行ってきました。

元々、調停だ、訴訟だの話になったところで過呼吸になったところからメンタルクリニックのお世話になりはじめました。


医師は初回、状況をヒアリングして最適な薬を処方してくれますが、再診以降は、その後どうですか?という会話で薬の処方を決めるのが流れです。


そのクリニックはカウンセリングは希望に応じて別途臨床心理士さんの予約ができるのですが、以前一度お世話になったきりでした。


一ヶ月程前、全部溢れて頭の中もめちゃくちゃで、すがるように予約し、思いをぶちまけました。

これは本当に救いだったと思います。


コップのお水は常にギリギリで表面張力状態に小石が投げられた瞬間、コップまで割れる、そんな感覚でした。


今、ヒビの入ったコップは少し穏やかかもしれません。

今日は何かあったわけではなく、定期通院にあわせてカウンセリングを予約し、今の気持ちを話しました。


何を話しても涙が止まらず、結局言いたいことは彼が大好きだと言うことでした。。


どんな気持ちも優しく包みこんでくれ、アドバイスをくれるカウンセリングは定期的にお願いしていくつもりです。


カウンセリングの後は必ず医師の問診があります。

先生いわく、カウンセリングをマッサージやエステのように定期的に話すのはとても良いから、と励まされ、先生にも彼が大好きと言って帰ってきました。


そう、彼が大好き。。

それだけです。

泣きすぎて目が痛いよぅ。



お墓参りに行ってきました。

彼が亡くなる数ヶ月前に、主治医に腰椎骨転移の関係もあり、歩行困難の可能性があることを告げられ、慌てて毎週末教習所に通い免許をとったので、運転回数としては、機会が少ないままで、まだまだ初心者🔰です。


お墓参りの往き来しか乗っていません。

他の場所へ行く勇気もなく、困ったドライバーです。


霊園はアットホームで彼のお義父様も先にいらっしゃる場所。

元気だった彼とお義父様のお墓参りにも行ったことある場所。。


霊園の管理の方々がみんな優しくて、今日はお茶いただいて色々話してきました。


そう、なーんもやる気が起きなかった毎日。面倒だったからシャワーでいいや、を、湯船にお湯はってみるところから。


あれ??湯船に入ったのどのくらいぶりだろう。。


彼が緩和ケアに緊急搬送される前くらいまでは、私の帰宅にあわせてお湯張ってくれてたりしたな。。


2年振りか。。。


メソメソしてても彼に喜ばれないのはわかってるけど心が追い付かず、でもお義母さんより、義理姉よりも、長生きしてね、って言われた言葉は忘れない。


だから踏ん張る。

小さな一歩を。

これが私の選んだ人生だから。


誰もが経験するだろう別れの辛さ。

みんなこうやって少しずつ、なんだろうなぁ。。



以前から玉置さんが気になっていて、
昨日のノンフィクション、拝見させていただきました。

私の彼は緩和ケアに緊急入院して1ヶ月、本人希望の自宅に帰ることができ、訪問医療をフル活用させていただき在宅で見送ることができました。

自宅に帰ることができたのは本人の頑張りのおかげです。点滴を内服薬に変更しながら様子をみて、無事全て内服薬に変えられたから!

