無理しないを心がけて生活していて、
何も用事がないときはNetflixやTVerとかを見ます。

何を見るかが重要で、心の辛さに繋がる映画やドラマは見られません。


見ると崩壊します。

愛の不時着はみたけど。
2回みたけど(笑)

コンフィデスマンJPとか、

コメディタッチのものが一番向いているって思うんです。

長澤まさみちゃんの演技は最高に引き込まれます。



昨日は刑事物なのに、たまたまその回は犯人が孤独で、、という内容にもっていかれて崩壊しました。

まずはお酒飲んで、泣いて
落ち着いたらさっさと就寝準備。

お薬飲んですぐ寝ます。


メンタルクリニックの先生と以前話したとき、起きてると辛いから寝られるだけ寝る話しをしました。

それがいいよ、たくさん寝なさいね、って。

愛犬と寝るので何度か起こされますが、寝ていれば辛いことはやり過ごせる。


また新しい朝がきました。

天気が悪い日、これもあんまり心にはよくないんだけど、、

無理しない、無理しない😫。


色んなことが彼のおかげだったりする日常。


ありがとう、の気持ちはある、たくさんある、でも素直に感謝の気持ちとなれないのは、いないことを認めるみたいで抵抗があって。


わかってるけど、わかりたくない、そういう気持ち。


なんでいないの!

二人の愛犬の成長を一緒に感じたいのに!

親バカ過保護しながら、いつもそう思っちゃう。


医療麻薬を使いはじめた頃に飼いたいといって迎えた私たちの大事な子供(🐶)。


この子がいなければ、私はどうなっていたか。。


当時は彼の体調が不安で仕方なく、犬の面倒まで見られるのか、そんな話しをしたけど、彼の希望は全部叶えたかった。


その希望が今の私の希望になるとは、彼の思慮深さを感じて仕方ない。


けど、ありがとう!って言えるまで、もう少し時間頂戴ね。


彼だっていなくなりたかったわけじゃないものね。一緒にいたかったに決まってるものね。

ごめんね、心はずっと一緒だからね。



何歩下がったかわからないけど、

結局進んでないのかな、気持ちは。


悲嘆の波は定期的にやってきて、

号泣してたかと思ったら

無感情ゾーンに入ったり。


そんな中で思ったより大きな一歩を踏み出しました。

どう考えても、そうする以外心情面、コスト面を鑑みてもなかったと思ってます。


いざそうしてみるとまた感じたことのない複雑な気持ちになったり、愛犬が環境の変化に戸惑ってることの不安だったり。


ようやく少しずつ落ち着いてきたかな。

そんな時、眠れない夜がありました。

ようやく明け方うとうとしたとき、彼は夢に現れました。


パンツ見てって言ってます。

彼のパンツは私がチョイスしていただけに?!

見るとパンツに『これからもよろしくね』と書いてありました。


照れ屋さんの彼らしいメッセージ…なのかなぁ。

現実で泣いていて目が覚めました。


一緒にいるよって言ってくれていると良いけど、

ずっと一緒にいてね、と私が言いたい!!



