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【こころプランニング】人生が変わるblog

虐待、ネグレクト(育児放棄)、捨て子、家なき子、摂食障害などを乗り越えて
「こころ活動家(コーチ)」として心のあり方、整え方を発信していきます。
【こころが整い、人生が変わるblog】です。

 

 

あきらかに無理しすぎてるな。

 

もう限界じゃないか。

 

強がりすぎだよ。

 

痛々しい。

 

そんな状態って見てわかります。

 

そのまま突っ走ったら、パンクしちゃうことが

 

目に見えている状態。

 

そんなときは

 

「大丈夫?無理しすぎてない?」

 

「なにかあったらなんでも言ってね」

 

「やりすぎないでね」

 

などと声をかけますよね。

 

 

でも、「やめなよ」と言って

 

応援しないというのは違うと思う。

 

 

 

 

気にかけて、無理しすぎていることを

 

伝えはするけれど、それでも頑張りたい!

 

という意思が見えたら

 

迷わず応援する。

 

だって本人が一番わかっていると思うんですよね。

 

頑張りすぎてる

 

無理してる。って。

 

それでも、諦められなくて

 

頑張りたいとき、場面ってある。

 

 

というか、私があるんですよね。

 

このまま突き進んだら駄目になるな。

 

つぶれるな。なんてわかってはいても

 

そう簡単には割り切れないとき

 

無理をしたいとき

 

 

だから、相手がそんな状況だったら

 

 

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とことん応援する。
 
間違っても
 
「もうやめたら?」なんて言わない。
 
愚痴だって聞くし、泣き言だっていくらでも聞く。
 
どうしてもダメになったときに
 
受け止めて支えてあげるだけの覚悟をして
 
寄り添っていきたい。
 
どんな結果になっても
 
どんな状態になっても
 
あなたをわたしは受け止めるよ。
 
だから安心して強がってきてね。
 
そんな想いです。
 
どうしても
 

無理をして強がっている人を

 

応援することが悪いとは思えない。

 

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あたりまえに過ぎていく日常。

 

いつも行動、いつも通りの手順。

 

とくに意識しなくても

 

昨日と同じように過ごしていける。

 

過ごしてしまう。とも言える。

 

過去に決めたルーティーンを繰り返していることに

 

時折、目を向けて意識して

 

別のことも試してみるってすごく大切だと思います。

 

だって、過去の自分にとってはNo.1だったとしても

 

「いまの自分には…?」

 

疑問を持つことでいくらでも人生は好転していくと思うからです。

 

 

 

 

最近のわたしでいえば

 

 

 

ハンドクリームの置き場所と数量を変えました。

 

すごく小さなことですが

 

自分が求めていることが欲しいから。

 

 

どういうこと?

 

 

私は効率良く行動したいタイプです。

めんどくさがり屋ともいう…

 

 

そのため

 

肌が弱く、すぐに手荒れする私は

 

すぐにハンドクリームが使えるように

 

キッチン、洗面所、お風呂場の水回りと

 

各部屋にハンドクリームを置いていました。

 

 

作業していた場所から

 

ハンドクリームの置き場所までの

 

移動時間を少しでも短縮したいからです。

 

 

たった少しの移動時間かもしれませんが

 

積み重なった時間は相当になって

 

効率化したことで、自分時間が生み出せる。

 

 

ですが、寝室だけにしました。

 

 

真ん中の部屋でもなく

 

あえて不便すぎる生活導線もへったくりもない部屋。

 

 

理由は、入院で失った体力を回復させたいからです。

 

 

ウォーキングなどもしていますが

 

まだ体調が安定しないし

 

「やろう!」と思うと、体調不良やしんどさに負けて

 

短距離になったり、行かなかったり

 

 

そこで、あえて不便なハンドクリームの置き場です。

 

 

 

 

水に触れたら必ずハンドクリームを使う。

 

そんな私にとっては

 

ハンドクリームまでの移動距離が小さな運動になり

 

体力回復になるかな〜

 

なんて。

 

 

わざわざ歩いているという感覚ではなく

 

無意識レベルで歩けてる。

 

この無意識レベルで可能にするが

 

続けていけるコツなんですよね〜

 

しかもノンストレスで✨

 

 

とはいえ

 

すごーーーーーく不便ですけど。笑

 

 

朝のバタバタのひとときだけで

 

どんだけ部屋の往復をしてるんだか!

