N中ソフトテニス部の軌跡 No.48

                今までとは違う自分

                                    2026.1.29

 

   「学年末テスト範囲表」が配布(はいふ)されました。テストは、2月12日(木)と13日(金)の2日間になります。この2週間の間に、どのくらい努力ができるのか。今までとは違う自分になれるのかどうか。一度、試(ため)してみるにはいい機会です。

 県北Sリーグという大会もあります。今までは、ソフトテニスをがんばっている中で、少し勉強もしていたという人もいることでしょう。今回は、勉強している中で、ソフトテニスの練習をして大会にも出るというイメージです。

 まずは、自分のスケジュールを確認して、どこで勉強のための時間をとるのか、見通しをもたなければなりません。

 

 1月29日(木)なべクラブ 18:30~20:30 グリーンアカデミー

 1月30日(金)練習    18:00~20:30 西部体育館

 1月31日(土)練習     9:00~11:00 小学校体育館

               12:00~13:00 西部体育館

 2月 1日(日)練習     9:00~12:00 小学校体育館

 2月 3日(火)練習    18:00~20:00 西部体育館

 2月 5日(木)練習    18:00~20:00 西部体育館

 2月 7日(土)部活動    8:00~10:00 中学校

         練習    15:00~17:00 グリーンアカデミー

 2月 8日(日)県北Sリーグ 8:00~17:00 NCVアリーナ

 2月10日(火)練習    18:00~19:00 西部体育館

 

 2月12日(木)・13日(金) 学年末テスト 

 

 ソフトテニスの練習や大会では、そのことに集中します。勉強するときには、気持ちを切りかえます。休みの日に家にいても、一日中勉強をするのはむずかしいでしょう。半日ソフトテニス、半日勉強ぐらいがいいと思います。ただし、2月11日(水)の休みの日は、次の日が5教科のテストですから、必死になって勉強するしかありません。ソフトテニスのトレーニングだと思って、どのくらいがんばることができるのか、自分を試してみるのです。

 みんなが今までとは違う自分になれることを願っています。今までとは違う自分になれた人が多ければ多いほど、チームは強くなります。

 

園長通信~こころ~ №381
                     立つ鳥あとを濁す
                                                                                          2026.1.29
                                                                            
     教員3年目も、研究論文を書くために教頭先生によるマンツーマン指導が続いた。一度は書いているため、見通しをもつことはできた。問題は中身である。1年目は、とりあえず終わらせることに全精力を注いだ。2年間は、どういう内容を入れて、どういった構成にするかなど、少しは考えるようになった。学級通信が柱ではあるのだが、学級経営では他のことにもたくさん取り組んでいた。それらを入れることにした。研究論文という体裁をとってはいるが、自分の学級経営のアルバム作りのイメージだった。自分の学級づくりの足跡を記録として残したかった。                  

     四苦八苦している状況は、変わらないのだが、1年目よりは少しは楽しくなってきた。期日までに仕上げて提出した。地区の審査会があった。入選だった。自分でもたいしたことはないというのはわかっているのだが、とりあえず賞をいただけた。何よりもお世話になった教頭先生に感謝の気持ちを伝え、報告できたことがよかった。              学年主任なのだから、自分のクラスをしっかりさせなければという思いがあった。そうしないと、隣の初任の先生の学級を心配することもできなくなる。隣のクラスの子どもたちは、学年で集まり、私が話すときはよかった。ところが、学級に戻ると違った。
 あの頃、自分に何ができるか、どうすればいいのかと考えた。結局は、力不足だったのだろう。教員3年目にして初の学年主任だったが、うまくはいかなかった。その後、年を重ね、あの頃の校長先生や教頭先生の年齢となり、ふと考えたことがあった。校長先生は、どうして自分を学年主任にしたのだろうか。それも、なぜ初任の先生と組ませたのだろうか。そもそも、あと1年しかいないような人間に、5年生を担任させたのはなぜなのか。                                        

    あれほどまでに未熟だった自分に、もし、期待をしていただいていたとしたら、大変申し訳ないことをしてしまったという思いが先にくる。期待に応えることはできなかった。今思うと、何もわかってはいなかった。視野が狭く、考えが浅かった。勢いや情熱だけではうまくいかないこともある。自分のことだけでなく、まわりを見て考える。そういったことに欠けていた。                

