園長通信~こころ~ №380
学年主任
2026.1.28
小学3年生、4年生と担任をし、どうにかこうにか小学校教員としての2年間が終了した。さて、次は何年生の担任になるのだろうか。5年生はないだろう。クラス替えをしたとして、学級の半分は、2年間担任をしてきた子どもたちということになる。そのまま6年生まで担任をすれば、小学校6年間のうち、4年間は私が担任となってしまう。それがいいとは思えない。そもそも、あと1年で地元に戻ろうと考えていた。
あろうことか、5年生の担任となった。それも学年主任だという。隣のクラスには、初任者の先生がやってきた。5年生だけ20代コンビが担当することになった。保護者はどう思っていたのだろう。
お隣の初任の先生には、申し訳ないことをした。今でもそう思っている。自分のクラスはいいのだが、隣のクラスは大変そうだった。隣のクラスの半分は、私が2年間担任をしてきた子どもたちである。この子どもたちからすると、隣のクラスに今までの担任の先生がいるわけである。きっと、私に見捨てられたような気になっていたのではないだろうか。
初任の先生は、苦労していた。明るくいい先生だった。だが、その先生のよさが発揮されなかった。そうなってしまったのは、私に原因があった。私の学級経営は、いわば学級王国のようなものだったのである。学級王国で育った子どもたちは、その学級を離れると弱い。崩れてしまう。初任の先生に迷惑をかけることになってしまった。
あの頃は、若かったせいもあるが、そのことに気づいてはいなかった。隣のクラスのことを心配しながらも、自分の学級はというと、2年目に引き続き学級通信を継続し、学級経営の柱に据えていた。4月だったか5月だったか、教頭先生に呼ばれた。「高澤先生、今年も研究を続けるぞ。論文を書くぞ。研究というのは、継続研究がいいんだ」
全く考えていなかった。教員2年目に、教頭先生に言われて研究論文を書いてみた。それで終わったものと思っていた。だが、終わりではなかった。確かに、一度書いたぐらいでマスターできるほど甘いものではない。「はい、わかりました。今年もよろしくお願いします」半ば、条件反射的にそう答えていた。 学級経営で研究論文を書くということは、学級通信を出すということである。教員3年目も年間50号を出し、製本をした。今でも自宅の書斎にある。滅多に見ることはない。今では前世紀の遺物となってしまったワープロの文字である。富士通オアシスにはお世話になった。感熱紙が懐かしい。なぜだか今でも取ってある。
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