奈良南都の寺、大安寺を訪ねる。
癌封じの寺として知られる。
私がこの寺を訪ねるのは二度目である。
一度目は6年前、バスツアーの駆け足の旅だった。
その時購入した癌封じの御守りは、今も手元にあって守ってくださっている。
大安寺は、若き日の空海が師と仰いだとされる勤操大徳が首座を勤めていた寺である。
JR奈良駅からバスで大安寺バス停まで行き、そこから徒歩10分ほどのところに大安寺はある。
バス停から大安寺に行く途中に、大安寺旧境内という史跡があった。
前回はバスツアーだったので、このようなものに気づくことができなかった
やはり自分の足で歩いてみるものだ。
大安寺の横の駐車場のそばには、推古天皇のお社があり、そこにはなぜか大日如来様。
大安寺。
大安寺を訪ねた日の前日に、京都の種智院大学で福田亮成先生から空海の『御遺告』についておはなしを聞いたが、その『御遺告』の中で、空海は勤操を「我が大師」と呼んでいる。
また、同じく『御遺告』の中で大安寺について「大安寺は是れ兜卒の構、祇園精舎の業なり」と言っている。
インドの祇園精舎は弥勒菩薩がいらっしゃる兜率天宮を模しており、唐の長安にある西明寺はその祇園精舎を模しており、さらに日本の大安寺は西明寺を模していたらしい。
大安寺には鑑真や菩提僊那などの唐や天竺から渡来した僧も住んだそうだ。
異国情緒溢れる壮麗な寺院だったのだろう。
大唐長安、そして天竺へ。
若き空海の、大唐長安、そして天竺への熱い眼差しを育んだのは、ここ大安寺だった。
現在の大安寺、特に真言宗とはうたっていないが、高野山真言宗のにおいがプンプンする。
護摩堂があるし。
瞑想会は阿字観とのこと。
四月二十一日(旧暦三月二十一日の弘法大師の御入定日)に、大師の御影を祀って供養する法会、正御影供(しょうみえく)があるそうだ。
本堂からは癌封じのご祈祷の声がして、春まだ浅い南都の空に心地よく響いていた。
大安寺をあとにして、一旦昼食をとるためにJR奈良駅に戻る。
ここで何故かスマホのバッテリーがピンチになる。
充電場所も見つからぬまま、バスに乗り華厳宗大本山東大寺へ。
まずは、東大寺ミュージアムで歴史の勉強をしてから、盧遮那大仏さまを拝みに大仏殿へ行く。
この日、ミュージアムショップの向かいの金鐘ホールで「弘法大師と奈良」という講演会をやっていたらしいが、残念ながら、時間が合わず聴くことができなかった。
空海と奈良、結構縁が深いのだ。
大安寺に出入りしていた頃の空海は何度も東大寺にも出入りをしていたであろうし、37歳のときに東大寺の別当に補せられている。
〜東大寺の本尊である毘盧遮那仏 (大仏 )の宝前で 、密教の重要経典である理趣経を誦むべく規定し 、こんにちにいたるまで東大寺の大仏殿で毎日あげられているお経は理趣経なのである 。(司馬遼太郎『空海の風景』より)
毘盧遮那仏を見上げた若き日の空海。
その向こうに、大唐長安、天竺、さらにその先の兜率天を見ていただろうか。








