昨日のお手紙を書いてから、ひらめいたことがあります。
昨日のお手紙に書いた、『ほんとに渇望していいのか? 自分なんかに渇望する資格なんて無いんじゃないのか? 』って考えは、要するに、自分の悩みがわかりにくいからこそわいてきちゃうんだろうなあ、って思えてきました。
というのは、きっと周りの人々にとってわたしは、恵まれてこそすれ、悩んだりするわけないだろう、と思われてるんです。だから、そのくせして“渇望”だなんて、ワガママにもほどがある、と。
一方で、昨日のお手紙に取り上げた、「心が自然で」いる、ってのは、早い話が、わかりやすさの最たるもの、ですよね。
思うに、「わかりにくい 」という状態って、手持ちのリソース(?)が限りなく少なくなっちゃうんじゃないかしら。
だって、手(解決策など)の打ちようがなかった、ということなのだもの。
そうなると、例えばですけど、ほんの少しだけの栄養で、普通は誰も気にとめない(つまり、わかりにくい)ようなものであっても、わたしとしては、すっごく貴重で嬉しいものになってくる、ということが、起こりえるんです。
だからこそ、なのかな、それこそ先生のことを、こんなにお慕いしてしまったりするのは。
そういうわけで、ひらめいた、キャッチフレーズ。
「わかりにくさには、わかりにくさを」。
(さながら、「目には目を」みたいな感じで。)
昨日のお手紙に書いたことに関連して、近頃しきりと思い浮かぶのが、つぎに紹介するツイートだったりします。
・子供のために「勉強しろ勉強しろ」厳しく言っている
・子供のために習い事をさせている
・子供のために家庭教師を付けている
勉強させたり練習させればその分野の能力は高まる。
でも人の心は自然でいれた時に成長するんだよ。
子供の自然を無視して強制すれば必ずいつか心のツケが出てくるよ。
この、「人の心は自然でいれた時に成長するんだよ。 」という部分が、とても気になって。
つまり、自分は全然、心が自然でいられなかったんだなあ、と思えてならないんです。
だから、例えば、昨日のお手紙では、「渇望しているのに、リアルでは、どーーしても得られない。」って書いたけど、そもそも「渇望している」とか言っときながら、心の別な部分で、『ほんとに渇望していいのか? 自分なんかに渇望する資格なんて無いんじゃないのか? 』って考えがわいてきてしまったりするんですよねえ。
ちょっと、このへんのところについて、次回までに考えてみようと思います。
あなたの一番弟子(でありたい) elaineより
昨日のお手紙で、「わたしは、『わかりにくいモラハラ』を受けていたことになるのか」と書いたのですが、この「わかりにくい」というのは、つくづくたちが悪いなぁ、と思うのです。
そもそも、やってる方(加害者? )に、自覚が全く無い。「良いことをしている」としか感じてなさそう。そして「ほんとうに良いことなのか? 」と振り返るという発想も抜け落ちてると思われる。
だから、誰かに相談しようにも、わかってもらえない。
ゆえに、『自分だけが悪いんだろう』ってなって、悪いところをなんとかして改めようとするけど、うまくいくわけがない。だってどこが悪いのか、からして、皆目見当つかないんだもの。
せめて、もう少しだけでもわかりやすかったのなら、ちょっとだけでも早い段階で気づけて手が打てたのだろうから、こんなに悩んじゃいなかっただろうに。
でも、ですよ。
そういう、わかりにくいという状況だからこそ、先生、あなたの存在意義(?)が際立ってくるんだろうなあ、と。
先生のようなひとを渇望しているのに、リアルでは、どーーしても得られない。それでも少なくとも「心のなか」では得られる(つもりになれる)。
まあ、4月8日のお手紙には、「『心のなかで』っていうのは、なんとも頼りない」と書いたのだけど。
その通り、確かに頼りない。でもその反面、完全に自由にできる、という側面は、とっても重要だと思えるんです。
なんか、意味不明かもしれませんが、とりあえず今日はこの辺で。
あなたの一番弟子(でありたい) elaineより
昨日のお手紙に、「『心配ばかりする』のって、『すごく見せびらかしながら恩着せがましく』するようなことでもない」のでは……と書きました。
確かに、普通に考えれば、そうなのかもしれないけど。
もしかすると、以下に引用する文のような事例にあてはまってるがゆえに、「すごく見せびらかしながら恩着せがましく 」する必要があったのかなぁ、という気もするのです。
理不尽なことをしておきながら、
「こんなに優しいお母さん他にいないわよ(そんな優しいお母さんに反発を感じるなんて悪い子よ、言う通りにしないあなたは悪い子よ)」
という発言などはわかりにくいモラハラです。
(()内は言葉にしていない部分)
これが本当のモラハラです。
モラルハラスメントはモラルを押しつけるという意味ですから。
ここでは「親には反発してはいけない」というモラルを押しつけています。
お母さんの発言は決して目に見える暴力性がありません。
だから子供はお母さんの言うことを信じます。
そして「こんな優しいお母さんに反発を感じる自分はダメな子なんだ」と学びます。
わかりにくいモラハラ 真のモラハラ | 共依存克服・夫婦問題カウンセラー大村祐輔 takeheartのブログ
この文中の「こんなに優しいお母さん他にいないわよ」ってセリフって、6月14日のお手紙の「親だからこそ、こんなに心配してやってるんだ。」って言葉と、言い回しこそ違うけど、同じようなニュアンスだと判断できますよね?
だとすると、なんとわたしは、「わかりにくいモラハラ」を受けていたことになるのか!
ちょっと愕然としています。
ではでは。
あなたの一番弟子(でありたい) elaineより