もう二ヶ月かあ
母が老健に入所してもう二ヶ月だ
いまは一日置きに面会に行っている
母は「そんなこなくていいよ」「ここにいるから安心しといて」と言ってくれる
記憶に関しては認知症の領域だけど
面会に行くと日常会話は、できる
ちょっとした頭を使うジョークもわかるし
スタッフさんが
「おかあさん、おもしろいひとやねー」と言ってくれたのにはほっとした
私以外の「しらない」ひとにも
楽しい会話ができている
年老いたから
施設に入っているということを
自覚して、私の苦労も理解して
もう、こうして命を終えていくのだと覚悟している様子で
家に帰りたいと
願いたいのも抑えているのだろう
わたしには
一切そんなことは言わない
「もう、家のこと忘れそうや」
と、何回も言うのは
帰りたいの裏返しなのかと
辛くもなるけれど
「ここにいてくれることが
安心なんよ」
というと「そーやな」と言ってくれる
よくできた母だ
わたしは何もできてない
わたしの都合だけで
申し訳ない
あっという間の二ヶ月
1ヶ月くらいは、すこし「らく」をしようと思ったけど
そうは行かなかった
常に母のことを考えることは
なかなか心の負担だ
悪い意味ではなく…
常に心配をする、というストレスというか
母の体、命、資金繰り、あねのこと
常に心が重い
来年はまた次の施設の検討が必要になるし
ずっと心に重みがある
母の寿命はわからないが
入所してる方で
母より年下と思ってた方が四つも年上だった
やはり人生100歳時代だ
高齢化社会はもうとっくに、
とっくにきてたと感じる
わたしは生きる自信がないから
もういいや、と思う反面
1人で動けるようにしとかなきゃとも思うし
母の姿は
未来のわたしの姿
ははも命の話をするけれど
最後は「なるようになるしかない」で
話が終わる
ほんとうに
なるように…なるしかないね…
介護施設約一ヶ月 母の認識
母が入所して約一ヶ月
入所1週間は
服や下着や靴、タオル…と
とにかく1から用意など
さらに突然の病気発見や部屋替えなどあったものの
なんとか、今は落ち着いた
もう一年もたないのかも
とすら思った母も
規則正しい生活のせいか
家にいるよりは生気があるし
認知症も記憶力の低下ぐらいのものだ
他の人を観察し
自分を認識しているし
自分が家では生活できないことも
だから
施設に入ることも理解して
納得していることは
本当にありがたい
そして今や
私の体調を心配してくれる
本来
冗談を言ったりすることが大好きな母なのだが
外見は冗談も通じないような
大人しい、感じなもので
最近になってスタッフさんが
「お母さん、面白い人やねえ!」と
言ってくれるようになった
他の人たちとも
楽しくやってくれているのは何よりだ
この先は
資金とアネの問題さえクリア出来れば
母の穏やかな毎日を
見守ることは幸せだ
母は命尽きる事も認識している
「もう、ここで、おわりかなあ」
「しゃあないな、みんな生きてたら
地球溢れてしまうもんなあ」
そんな話をする
「まあ、わたしも
明日この横で寝てるかもわからんで」
「そうやな 先のことは誰もわからんな
隣の空いてるベッドに寝るか?」
そう言って笑った
「そろそろ帰るか? 気をつけて帰りや」
90にもなる母に
気をつけてと言われる
なんとも幸せな言葉だ
また
ひととき過ぎれば
いろんな問題が見えてくるのだけど
しばらくは
このペースで過ごしたい
心を少し復活させたい…
久しぶりの、のんびり
一昨日は
胃のむかつきと、赤い尿で
丸一日寝込んだ
きのうは
ここまでの母の状況、これからのことを
ケアマネさんと話して
自分は内科と泌尿器科を梯子
もうとにかく
クタクタだった
考えると止まらなくなるし
好きなこともする気が起きなかった
なので
今日は
とにかく「いつもの日曜日」をすることにした
のんびり起きて
テレビ見て
昼間にお風呂に入って
アイス食べて…ゲームして
絵を描いて…
母には申し訳ないけど
私が倒れるわけにもいかない
今日はのんびりさせてもらった
なんとなく心苦しいけど
胃の苦しさがおさまった
食欲も戻ってきた
やはりストレス発散は必要だなあと
思い知る
今後10年
そしてその後はアネの問題が待ってる
1人で考えていかねばならないのだから
無理せずストレス発散の日を作って
やっていかなければなと思う…