12月のある日…ついに児童相談所の職員キャリッサが予約を取ってくれた小児精神科へ、第1子を連れて行けました。



ようやく…ようやくでした。


私は、もし第1子に生きづらさがあるなら、

(本人は毎日幸せそうですが)


早くそれを解明してあげて、


必要な支援をしたい!

と思っていました。



それに反して、

精神科のグラッド先生、保育士のローズ精神科、児童相談所のキャリッサが言ってくれたように、


「大丈夫よ、お母さん。

ただ本人のヤンチャな性格なだけ。

小学校に入ったら、落ち着くでしょう。」


と言われたかったです。



今思えば、私自身が幼稚園の頃に超元気で、

ヤンチャな男の子と走り回ってイタズラをして、

よく先生に怒られていました。


母はよく、幼稚園の先生に呼び止められ、

「凜はいつもふざけていてクラスいちの問題児」

と言われたそうです。

母は当然、同じように子育てをしているのに、おとなしく優等生だった私の兄とは全く、私は違ったそうです。

ちなみに私の兄は、子供の時からクラスいちの優等生と言われ、それをずっと通していましたが、

私が知っている兄は、世界一面白い人です。




しかし小学校に入り6年間、私は大人しく、マジメなガリ勉と言われていました。


私のマジメ時代は、厳しい私立中学1年まで続きますが、

地元の公立中学に、中学2年の時にカムバックして、また私はクラスのムードメーカーに戻ります。   


小学校時代しか知らない同級生は、

「マジメなガリ勉の凜が、厳しい私立中学校に一年間行ったら、アホになって戻ってきた!ポーン

とビックリしていましたし、


幼稚園時代を知る同級生は、

「いや、凜は元々あんな感じだよ。

何故か小学校時代にマジメなガリ勉キャラになって、むしろあれが不思議だった。」


正直、私がどちらの人間かわからなくなります笑い泣き


ちなみに私は今、会社では真面目に働いていますが、

会議の司会では、

「今日は何かみんなを笑わせたい」

と仕組むこともあります。



話は戻り、

双方の思いが揺れながら、待ちに待った、第1子の小児精神科の受診日。




待合室で、夫と、子供についての注意欠陥多動性障害(ADHD)のチェックシートを埋めながら、

「結構当てはまるな…」

と不安になりました。




問診票に、夫は


「我が子に服薬治療はさせたくない。


僕の弟が小学生の時に注意欠陥多動性障害(ADHD)と診断され、ADHDの治療薬を飲んだが、

あの治療薬のせいで、弟の人生がめちゃくちゃになったので、

我が子には絶対服薬させたくない。」


と書いていました。




それから小児精神科医の診察室に呼ばれました。

50代の白人女性でした。


「まずはお話を聞かせてください。

どうして今日はこちらへ?」




夫は、



「第1子の話をする前に、

父親として1つ、クリアにしておきたいことがあります。




僕の弟は、子供の頃から落ち着きがなく、

両親は苦労しました。


逆に、長男である僕自身は大人しく、引っ込み思案だった為、余計に弟の問題行動が目についたのでしょう。


小学校時代、小児精神科で

弟は、注意欠陥多動性障害(ADHD)と診され、服薬治療を開始しました。




確かに弟は服薬することになり、学校や家での多動や衝動性のトラブルは減りました。




しかし注意欠陥多動性障害(ADHD)が治った…というより、


いつもボーっとしているようになりました。


僕にとっては、



ヤンチャな弟の頭の中を、

ただ単にクスリで

動きが鈍くなるように、

封じ込めているだけに見えました。



更にADHDのクスリの副作用により、

小学生の弟はだんだんと夜、眠れなくなり、


ADHDのクスリと併用して、

睡眠薬も服用されるようになりました。



心配だったことは、明らかにクスリでおかしくなってきているのに、更にそれを封じ込める為に、処方されるクスリの量が増えていきました。


小児精神科医いわく、

