどうだ?」
「へ?」
「時給二千五百円。ちょうど今一人減俸することが決まったからな、それくらい出してやるぞ」
「ちょっと、おいおい」
「何か問題はあるか? 家からは近い、時給もそこそこ、私も君と話せる、君は仕事が見つかる。断る理由は無いだろ?」
「そりゃ無いけど……」
 胡散臭いあんたの元で働きたくありません、正直。
「では本日付で、君を我が館の案内人のバイトに任じる」
「ちょっと、俺はまだ!」
「明日の朝六時までに、ここに来るんだぞ」
 そう言って、爺さんは向こうに行ってしまった。背中に何度声をかけても、答えてはくれなかった。
 ただ佇む俺。
 ……どうしよう。これから、仕事とか……。
 ……。
 ……。
 ……。
 ……うん。
 まぁいいか、時給二千五百円だし。


⇒「バイザー」~「メリーさんの羊第十四章六百八十七巻」~