夢記
汚染された体はとっくに手遅れだった。
友人は片足がもげていた。片目が潰れていた。
僕は苦しみも無くいられる幸せを感じた。
そして遅かれ早かれ死ぬという事実を思い出し、
ただ寂しいと感じていた。
毒がその効力を発揮するまでの数時間
僕は穏やかな心のまま、死について考えることができた。
これまでずっと死にたい死にたいと思いながら、
しかし実際、こうして死の淵を覗いてみると
暴れようとする生存本能と、これを沈静させるための脳内麻薬と、
囲われた肉用の牛に似た諦めが混じり合って
なんとも形容し難い感情が不思議な均衡を保っていた。
あえて言葉で表すならば、それは、寂しいという気持ちに似ていた。
こんなにたくさん人がいるのに、
みんな例外なく一緒に死ぬのに、
それでも僕は漠然とした寂しさを感じていた。
記
世界をふちどり、形作っているのは言葉です。
紙細工のように、さまざまな言葉が幾重にも重なり、私たちの頭の中に世界を構築します。
目から入った光、耳から入った振動を頭の中の世界に投影し、私たちはひとつの世界に生きます。
ですから、言葉に置き換えることが困難な事象、光や音の情報を得たとき、
私たちはそれらをまとめて「神秘」とか「奇跡」という言葉に置換します。
あるいは時間をかけてそれらを解明し、新しい言葉を与えることもできます。
私たちは、私たちが理解できないこと、受容できないことでさえ、言葉として「この世界」に共存させる術を持っています。
二度と取り戻せない、失われたはずの「過去」や、まだ来てもいない、知らないはずの「未来」、
すべての始まりと終わりである「生」や「死」(これも私たちは知らないはずですね)でさえも、形を持って受け入れられています。
それどころか、本来何も無いはずの「虚無」にさえ、形を与えてしまっている。
この事実。
これこそが「奇跡」であることに気付いている人もたくさんいるのではないでしょうか。
記
今一度問う必要があるのではないか。
幾度と無く繰り返したあの無意味な問い。
滑稽と切り捨てるに至るほど使い古した、
なぜ生きるのか。
答えが無くても構わない。
今、問う必要がある。
なぜ生きる?
短絡的な答えは要らない。
今はただ疑問に思わなければならない。
記
眠りの中で、薄い意識で感じる10分という時間は相応に長いけれど、
目覚めの瞬間、伸びていたゴムが弾けるみたいに圧縮されて
まるで時間が飛んだかのように感じる。
眠りの時にベースとなっていた意識は、覚醒と共に速やかに溶けてなくなる。
僕はその世界で感じていた常識を知ることができない。
僕がそこで見出した支離滅裂な悟りを再現することは二度とできない。
肉体は、しがみつく場所なのだと感じる。
あるいは地面。
重力。
肉体が無ければ夢の世界のように、どこまでも際限無く墜ちて行く。
死んでなお意識のようなものがあるとするならば、
上も下も無く、真実も幻覚もある夢の世界のような混沌を彷徨い続けるのだと思った。
記
ある時僕は自分を二つに分けた。
古い僕の代わりに
強く、熱と希望を抱き、まっすぐ前を見つめる自分を作った。
狭い視界も、良いものしか見えないのであれば、それはそれで素晴らしい。
日々が苦痛であることは変わらなかったが、僕は自分が好きだった。
やがて、僕は再び一つになった。
熱は時間とともに冷める。
何もかもが元通りになった。
ただ、あの時の僕が組み上げたレールの延長線上に
場違いな自分がいた。
僕は17歳で死ぬと信じていた。
あの予言を
実はこっそり信じていた。
あの頃本当に死んでいたら。
それはそれで幸せだったと思う。
ここには何も無い。
何も無いということがこれほどまでに苦しいとは。
死ぬ理由が無い上に、凶悪なまでの恐怖が足をすくませる。
ただ苦しい。
それにさえ耐えれば生きていられる。
幸せだ。
記
どうやら苦しみが僕を生かしている。
生きている限り苦しみから逃れることはできないらしい。
希望の無い人間は淘汰される。
僕は淘汰される前に希望を手に入れなければならない。
苦しみに耐えること
希望を手に入れること
これを平行して行わなければならない。
時間が過ぎるほどに苦しみは重く、希望は遠くなる。
あるかわからない、どんな形かもわからないものを暗闇の迷路から探す。
しかも制限時間付き。
これが現在の僕にとっての生きるということらしい。
しかしいつでもリタイアは可能。
記
永遠に対して過剰な怯えを抱いている。
それは恐い夢を見た日から。
世界には何一つとして信じられるものなど無いと感じた。
そもそも自分自身がバラバラに壊れていた。
だから目に映る万華鏡のような世界は支離滅裂で
そこには温もりも光も無く、ただ恐怖だけがあった。
足元がどこにも無かった。
上も下も無く、不安定と呼ぶには生易し過ぎる混沌の中
僕はただ永遠を恐れていた。
今目の前にある壊れた世界に良く似ているが、そのあり方はまったくの対極、
あの、あらゆるものに形があり、確実という幸福に満ちた世界が二度と戻らないのではないかと
恐れていた。
もしもあの世界が永遠に続くと言われたなら、僕は迷わず死ぬ。
あの日、僕の中で、終わらないことは恐怖と結び付けられた。
記
コマゲンの声とともに、今ここに起きている奇跡を巻き戻す。
気付くのに遅れたあなたに、もう一度この音を。
並行する、同じ景色の筈だが一つとして同じものは無い。
過去も未来も無視してつなげられたループはただ、身を任せるためだけにある。
記
幸せを感じるために生きているのだろうか?
それなら十分に味わった。
今も、それを感じられる。
視覚、味覚、聴覚、触覚、
物理的な幸せを僕は尊いと感じる。
美しいものを見るのが好きだった。
甘いものを食べると幸せだった。
音楽に身を任せるのは至福だった。
体温を感じることで心が融けた。
時には暴力的な幸福感と崩れる世界を知り、平穏に感謝した。
自分の中に展開される世界は恐ろしく狭い。
世界は新鮮さに溢れている。
それらを感じることで、より一層の幸福につながるのかもしれない。
でも、疲れてしまった。
僕は僕自身の思考と行為によって疲弊してしまった。
知らない世界を求めたいと思う気持ちは確かにある。
同時に、思考を停止したい欲求にも突き動かされる。
幸福はどちらにあるのか。