空海を訪ねてシリーズの2023晩夏編の途中であるが、ここでちょっと一休み。


まずは、聖徳太子の四天王寺。

五重の塔。


大阪在住時に何度もそばを通ったが、このように近くで拝見するのは初めて。

中に入って上まで登ってみたら、各階に膨大なお位牌が。


五重の塔の前にある金堂では、僧侶がお経を誦んでいらっしゃった。

印を結ぶ手の動きが結構激しく、興味深い。

残念ながら、「舎利出(しゃりだし)」というご供養には、時間の関係で参加できなかったが、次の機会には、ぜひ参加してみたい。


四天王寺の宝物館では、「四天王寺の菩薩たちー観音菩薩を中心にー」が開催されていた。

平安後期の両界曼荼羅が展示されていたが、こちらは天台系のもののようである。

写真は、パンフレットより。


四天王寺には、大師堂もあって、空海もしっかりちゃっかり信仰されている。





さて、場所は変わり、こちらも大阪の北御堂。




親鸞さんの浄土真宗。

大阪在住時、やはり気になっていたが、信者でもないので、入りづらかった。

今回たまたま思い切って入ってみたら、ちょうど「宗祖月忌逮夜法要」というのが始まるところだった。

ちゃっかり参加させていただいた。

浄土真宗、これまでほとんどご縁がなかったが、立派な御本堂の中、とてもいいご法要で感動した。

僧侶の方々は剃髪されていない方がほとんど。

法要は、声明(宗派が違うと呼び方が違うとかあるのか?)から始まり、お経も節がついていて音楽的で美しい。

なんとも新鮮な気持ちになれた。

参加された信徒の方々は、順番にお焼香。

皆さま、口々に

「なんまんだ、なんまんだ」

と拝んでいらっしゃる。

(私もお焼香させていただいた。南無大師遍照金剛と言わないように。)

たまには他宗の法要もいいな、とか思ってしまうのは不謹慎か?


法要のあとは、もれなくこちらのお札のいずれかをいただける。

左側の象さんかわいい。


なつくさは、両方欲しかったので、翌日もう一度参加した。節操ない奴。

その後、さらに法話があったので、そちらも拝聴。

内容は、親鸞さんの教え、自力ではなく、他力。

と言っても他人任せということではありませんよ。

みたいな感じか。ざっくりしすぎで浄土真宗の方すみません。

法話をされた僧侶の方、パワーポイントをうまく活用されて、お話し上手でした。


今年は空海生誕1250年であるとともに、親鸞生誕850年。

ちょうど400年違う。

今回たまたまのご縁であったが、いいひとときを過ごさせていただいた。




「空海を訪ねて」の復活第三弾は、お馴染み京都の東寺だが、その前に。


今回の関西の旅の目的の一つは、京都国立博物館の特集展示「日中書の名品」の鑑賞。

空海の筆よりなる国宝「金剛般若経開題残巻」が見たかった。

文中に加筆訂正した跡があり、草稿であるが、ノリノリで書いたんではなかろうか。

醍醐寺の国宝「大日経開題」と比べてだいぶ印象が柔らかく、自信に満ちた空海らしい書。

(「大日経開題」は、密教勉強中の空海の必死が伝わり、非常に貴重だと思ってる。)

写真は、e国宝より抜粋させていただきました。



京博の後は、智積院へ。


智積院では、宝物館で長谷川等伯の障壁画(国宝)を鑑賞し、宿坊智積院会館内の茶寮で冷たいお蕎麦御膳を頂いた。(関東人なんで蕎麦とうどんでは蕎麦を選んでしまう。ダメだな。)

智積院会館でこんなの見つけた。

来年のゴールデンウィークは奈良かな。


智積院金堂。



智積院のご本尊は大日如来さま。

意外に、真言宗のお寺でご本尊が大日如来さまって見ない気がする。

とてもご立派で美しかった。


そして京都の最後は、東寺へ。

京都まで来て、ワシに挨拶なしかよ、と言われぬように、立体マンダラの大日如来さまにもお会いしないとね。


講堂で大日如来さまと久々のご対面の後、西院の御影堂(国宝)へ。


前回来たときは、改修工事中で入れなかった。

今回やっと来られましたよ。

堂内の弘法大師像も国宝。

いつ来ても、空海がお住まいになられた御影堂の辺りの気がすごくてクラクラする。

「身は高野 心は東寺に おさめをく」

よほどの思いを寄せていたのか、ここに空海の魂を強く感じずにいられないのである。


なつくさのブログの「空海を訪ねてシリーズ」復活第二弾は、嵯峨の化野(あだしの)念仏寺。

第一弾は無難に久米寺にいきましたが、これは攻めてますぜ。


化野念仏寺パンフレットより(石仏の撮影は禁止されているようだったので。)



寺伝によれば、空海がこの地に野ざらしになっていた遺骸を埋葬して、五智山如来寺を開創した、とのこと。

当時は、真言宗であったが、その後、法然の常念仏道場となり、浄土宗華西山東漸院念仏寺として現在に至る。



本ブログの「空海を訪ねて」シリーズは、伝説レベルで空海が何々した場所、というのは、できるだけ除外し、史実から空海関与が明らかなものを対象にしたいと考えている。

今回の念仏寺は、ギリギリ除外対象かと思うが、無理矢理対象に入れてみた。

場所が関東というのであれば、空海は実際に来ていないだろう(私は、関東や東海地方の空海の逸話は全て伝説レベルであると考えている。)ということで明らかに対象外。

しかし、畿内で、しかも空海と親交が深かった嵯峨天皇ゆかりの場所であれば、百歩譲って空海開創の伝が不確かであったとしても、なんらかの関係はあったのではないかと思う。

しかも現在は浄土宗のお寺で、わざわざ空海開創とする理由もあまりないような気がして、あながち嘘でもないのでは、と思える。


サスペンス劇場っぽい竹林。




仏舎利塔。デカかったー。


嵯峨嵐山の駅から化野念仏寺に行く途中に、五大山清涼寺、別名嵯峨釈迦堂があったので立ち寄った。

こちらも浄土宗、空海と関係ないっちゃ関係ないが、私にとっては大切な出会いなので、ついでにご紹介。






清涼寺のご本尊の釈迦如来さまは国宝。

三国伝来(インド〜中国〜日本)の生身のお釈迦さまとして拝されている。

このお釈迦さまの体内には、五臓六腑が施入されていたのが発見されており、解剖学的資料としても貴重。


実は、東京目黒にある大円寺に、清涼寺のお釈迦さまの分身(レプリカ)のお釈迦さまがいらっしゃり、私は、先に大円寺のお釈迦さまと出会ったのだ。

いつか嵯峨釈迦堂のお釈迦さまにもお会いしたい、と思い、初めて嵯峨釈迦堂のお釈迦さまと出会ったのは、もう10年以上前になる。


今回再びお会いできて感激した。

初めてお会いした頃の私は、テーラワーダ仏教を勉強し始めたばかり。

あれから、初期仏教、大乗仏教、そして密教と、仏教いろいろ勉強しましたよ。

生身のお釈迦さまと心の中で語り合った。

そんな嵯峨の1日。