先日、天候も抜群のなか、法要を終えました。

息を引き取ったときのこと、葬儀の時のことを思い出してしまうから、本当は辛くて逃げたい気持ちにもなっていました。

案の定の涙腺。

あの世があるかわからないけど、石原慎太郎さんは死んだら虚無だと言ってたな。

無宗教ながら、ご住職さまの説法はなんか、なんだか良いお話でした。


私は義理家族から婚姻期間が短いだの、色々言われてこの2年を過ごしています。

私が欲しかったのは自分の家族です。

だから、彼の姓でいたい。

それが唯一、家族の証だから。


一緒に生きた半分が闘病になってしまったのは、結果論です。

それでも絆は深かった。

全力で一緒に過ごした時間だったから。


これからも一緒だよ♥️

彼がある日、ドライヤーを買ってくれた。

そのドライヤーはロングヘアーが好みな彼が私の髪を乾かすために買ったものだけど、

私がいつも彼の髪の毛を乾かして、自分は半乾きどころか、で。


ある日、ドライヤーせっかく買ったのに全然使わないねって言われた。


彼が万全で居られることを最優先してたから、自分のために使う時間とか考えてなかった。


今更だけど、時間だけはあってゆっくりドライヤーするようになったよ。


やっとやっと使えるようになった。

ドライヤーすら愛おしい。


いなくても、居るよね。

今日も、いつも、大好き。



早かったのか、長かったのか、

来月で丸2年一緒にいない、ということになります。


彼のものはずっとそのままにしていました。


いつまでもこのままでは、と思いながら現実逃避していました。


でも、少しずつと思って、闘病中に使っていたものを廃棄し始めました。

辛い時ばかり想いだしてしまうから。


辛くなかった時のものはそのままにしておくね。

辛かった時のものはバイバイするけど許してね。


廃棄する作業はやっぱりしんどくて、最後に号泣。

やっぱり辛い作業からも逃げてた私。


みんなどうやって立ち向かっているの?






正月、実家の玄関にある木の枝に頭を打ちました。

痛みレベルは星が舞うくらいでした。

いまはこぶが痛みます。


そして、愛犬にガムをあげているときに、何故だろう、集中してるときにちょっかい出したら怒るのわかっているのに、、手を噛みきる勢いで噛まれました。


そして、今日、買い物行こうとモコモコブーツで小走りした瞬間、子供のように転びました。

両手両膝にアスファルトの擦り傷です。


彼にもお鈍と言われてたのを思い出すくらいのお鈍ぶりです。


身体も心も気を付けてすごしたいと改めて思う年始となりました。


年末は献血納め、できました。

今年もお鈍ながら積極的に献血、その他お鈍なりにできることをやっていきたい所存です。


本年もどうぞよろしくお願いいたします。



彼は在宅医療で訪問医、訪問看護にお世話になりました。


服用していた医療麻薬(メサペイン)を取り扱える先生を探すのに時間がかかり退院まで時間を少し要したのはありますが、それが本当にありがたい出会いになったのだと、改めて思いました。


先生が決まると先生が指定した訪問看護ステーションが決まる仕組みでしたが、最高のチームだったのです。


先生は薬の調整上手、訪問看護さんは何かあれば駆け付けてくれて、本当に頼りっぱなしだったけど、こんなに感謝することはない!というくらい感謝してもしつくせません。


彼を喪って事務的な連絡をとったことはありましたがコロナもあり、直接会うことが難しかったご時世で。


ようやくお会いできました。

訪問看護の男性看護師さん。


彼と性格が似ていて彼自信も気を許していたのがよくわかるくらい話しやすくて、尊い時間を作ってくれた男性看護師さん。


ずっと直接お礼が言いたくて、ずっと気になっていて。

ようやくお会いでき、一瞬にしてあの頃が帰ってきました。


涙が止まらない時間。。。。。


そして、これが私の思うグリーフケアだと思いました。彼を知っている人と話すこと。そして感謝を伝えること。


目がパンパンなので今日も早く寝よう。

たくさんのありがとうをこれからも続けたいです。



彼を失った45歳の私は、彼の人生を全て知っていたわけではないけど、聞いてきたこと、過去の出来事も愛おしかった。


人との別れに多く立ち会ったことがなく、彼の前で言えば祖母だった。


祖母は突然亡くなった。

99歳、自宅で一人でこの世から去っていった。


警察も入り検死もあり、あの時のショックは半端じゃなかった。信じられなくて、後悔だらけだった。たくさんお世話になったというのに。


祖母は戦時中に旦那さま(私の祖父)を結核で亡くした。

仏壇の遺影は海軍の制服で格好よくて。

祖母が毎年行っていた靖国参拝に行ける時は同行していた。


同行していた時はそこまで深く考えてなかったけど、、20代で夫を失い子供二人(私の母親とその兄)を養うために必死だったことは母親からよく聞いていた。


パートナーを失うという状況で祖母の気持ちに遅かりし気づいた。

大切な人を失ったんだと。

そしてずっと想いを寄せ続けたんだと。


99歳まで独り暮らし。

アパートを経営して不労所得で長いこと生計を立てていた。

もちろん、アパート経営までの苦労は半端じゃなかったことは母親が涙を浮かべながら話してくれる。


祖母は偉大な人だと、改めて思う。

私と彼の入籍日はそんな祖母の誕生日なのだ。


後悔したくない、そんな想いは彼を支える原動力だった。


私も強く踏ん張らねば。

おばあちゃんと呼ばせてくれなかったカッコいい祖母。

私の母親と同じお墓に入りたいんだって。

絶対、叶えるね。