在宅になることで怖いとか、不安とか、考える余裕すらなかった気がします。でも実は支える側として勇気のいることだと知りました。

彼の意思を尊重し続けた闘病生活、私の後悔を減らす努力=彼の希望を叶えること、でした。

まだまだ辛いし寂しいけど、小さな一歩につながる教えを学ばせていただきました。

ありがとうございます。

行ってきました。

ゴールデンウィーク振りです。


時間がかからない全献血ばかりしていたので当面半年くらいはできないため、超久しぶりの成分献血へ。


過去の記録によると、22年振りらしい(笑)その頃は時間があったので成分献血してたんですよね。。


でも全献血より肉体的ダメージ?は少ないだけに、最短2週間後から成分献血であればできるようで。


私ができることを少しずつ。

彼も手術では輸血にお世話になりました。


献血の結果も会員Webにアップされるので自分の状態も把握できるし一石二鳥でもあります。


コロナのワクチン接種したり、定健受診で採血したり、注射に抵抗が無さすぎてジーッと見つめてしまう。。


針を刺すたびに、彼は抗がん剤だったことを思い出して、少し辛い気持ちにもなる。


でも、もしかしたらいつか自分だって輸血にお世話になることがあるかもしれない。


出来ることを、出来る人が、出来るタイミングですればよいと思っています。


そしていつもの褒め言葉。

良い血管出てますね~

本日もここからどうぞと言わんばかりの血管浮き出てました。


微力ながらお力になれますように。



夏といえば8時間越えの大手術をした。

ICUに入って、面会は30分、そのあと1時間間をあけなくてはならなくて、

築地をウロウロして時間を潰して次の面会時間を待った。

休みをとっていたので毎日のようにそんな風に過ごした。

 

夏といえば骨の転移で痛みがひどく緊急搬送された。

医療麻薬を頓服以外で使いだしたのはあの時からだった。

 

夏といえば私は彼の役に立ちたくて自動車教習所に通った。

週末は全て通って昼休憩は自宅に戻ってお昼を一緒に食べて、また教習所に戻った。

 

夏の思い出…本当はもっとたくさん楽しいことをしていたのに、旅行にもゴルフにも行ったのに

辛いことしか思い出せない。

 

彼のことを仏様という人もいるけどそれすら抵抗がある。

だって、彼は彼だ。

 

闘病のブログを書き進めることができなくなってしまったのは

ブログの中で彼をまた看取ることになるのがつらくてなってしまったから。。

 

 

年末年始休暇しっかり休みますが、日々の過ごし方を意識しようと思います。

1日1用事。
今日は9ヵ月振りに美容院行きました。
ポイントたくさんあって現金の支払いが900円で申し訳ない気持ちになった初めて行ったお店。次回はちゃんと貢献します。。

明日は献血行くつもりでいます。
20年振りくらいかな、、
献血できる条件で常用してる薬がある場合の確認も事前に電話で行いました。

今、コロナの関係で献血が大幅に減って、ピンチだとニュースで知ったから。

彼は大きな手術で4㍑輸血してもらいました。多くの皆さんのおかげだったんです。
私は何か恩返しがしたい。自分ができることを小さいことからでも始めたい。

あと少しで一周忌。
私はあなたを想い日々を、1日1日を、大切に大切に生きていきます。
当たり前が当たり前じゃないことを知ったから。


闘病中いつかお別れが来ることを頭では理解しながら現実は受け入れがたく。

後悔だけはしたくないと、全力だった彼との闘病生活。

自分の中でも人生で一番全力を尽くした自負があっても、それでも。

彼が切望して我が家に来た愛犬の前で一番素直になれる今日この頃。

たぶん、愛犬は私の涙で塩分摂取してるだけw

それでも心から癒される。
我が家に来てくれてありがとう。

一日一日大切に想う、全てを。

色々なことが起きすぎてブログ書くこともできませんでした。

でも、日々闘病ブログは読ませていただいています。

ずっと読ませていただいた方々が…ご報告というタイトルを見て涙が溢れます。

一年前の今頃、彼は人生の最終章に差し掛かっていました。
一年前の今日何してたか、鮮明に思い出せるのに、彼はいなくて。

これからしばらくは辛い季節がやってきたな。。
辛いうえに色々重なってくるものだから、息が苦しいもの。

がんセンターの家族外来の先生が言ってた。だいたいの人は一年はどうにもならないくらい辛いって。

あとどれくらい頑張ったら少しは楽になれるんだろうね。

生きることの難しさを実感する毎日です。

マンションに戻ることを決めた私たちは主治医の先生に在宅医療をお願いしました。
病院のソーシャルワーカーさんが手配してくれるということで一度面談を行いました。

病院経由で訪問医療・訪問看護ステーションをそれぞれを手配してもらいます。
訪問の先生が決まるとおのずと看護ステーションが決まるそうです。
先生がやりやすい看護ステーションになることが多いと教えてくれました。