    6年生に持ち上がることはなく、異動となった。地元に戻ることになった。隣の初任の先生も6年生に持ち上がることはなかった。6年生は、お二人のベテランの先生が担当することとなった。立つ鳥あとを濁すとはこのことである。迷惑をかけたまま村を出ることになってしまった。一番は、子どもたちである。あの頃、どう思っていたのだろう。すまないことをした。                    

    3年間にわたる小学校教員生活では、多くの方々に迷惑をかけてしまった。とりわけ、あのときの初任の先生と子どもたちに対する思いは、ずっと消えない。消えることはない。              
 

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園長通信~こころ~ №380
                       学年主任
                                                                                          2026.1.28
                                                                            
    小学3年生、4年生と担任をし、どうにかこうにか小学校教員としての2年間が終了した。さて、次は何年生の担任になるのだろうか。5年生はないだろう。クラス替えをしたとして、学級の半分は、2年間担任をしてきた子どもたちということになる。そのまま6年生まで担任をすれば、小学校6年間のうち、4年間は私が担任となってしまう。それがいいとは思えない。そもそも、あと1年で地元に戻ろうと考えていた。                                                            

    あろうことか、5年生の担任となった。それも学年主任だという。隣のクラスには、初任者の先生がやってきた。5年生だけ20代コンビが担当することになった。保護者はどう思っていたのだろう。                                                                                    

    お隣の初任の先生には、申し訳ないことをした。今でもそう思っている。自分のクラスはいいのだが、隣のクラスは大変そうだった。隣のクラスの半分は、私が2年間担任をしてきた子どもたちである。この子どもたちからすると、隣のクラスに今までの担任の先生がいるわけである。きっと、私に見捨てられたような気になっていたのではないだろうか。
 初任の先生は、苦労していた。明るくいい先生だった。だが、その先生のよさが発揮されなかった。そうなってしまったのは、私に原因があった。私の学級経営は、いわば学級王国のようなものだったのである。学級王国で育った子どもたちは、その学級を離れると弱い。崩れてしまう。初任の先生に迷惑をかけることになってしまった。                                                

    あの頃は、若かったせいもあるが、そのことに気づいてはいなかった。隣のクラスのことを心配しながらも、自分の学級はというと、2年目に引き続き学級通信を継続し、学級経営の柱に据えていた。4月だったか5月だったか、教頭先生に呼ばれた。「高澤先生、今年も研究を続けるぞ。論文を書くぞ。研究というのは、継続研究がいいんだ」
 全く考えていなかった。教員2年目に、教頭先生に言われて研究論文を書いてみた。それで終わったものと思っていた。だが、終わりではなかった。確かに、一度書いたぐらいでマスターできるほど甘いものではない。「はい、わかりました。今年もよろしくお願いします」半ば、条件反射的にそう答えていた。                                                         学級経営で研究論文を書くということは、学級通信を出すということである。教員3年目も年間50号を出し、製本をした。今でも自宅の書斎にある。滅多に見ることはない。今では前世紀の遺物となってしまったワープロの文字である。富士通オアシスにはお世話になった。感熱紙が懐かしい。なぜだか今でも取ってある。                                  
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園長通信~こころ~ №379
                       大きな失敗
                                                                                          2026.1.27
                                                                            
    教員2年目には、初めて対外的な学校以外での仕事を経験することができた。小学校教育研究会略して小教研という団体がある。小学校の教員であれば入るのが当たり前の組織である。地区の特別活動部会で授業研究会があった。事の経緯は覚えていないが、事後の研究協議会の司会を務めることになった。たぶんローテーションでまわってきたのだと思う。そうでなければやるわけがない。  

    小学1年生の学級活動の時間だった。45分授業だったが、10分も早く終わってしまった。研究授業で延びることはあっても早く終わることは珍しい。だが、小学1年生ではあり得ることだと後になって知った。                                                                        

    質疑応答があり、協議の時間となった。あの頃は、何もわかっていなかったのだろう。特別活動の何たるかもわかってはいなかった。あろうことか、予定よりも早く終わってしまった場合の時間の使い方を協議題として取り上げてしまった。その場が変な空気になったことは覚えている。全く本筋からはずれている。多くの先生方が集まった場で取り扱う内容ではない。今でも穴があったら入りたい。                                                わかっていないというのはおそろしいことだと知った。教員人生におけて、最初の大きな失敗である。このことから学習した。会の司会というのは、そう簡単にはできないのだと。会を進めるだけの進行ならばできる。だが、司会となると、話は変わってくる。特別活動であれば、特別活動について熟知していなければならない。授業についてわかっている必要がある。小学1年生の授業であれば、小学1年生の子どものことがわかっていなければならない。                            