『クスリの量を増やさないと、体に耐性ができて効かなくなるから…』

とのことでしたが、


それならいずれ毎日、クスリを何十錠も飲むのか、


それとも例えば、マックス5錠と定められているから、もう効かなくても延々と気休めに5錠を飲み続けるのか、



子供ながらに見ていて心配でした。




クスリの副作用か、それとも思春期かはわからないのですが、


小学校高学年になる頃には、

弟は癇癪がひどくなりました。


小さかった頃の弟はひたすらヤンチャなhappy child でしたが、


小学校高学年になると、

物事が思い通りにならないと、

小学校や家で癇癪を起こし、

暴れたり、自分の頭を打ちつけたり。



理由はわからないのですが、

弟が小学校高学年の頃、

オシッコをペットボトルにして、

便器の後ろに隠していたこともありました。🚽


今までになかった、明らかに奇異な行動でした。


僕が注意すると、

弟がペットボトルを開けてオシッコをかけてきて、


弟が気持ち悪くて、ゆるせなくて、殴りました。



母はパニックになり、

注意欠陥多動性障害(ADHD)のクスリをやめさせたい」

と小児精神科に泣きつきますが、


「減薬は、計画的に何年もかかる。

とても危険なんです。」

と言われました。


何がどう危険なのかはわからないのですが、


明らかにクスリを飲んでいる状態も危険でした。





そんな弟の最初の犯罪は、

14歳の時でした。


コンビニに停められていた鍵付きの車を、

女友達と一緒に見つけ、


衝動的に、

『これでどこか2人で遠くに逃げよう。』

と無免許で運転し、


遠くの街まで逃げましたが、


そこで交通事故を起こし、逮捕されました。




父は怒り、

弟の部屋の窓が開けられないように、

釘を打ち付けて、


弟が無断で外に出て行かないようにしました。



しかし14歳の子供が逃げないように封じ込めるのは、到底ムリでした。



あらゆる方法で、弟は外に出て行きました。




僕は

『弟の発達障害…

多動だか、衝動だか知らないけど、

もう薬…効いてないじゃん。』

とも思いましたし、



『もはやこんなに弟が家から逃げたがるのは、

注意欠陥多動性障害(ADHD)の問題か?

僕だって、こんな両親の元にいたくないよ。』

とも思いました。



ただ、弟は注意欠陥多動性障害(ADHD)の処方薬から、

薬物依存症になったことは明らかです。


荒れた弟は10代の頃から違法ドラッグに手を出し、

今でも逮捕を繰り返し、


今は刑務所にいます。





だから


僕の子供には薬を処方しないでください。」




薬物依存症で苦しむ夫は、


自分の子供には、

絶対に服薬をさせたくないのでしょう。




小児精神科医の先生は、うなづきながら、

「よくわかりました。

確かに服薬治療もありますが、

それは本当に本人が生活に困っていて、

必要な時に限り、

慎重にすすめていく案件です。


第一にあなたのお子様は、服薬治療の年齢にも達していません。

処方はしませんから、安心してください。」




イギリスのBBCのドキュメンタリーで取り上げられた、

「アメリカの小児精神科の服薬治療」

について。



日本語訳のタイトルでは、

「その子に本当に向精神薬は必要ですか?」



学童期に「死にたい」「殺してやる」と暴れ、抗不安薬を処方された子供。


しかし子供が暴言をはくのは、成長過程のひとつでもあります。


インタビューでは、

子供の両親は、

「学童期の子供が、死や殺人をほのめかすなんて尋常ではない。」


しかし当の子供は、

「テレビか漫画の真似をしてみた。本心ではない。」


判断が難しいです。


レントゲンなどでは見れない子供の内部。


本当に生きづらさがあるのか、

それともただの成長過程のひとつか、


また例え発達の障害だとしても、

そのクスリは本当に安全なのか、


そもそも生まれつきの発達障害を

クスリで治せるのか、


子供に向精神薬を飲ませる判断について問いていました。