 

いちばん不便な場所は玄関にないこと。

 

出かけ間際に

 

ぬり忘れていたときなど

 

重宝していたんですよね〜。

 

 

 

こんなふうに自分の状況によって

 

日常生活をアレンジしていくと豊かさが拡大していく。

 

だから、大切なことだと思います。

 

 

あたりまえの自分の行動の理由を考えて

 

いまの自分が求めることにつながる行動へと

 

アレンジしてみてくださいね。

 

 

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いまは便利な世の中にどんどんなっていて

 

電話での通話だけでなく

 

どこにいても相手の顔を見て話せる。

 

まるで同じ場所で一緒にいるかのように。

 

 

集合場所に行くまでの時間を考えなくていいので

 

予定を合わせやすいし

 

都合がつきやすいですよね。

 

それでも、画面上に写る相手の顔を見て話すだけでは

 

伝わらないことがたくさんある。

 

 

 

 

相手が元気がないとき

 

 

 

画面上で見てるだけだと相手が笑顔でいたら

 

気付いてあげられない。

 

相手が見せたい自分を演出しているときは

 

顔を見ただけでは分からないと思う。

 

 

無理して元気にみせてる。

 

そういった違和感を感じられるのって

 

相手のちょっとした仕草や空気だったりする。

 

ふと、飲み物に手を伸ばしたとき

 

店員さんを呼んだとき

 

お手洗いに席を立ったとき

 

ふとした瞬間の行動のときの表情だったりするから。

 

 

 

 

楽しかった時間を思い出させるのは

 

会話の中身そのものもあるけれど

 

同時に相手の笑顔はもちろん

 

その場の雰囲気などの余韻によることが多いと思う。

 

飲食店なら、そのときの料理の匂いだったり

 

窓から見える景色

 

温かみのある照明

 

座り心地のよさ

 

など

 

 

同じ場所で時間を共有して

 

対面で話すってやっぱり大切だし

 

なによりもお互いのエネルギーが共鳴して

 

何倍にもなる。

 

元気になったり、やる気になったり

 

明日も頑張ろう!って

 

パワーをもらったり

 

だから、物体を通してではなく

 

直接会うってすごく大切だと思んですよね。

 

 

 

でも、Skypeやzoomって

 

革命的に便利ですよね〜

 

世界中の誰とでも、場所関係なく

 

顔を見て話せるのだから。

 

豊にしてくれいるのは確か。

 

上手に使い分けていきたいですね。

 

 

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「愛している」という言葉が

 

最も相手に「愛」が伝わるとは限らない。

 

 

もしかしたら

 

相手は違和感を覚えているかもしれない。

 

ピンときていないかもしれない。

 

自分の思い込みや、一般的な世間の常識で

 

使わない方がいい。

 

大切なのは「愛している」という言葉そのものよりも

 

あなたの「愛」の気持ちを相手に届けることなのだから。

 

 

もっともっと

 

当たり前に使われている言葉を

 

疑ってみてもいいと思う。

 

そう思えてならないのは

 

 


 

わたし自身が過去に

 

「愛している」と言われても

 

ぜんぜん嬉しくもなく

 

なにを伝えてくれているのかも

 

わからなかったんですよね。

 

 

だって、わたしの育った環境では

 

「愛」なんて知りようもなかったし

 

触れてもこなかったから。

 

 

「愛している」という言葉自体が初耳で

 

なんじゃそりゃ!の世界でした。

 

 

すぐさま、どういう意味?と聞いて

 

初めて知ったレベル。

 

 

でも言葉の意味を知っても

 

なんど伝えてくれても実感できずでした。

 

 

そこで、素直に伝えたんですよね。

 

 

 

 

「愛している」よりも「大好きだよ」の方が嬉しいことを。

 

 

同時に彼にも聞きました。

 

「愛しているって言われたら嬉しい?」って。

 

 

彼の答えは

 

「俺は好きと言われるのが1番嬉しい」

 

でした。

 

だからわたしは「好き」と伝えていました。

 

 

 

言葉の捉え方や、受け取り方は

 

人によって違う。

 

 

誰かにとっては嬉しい言葉も

 

誰かを傷つける言葉かもしれない。

 

生きてきた人生が違うし、環境も違う。

 

 

自分の世界だけで決めつけないことが

 

少しでも知らない間に人を傷つけないで済むコツかもしれませんね。

 

 

 

そんなことを気にかけながら

 

相手のこころに寄り添って

 

あなたの伝えたい気持ちを

 

相手にそのままの意味で受へ取ってもらえる言葉を

 

選んで思いっきり伝えていけたらいいですね。

 

