前回に引き続き、映画『低開発の記憶』と『セルヒオの手記(注:原作タイトルは「先進性の手記(仮・未邦訳)」』の原作者、エドムンド・デスノエスのインタビュー・ビデオ(by Oncuba)を紹介します。
ビデオはパートⅢ
映画『低開発の記憶』のシーン:
キューバにソ連のミサイル基地がある事実が発覚した後、フィデル・カストロは「独立国として我々は国連の査察を断固拒否する」「キューバ国民は一丸となって、この危機に立ち向かう」と宣言。
フィデルのこの言葉を聞いた、小説「低開発の記憶」の主人公は次のように記す。
(デスノエスが朗読する声が途中から映画のセルヒオの声に代わる)
「私も皆と同じように死ぬのだろう。この島は罠だ。革命は悲劇だ。なぜなら我々は勝利し、生き残るには、あまりにもちっぽけで貧しい存在だからだ。非常に高くつく尊厳なのだ。考えたくない。(20回も読み返したフィデルの演説を)今はすべて忘れてしまいたい。………何も知りたくない。覚えていたくない。
いやし難い記憶(una memoria inconsolable)を持ちたくない」。
進歩における主観性の重要性とは?
世界的文化の観点で考える必要がある。「ドン・キホーテ」と「ハムレット」を比較したアウエルバッハのエッセイがある。世界の文化は「ドン・キホーテ」よりも「ハムレット」、すなわち“疑い”の道を通ってきた。「ドン・キホーテ」は〈自分が見たものを現実〉と見なす。フィデルやボリバルの場合も同じで、「ドン・キホーテのように自分が想像したことを実在する」と見なす。疑問を呈することをしない。疑わないのだ。しかし、疑問なしに進歩はあり得ない。
狂信で征服することは可能かもしれない。確かにスペインは疑問をもつことなく、率先して征服を遂げた。
だが、近代世界においては、疑問こそ重要なのだ。ラテンアメリカ人は疑問をもたない。スペイン人もだ。ヨーロッパでルターが宗教改革が起こしたときスペインは、プロテスタンティズムがもたらす近代化の受容を拒んだ。それが今も残っている。
実際、最も親密な関係をもてるのは自分自身と対話するときだ。その濃密な内面的対話のなかで我々は生きている。主体性がなく、すべてが単に表面的なら、それはただの模倣だ。
私は“レアル・マラビリョッソ(驚異的現実)”の世界を大いに疑問視している。それはフォークロアの心理的ベースで、魔術的思考だ。我々の抱える問題のひとつは、信頼し過ぎる(ゆだね過ぎる)ことだと思う。
疑問と曖昧さは、世界的アイデンティティの進歩における基本をなす。それが世界の文化に貢献し、孤立感から免れさせる。
映画のシーン:
「煩わしい両親と妻がようやく去った」とタイプライターで記す主人公。途中、アームがからまり、彼(革命?)の前途を暗示する。
「低開発の記憶(後進性の手記)」のセルヒオと「先進性の手記」のエドムンドはどう一致するのか?
真のリアリズムとは、自分の実人生と(もうひとつの)あり得た生との掛け合わせだと思う。両「メモリアス(手記)」の主人公とも、私自身と〈あり得た自分〉を混ぜ合わせている。例えばセルヒオの場合はもう一人の私だ。
もし私が革命に同化していなければ、おそらくセルヒオのような観察者になっていただろう。彼はキューバの外にいるが、革命の一部であり革命を分析し、二重の視野をもっている。
Marysolより
タイトルの「メモリアス」の訳語は、「記憶」か「手記」か?
小説と映画の原題(スペイン語)「Memorias del subdesarrollo」は、英語に翻訳された際に「Inconsolable memories」と改題されました。
その理由はここに書きました。https://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/entry-10035066674.html
1968年にキューバでこの映画を見た小田実は深い印象を受け、英語版から原作を翻訳し、1972年に「いやし難い記憶」として出版しました。2007年頃の私は「いやし難い」と「低開発(後進性)」の違いに関心が集中していて、「記憶」という訳語には疑問をもっていなかったのですが、今になって「手記」の方が良かったと思えてなりません。
ちなみに、デスノエスもタイトルについて、ドストエフスキーの「地下室の手記」をもじったと言っています。
https://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/entry-10037950906.html
このビデオの映画のシーンでも《セルヒオが手記を付けていた》ことが示されていますが、デスノエスの原作が革命についての主観的観察記だとすると、映画ではそこに客観的視点(シーン)が加わり、矛盾や対立が生じて混沌としています。
まるで、当時の知識人の革命観(違和感・懐疑・躓き)が映し込まれているかのように。
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