なつくさのブログの「空海を訪ねて」シリーズは、コロナ禍を乗り越えて今ここに復活。

まずは無難に畿内における空海ゆかりのお寺。

空海ファンにはお馴染みの奈良の久米寺。 

このシリーズは2度目の登場。

1度目での記事はこちら。



線路の向こうに門が見える。


線路を渡ると、もっとよく見える。


今日も大日如来さまは朝日に輝く、金ピカ。



前回は、たまたま「大般若転読」の法要の日にお参りし、特設の橋があったり、信者の女性たちが歌を歌ったり、とにぎやかだったが、本日は平日の午前ということもあり、とても静か。


久米仙人


修行大師


久米寺から西へ少し歩くと、益田池の史跡が現れる。


空海が、四国讃岐の満濃池に続いて、灌漑用の堰の建設を指揮し、その完成に寄せて碑文を書いたと伝わる。



空海の書いた碑文の文字があまりにも特徴的なことで有名だ。

史跡には碑文のかけらも落ちてなかったので、詳しくは、エンサイクロメディア空海を参照されたい。


現在、その益田池の跡は、益田池児童公園になっている。



いやもう、足の踏み場がないほど草ボーボーで、自分が児童であったとしても、ここで遊ぶ勇気ないなー。


1200年前の面影は何処に。








7月1日付けで前職を辞めて現在就活中。

退職後は高野山大学で集中して勉強したいと思っていたが、結局諸般の事情により前職と同じ業界で東京で働くことになりそうである。

言っていることとやっていることが、なんだかチグハグで自分でもモヤモヤしている。

そんな私を見透かすように就活の面接でも厳しいお言葉をいただき、随分凹んだ。

自分のチグハグさがこんなに外形的にも影響が出るということに凹んだのだ。おそろしい。

しかし凹んだおかげで自分の気持ちがハッキリしてきた。

いつまでこのチグハグを続けるのか、その終着点が見えてきた。

心のチグハグに決着がついて腹落ちすると、長らく滞っていた物事もいずれスムーズに動き出すだろう。

よかった、よかった、凹んだおかげでチグハグでモヤモヤの決着の仕方がわかったのだから、むしろ感謝である。

そのくらいの荒療治でないと人は自分の気持ちすらわからないのか、などと思う。


そんな日々を送っているが、最近YouTubeでシニアの方の人生訓みたいなのをよく目にするようになった。

定年後の生活についてのアドバイス的なやつ。

健康やお金のこと。

趣味や社会との関わり方。

人生の先輩方のお話は大変参考になる。

定年後の暮らし方については書籍もいくつかでていると思うが、ごくごく普通の方のYouTubeでの語りの方が心に響くし、実際的でもある。

熟年離婚なんて言葉があるくらい定年後のご夫婦の関係もいろいろあるようだ。

私についてみるとその心配だけは無縁で、一度も結婚したことがないし、今後もしないと思う。

ぼっちの老後、ほぼ確定なのだが、ぼっちであること自体に特段不安はない。

諸先輩のアドバイスによれば、いくらでも対策ができるようだ。

この先どうなるかわからないけど、見守りサービスとかあるし、孤独死保険なんてのもあるらしい。

(孤独死ってご迷惑かけることもありますからね。)


健康に気をつけて無理せず、残りの人生を楽しみたい。

その前に決着つけないといけないことがある。

これまでの人生が恵まれ過ぎていたかもしれない。

これについてはいくら感謝しても感謝し切れない。

後ろ足で砂をかけるような終わらせ方はしたくない。

もう、地位も名誉もいらないし(お金は多少あった方がいいが今までほどはいらない)、これまでのキャリアは全部過去のことにしてしまっていい。(仏教を勉強していてよかった。執着しない。)

その前にもう少しだけ頑張る。

頑張れ、私。

大丈夫、きっとうまくいく❣️




東京半蔵門にある国立劇場にて声明公演「長谷寺の声明」を鑑賞した。

令和2年2月の「薬師寺の花会式」に続いて3年半ぶり。

コロナの間も、国立劇場において声明公演はあった。

それらの公演(「比叡山延暦寺の神前法要」、「東大寺修二会の声明」)はチケットも購入してコロナの状況如何で行くか行かないか決めようとしたが、感染したらと思うとどうにも行けなかった。

チケットは結局2枚とも無駄にしてしまった。



今回は、初代国立劇場での、おそらく最後の声明公演で、出演も華麗で雄大な迦陵頻伽(かりょうびんが)声明研究会(略して「迦声研」)。

絶対見たかった!

コロナの状況は実のところよくわからないが、世間ではもうコロナ終わった感満載なのだな。

そんなこんなで今回はチケット無駄にしないで済んだ


迦声研は、以前令和元年7月の「大人のための声明入門」にご出演され、拙ブログ記事でも紹介した。

その時披露されたのは「蛙の声明」というちょっとシュールな題名の新作声明だった。

今回は「二箇法用付大般若転読会」で古式ゆかしい法要の様子が舞台上で再現された。

公演プログラムに掲載されていた、迦声研の沼尻憲尚さんの「長谷寺の聲明」の記事がわかりやすかった。

真言宗宗祖空海が天皇の勅願により「大般若転読会」を行っており、空海撰述『遍照発揮性霊集』にその願文が二篇収載されているとのこと。

そんな昔からやってたんだ。空海がはじめたんだろうか。

真言宗だけでなく、結構いろんな宗派でやっているよなぁ。

令和元年9月の国立劇場声明公演「黄檗宗大本山萬福寺の梵唄」でも大般若転読やってた。

ただし、萬福寺の般若経は唐音だったと思う。面白かった。良かったな。


今回の「長谷寺の声明」では総勢32名もの僧侶の方々のダイナミックな、だーい般若経パラパラで、見応えたっぷりでなんか元気が貰えた。

私の席が二列目の向かって右端で、舞台の右半分がほとんど見えない場所だった。(1等席ですけどね。)

最初、失敗した、と思ったが、真ん中にいらっしゃった導師の所作が真横からよく見えて、洒水加持なんかの様子もよく見えたので結果的に満足。(こういう真言宗の僧侶の所作とか修法って興味あるんだよね。とっても。)

空海もさまざまな法会で導師をつとめられたのだろうなぁ。



大劇場のロビーには、長谷寺のご本尊、十一面観世音菩薩さまの3分の1スケールの仏さま(実物は高さ約8.6メートルで国内の国宝・重文の木造彫刻では最大)がお祀りされ、足先だけ原寸大。(嫌いじゃないよ、この強引さ。むしろ大好き。)

足先を撫でるとご利益があるとかで行列ができていたが、私ももちろん撫でさせていただいた。

良いことたくさんありますよ❣️