    この後、何度も司会を経験することになるが、2年目でのこの失敗は教訓となった。二度と同じような失敗はしない。そう心に誓った。だから、会の進め方については、いつも勉強するようにしていた。すると、人によってかなりの違いがあることがわかった。すなわち、その人の力量が出るのである。
 司会をすると、自分がしゃべりたくなることがある。だが、ぐっと我慢して、参加者に話してもらうように進める。したがって、自分が話したいことがある場合には、なるべく司会者にはならないほうがよい。                                                                            

    大失敗を犯したあの頃の自分に言いたいことがある。未熟者、身の程を知りなさい。もっと謙虚になりなさい。こんなところだろうか。振り返ると、その後、大きな失敗を糧として生きてきたことは間違いない。    
 

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N中ソフトテニス部の軌跡 No.47 

                 勉強もトレーニング

                                        2026.1.26

 

     私の中学時代の話です。中学1年生の冬のことは覚えていません。中学2年生の冬のことは、今でも覚えています。

 顧問の先生は、女性の保健体育の先生でした。ソフトテニスのご経験があり、よく上げボールをしていただきました。自分たちのチームは、秋の新人大会で優勝しました。私は個人戦でも優勝しました。

 冬になりました。12月中旬(ちゅうじゅん)から2月下旬(げじゅん)まで、外のテニスコートは使えません。学校の体育館も使えません。学校以外の施設(しせつ)もありませんでした。加えて、顧問の先生は、冬になるとスキー部の先生になり、テニス部には全く来なくなります。

 さて、私たちはどうしたか。冬の間でも、やれることを考えました。学校の周辺(しゅうへん)には5㎞のマラソンコースがありました。そのコースをみんなで毎日走ることにしました。先生にそうしなさいと言われたわけではありません。自分たちで考えて走ることにしたのです。

 同級生8人くらいで、みんなで集団になって走りました。みんなで走るとサボることができません。それがよかったのです。どうして、冬の間、ずっと走ることができたのでしょうか。自分たちには目標があったのです。夏の中体連大会でも優勝したいという目標です。そのためには、体力をつけなければならないと考えたのだと思います。おかげで、かなり体力がつきました。夏の暑さにも負けない体になりました。

 みんなは、ボールを打つことが練習だと思っていることでしょう。それは間違いではありません。しかし、ボールを打たない練習もあるのです。トレーニングといったほうがよいかもしれません。部活動でやっているラダーをソフトテニスのトレーニングだと思っていますか。本当に思っていれば、もう少しフットワーク、足の使い方がよくなるはずです。教室でのミーティングはどうですか。さすがにこれは、ソフトテニスのために役に立つと思っていることでしょう。

 家でできるトレーニングもあります。そして何より、勉強がトレーニングなのです。勉強が好きで楽しいという人ならば別ですが、多くの人は、勉強というと、やりたくないもの、楽しくないものといった存在なのではないでしょうか。でも、仕方がないから勉強するといった状態(じょうたい)なのだと思います。

 この楽しくはないことを続けることがソフトテニスのトレーニングなのです。心を強くするトレーニングです。したがって、勉強をしない人は、ソフトテニスのトレーニングをしていないということになります。毎朝、6時20分に起きる、いつでもどこでも脱いだくつをそろえる。これも心を強くするトレーニングです。

 この前の部活動では、1年生からも、家で勉強したいのでプリントはありませんかというオーダーをされました。まずは、3月まで、みんなで勉強というトレーニングをやっていきましょう。

 ソフトテニスがうまくなりたい、強くなりたい、そして勝ちたいと思えば、そのトレーニングである勉強もやるはずです。勉強をしない人は、ソフトテニスで強くなりたいとは思っていないのです。それほど、本気ではないのです。ソフトテニスのトレーニングに勉強を入れてしまえば、ソフトテニスが強くなり、成績が上がり、強い人になれるでしょう。時間がある3月まで、みんなで勉強というトレーニングをどんどんやっていきましょう。

 

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