先生を決めるにあたり、内服の痛み止め、MSコンチンと併用していた
メサペインを扱える先生であることが条件になりました。

メサペインは医師であれば誰でも扱える、という薬ではなく
講習のようなものを受けないと扱えないらしいです。
今まで出してくれる先生しか会ったことがなかったのでここで初めて知りました。

平行して在宅看護に必要なものをレンタルしないと。
ケアマネージャーさんからレンタルのカタログをもらって何を借りるか、二人で相談しました。

・車椅子
・介護ベッド、ベッド柵、マットレス
・歩行器

車椅子は病院に納品してもらいたい!
それに乗ってそのまま帰ることができるから。
オレンジ色と黒のジャイアンツカラーだったのが少し苦笑いポイント。
彼は千葉ロッテファンだから。
病院でお借りする車椅子より多機能なのでカラー以外はとてもよかった!

 

病院に納品してもらいたい理由はもう一つ、病院にいる間に自宅で使う車椅子への

移乗に慣れておきたかったというのもありました。

 

歩行器は…そのときの身体の状況としては使える状態にはなかったのですが、

彼の希望を絶ちたくなくてレンタルをお願いしました。


借りるものが決まって納品日を調整し、

当日はマンションの配置と納品を受けるたため、久しぶりに病院泊を姪っこに任せてマンションに帰ることに。

 

続々と手際よく納品され、組み立てられる介護ベッド。

配置を動画に撮って彼へ送信!

イメージにあってるか確認して調整し、彼が帰宅するのを待つばかりとなりました。

 

あとは訪問医療が決まればようやく退院だ。。

病院にいる安心感と引き換えに自宅に帰ることの自由度と不安が募ります。

 

※悪性黒色腫の闘病内容が全ての方に当てはまる訳ではございませんのでご了承ください



 

この1ヵ月くらいで以前から読ませていただいていたブログの方が天国にむかわれました。
お会いしたことはありませんが、
ずっと勝手に見守っていたのでとても辛く苦しい気持ちなっていました。
何故、ガンは治らないの?
ガンは治る病気になってきたと思っていたのは気のせいだった、昔に比べてだった。
ガンという病気はまだまだ難しい病気なんだと思い知らされます。。

彼を見送って昨日で半年も経ってしまって一人でいると気分が沈むことが多くて。
どうすることもできず漢方などで気を紛らわす日々です。


2019年12月の彼は緩和ケア病棟で歩けない中でも元気を取り戻してくれていました。
彼と住んでいたマンション、1駅離れた実家。
どちらに帰るかという話しが緩和ケア主治医の元、出始めました。

彼の意思はマンション。
介護保険も住民票を置いているマンションでとっていたので
何かお借りするにも介護保険の住所じゃないとダメだったとこも後からわかりまして
本人の意思通りマンションに戻ることを目標に。

病院にいる間は何かできることはないか、
セカンドオピニオンのつもりで東病院の皮膚科(常駐医師はおらず中央病院から週
1回先生がくる)を受診して意見を聞きました。

BRAF遺伝子は陰性と出ていましたが、あとから変わることがあると
以前同病の方おブログで読んだことがあるから食い下がりたかったのです。

彼の場合は結膜が原発で粘膜原発の場合
BRAF遺伝子が陽性のことはまずない、と。
オプジーボ以外で治療ができないかと思いましたがその道は絶たれました。

どこに向かえばよいのかわからなかったけど
1日でも元気でいられる道を探していました。

身体の色んな部分を失いながら車椅子でしか動けなくなってしまったけど
彼の笑顔はたくさん残っている。

私には失った部分なんて何も感じない、いつも彼。
半年も会ってないけど今日もあなたを想っています。


※悪性黒色腫の闘病内容が全ての方に当てはまる訳ではございませんのでご了承ください