 

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一昔前に「KY」という言葉が流行しました。

 

「空気が読めない人」というような意味で

 

2007年頃に広く知られました。

 

別の言い方をすれば

 

「空気を読め」ということでしょうか。

 

確かにそうなんですが

 

空気をよみすぎてはいけないとも思うんです。

 

そう思うわけは

 

 


 

空気を読んで他人に合わせて行動しすぎると

 

自分の思いを伝える能力がなくなってしまう。

 

 

もっといくと

 

自分の思いさえ分からなくなってしまう。

 

 

 

幼い頃、虐待されていたわたしは

 

いつもいつも空気を読んで行動していました。

 

 

それは見事なもので

 

観察力もさることながら

 

洞察力が半端なかった。

 

 

母が話す言葉に敏感に反応でき

 

言葉の裏を読むことにも優れていました。

 

 

言われた言葉を

 

そのままの意味でとらえるときもあれば

 

言葉の裏を読んで行動することもできました。

 

 

そのときの母の雰囲気や表情によって

 

違う意味を考えることができたのです。

 

 

そして、母が求めていることを瞬時に読み

 

対応できたのです。

 

 

洞察力、鋭すぎな子供でした。

 

 

それが出来ることによって

 

暴力を受ける回数も減らせた思う。

 

 

暴力が減るということは

 

青たん、アザ、傷が減ることになり

 

学校で先生にバレなくて済む。

 

 

結果、学校側から親にお伺いの連絡がいかないので

 

お家の外に追い出される回数も減る。

 

食事を与えてもらえる。

 

 

少しでも無事に生きていくために

 

必要なことだったとは思います。

 

 

でも、母の求める子供像であり続けた結果

 

私は自分の気持ち、思いが

 

いつの日からか

 

分からなくなってしまいました。

 

 

自分が好きなもの

 

したいこと、してほしいこと

 

なにもかも分からなくなっていたのです。

 

 

母の言葉で

 

たくさんたくさん傷つき、苦しみ続けたけれど

 

母の言葉がなければ、判断することも、行動することも

 

できなくなっていたのです。

 

 

のちに、私は捨て子になったので

 

少しずつ「自分の思い、気持ち」を取り戻せましたが

 

あのまま、ずっと一緒に暮らしていたら

 

わたしは形あるだけの物体になっていたかもしれません。

 

 

自分の思いを失っていたことに

 

気が付いたのは中学3年生のとき。

 

初めての彼氏ができたときでした。

 

 

告白されて

 

嫌いではなかったし

 

一緒にいると楽しくて、話しも合ったので

 

お付き合いを始めたのですが

 

 

「好き」という気持ちは愚か

 

 

「なにがしたい?」

 

「デートはどこ行きたい?」

 

「誕生日はなにが欲しい?」

 

「なに食べたい?」

 

 

と、何を聞かれても分からなかったのです。

 

 

恋愛、恋人ってこうかな?

 

なんて想像したり、イメージで答えていました。

 

一時期、そのリサーチで疲れたりもしながら。

 

 

恋人からのプレゼントといったら

 

アクセサリー?

 

みたいな感じです。

 

 

当時の私自身は、彼が私のためにしてくれたという

 

行為そのものが嬉しかったのでしあわせでしたが

 

 

アクセサリーという物に対しては

 

嬉しいのか?

 

分からなかった。

 

 

自分を取り戻した今は分かりますよ。

 

私はアクセサリーをもらっても、さほど嬉しくない。

 

 

それは、すごくこだわりがあって

 

アクセサリー類は、全て自分で作っているから。

 

 

わたしは物をもらうよりも

 

一緒に旅行したり、食事したり

 

そういうことが嬉しいらしい。

 

 

彼からしたら

 

彼の好きな彼女のわたしは作られた人であって

 

そんな恋愛は

 

彼にとっては無意味ですよね。

 

わたしは楽しかったし

 

しあわせだったんですけど。

 

 

年上の人だったので

 

うまくいったのだと思います。

 

 

 

 

こんなふうに

 

大切な友だち、恋人、家族に

 

あなたの思いを伝えることができなくなってしまったら

 

どうですか?

 

どうなる?

 

ぜひ考えてみてくださいね。

 

 

空気を読みすぎると

 

失うことがあることを知っておいてほしい。

 

こころの片隅でもいいから覚えておいてほしい。

 

 

そんな想いからつづってみました。

 

なにかの気付きや、きっかけになれたら嬉しいです。

 

 

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