とひみかく たまもてまこと
きさみこみ さきとこまても またくかみひと
(問ひ磨く 霊以て誠 刻み込み 先何処までも 全く神人)
解説
問う(とう/とふ)は「質問する。問いたずねる。また、判断を求める。」、霊(たま)は「たましい。」、以て(もて)は「~でもって。~で。~(を)使って。▽手段・材料を示す。」、誠(まこと)は「誠実で偽りのない心。すなおでまじめな心。」、全く(またく)は「まったく。すっかり。」の意味です。
余談
この歌は、下記霊界物語を読んで、それをモチーフに書いた歌です。
『霊界物語 第55巻 余白歌』(「霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~」より)
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm558801
雑感
この「問ひ磨く 霊」は、自らのしたことを問うて、自問自答して、その都度見直し聞き直しをしながら磨く霊(たま)、という感じがするので、要するに自身を省みながら磨く霊、という解釈が出来るのではないかと思う。
そしてまた、この「省みる」とは、下記の五情の戒律における直霊(なおひ)の働きを指しているとも言えるかと思う。
下記参照。
『霊界物語 第10巻 第2篇 禊身の段 第29章 言霊解三』(「霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~」より)
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm1029
さらに霊界物語では、この天地の律法は国治立命(国常立尊)が制定した、と説明されている。
『霊界物語 第2巻 第7篇 天地の大道 第45章 天地の律法』(「霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~」より)
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm0245
『霊界物語 第3巻 第1篇 国魂の配置 第1章 神々の任命』(「霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~」より)
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm0301
ちなみに日月神示でも、この五情の戒律について書かれてある部分がある。
『ひかり教の教旨 書き知らすぞ、人民その時、所に通用する様にして説いて知らせよ。 教旨 天地(てんち)不二、神人合一。天(あめ)は地(つち)なり、地(つち)は天(あめ)なり、不二(ふじ)なり、アメツチなり、神は人なり、人は神なり、一体なり、神人なり。神、幽、現、を通じ、過、現、末、を一貫して神と人との大和合、霊界と現界との大和合をなし、現、幽、神、一体大和楽の光の国実現を以って教旨とせよ。 次に信者の実践のこと書き知らすぞ。 三大実践主義 弥栄実践 祓実践 ◎(まつり)実践 大宇宙の弥栄生成化育は寸時も休むことなく進められてゐるのざぞ、弥栄が神の御意志ざぞ、神の働きざぞ、弥栄は実践ざぞ。人としては其の刹那々々に弥栄を思ひ、弥栄を実践して行かねばならんのざぞ。宇宙の総ては◎となってゐるのざぞ、どんな大きな世界でも、どんな小さい世界でも、悉く中心に統一せられてゐるのざぞ。マツリせる者を善と云ひ、それに反する者を悪と云ふのざぞ、人々のことごとマツリ合はすはもとより、神、幽、現、の大和実践して行かねばならんのざぞ。天地(あめつち)の大祓ひと呼応して国の潔斎、人の潔斎、祓ひ清めせねばならんのざぞ、与へられた使命を果たすには潔斎せねばならんのざぞ。かへりみる、はぢる、くゆる、おそる、さとる、の五つのはたらきを正しく発揮して、みそぎ祓を実践せねばならんのであるぞ。役員よきにして今の世に、よき様に説いて聞かして、先づ七七、四十九人、三百四十三人、二千四百〇一人の信者早うつくれよ、信者は光ぞ、それが出来たら足場出来るのざぞ。産土の神様 祀りたら、信者出来たら、国魂の神様 祀れよ、次に大国魂の神様 祀れよ、世光来るぞ。』(青葉の巻 第三帖 ◎は原文では「〇の中にヽ」の記号)
『カミヒトと申すのは、神の弥栄のため、世の弥栄のため祈り、実践する人のことであるぞ。神のため祈れば神となり、世のため祈れば世と一体となるのぢゃ。自分のためばかりで祈れば迷信、われよしの下の下ぞ。誰でも霊かかりであるぞ。石でも木でも土でも霊かかりぞ。これは一般かみかかりであるぞ、特別神かかりは神の御力を強く深く集める行がいるのぢゃ。九分通りしくじるのぢゃ。太陽の光集めること知っているであらうが。神の理(ミチ)をよりよく、より高く集める理(ミチ)がマコトの信仰であるぞ。理(ミチ)であるぞ。世、迫って、霊かかりがウヨウヨ出ると申してある時来ているのぢゃ。悪かみかかりに迷ふでないぞ。サニワせよ。外はウソが多いぞ。内の声ウソないぞ。』(春の巻 第二帖)
そして、今度は直日(直霊)のみでなくてはならん、とも。
『言はれる間はよいぞ。読まれる間はよいぞ。綱切れたら沖の舟、神信じつつ迷信に落ちて御座るぞ。日本の国のミタマ曇ってゐることひどいぞ。外国、同様ながら筋通ってゐるぞ。型にはめると動きないことになるぞ。型外せと申してあらうが。自分で自分を監視せよ。顕斎のみでも迷信、幽斎のみでも迷信、二つ行っても迷信ぞ。二つ融け合って生れた一つの正斎を中として顕幽、両斎を外としてまつるのが大祭りであるぞ。荒、和、幸、奇、ミタマ統べるのが直日のみたま。みすまるのたまぞ。今度は直日のみでなくてはならん。直日弥栄えて直日月※の能(ハタラキ)となるのぞ。食物 気つけよ。信仰は感情ぞ。飢えた人には食物。神よ勝て。人間 勝ってはならんぞ。』(黄金の巻 第二十一帖 ※は原文では「〇の中に十」の記号)
霊界物語では「省みる」の働きが無くなると直霊が曲霊に変ずる、と説明されているが、下記ブログでは、曲霊になっている場合は直霊がなくて(乱れた状態の)四魂のみになっている、と説明がある。
下記参照。
『最後の審判迄の【時は金なり】と四ッ花で知る甲斐の【風林火山】。そして、解釈誤りのお詫び。』(「人に内在する良心神(神言会)」より)
つまり四魂(荒魂、和魂、幸魂、奇魂)を統率する直霊が無くなることによって、悪い状態の四魂(争魂、悪魂、逆魂、狂魂)のみになり、一霊四魂ではなくて四魂のみになっている、ということになる。
下記参照。
『一霊四魂』(「オニペディア」より)
https://onipedia.info/wiki/%E4%B8%80%E9%9C%8A%E5%9B%9B%E9%AD%82
なので、直日のみでなくてはならん、とは、身魂を磨いて直霊(直日)とより深く繋がって、天帝の分霊としての役割を全うせしめよ、という意味があるようにも感じる。
逆から言うと、四魂は悪い状態に変化する可能性があるが、直霊だけはそうはならない、ということかと思う。
だからその直霊が無くならないように、常に「省みる」ということをしながら、せっかく給わっている天帝の分霊という唯一無二のお恵み、お宝を外すな、ということかと思う。
またそのようにして、一霊たる直霊と繋がっていれば、他の四魂も自ずと正しく機能する、ということではないかとも思う。