親愛なる先生へ
昨日のお手紙に書いたことに関連して、近頃しきりと思い浮かぶのが、つぎに紹介するツイートだったりします。
・子供のために「勉強しろ勉強しろ」厳しく言っている
・子供のために習い事をさせている
・子供のために家庭教師を付けている
勉強させたり練習させればその分野の能力は高まる。
でも人の心は自然でいれた時に成長するんだよ。
子供の自然を無視して強制すれば必ずいつか心のツケが出てくるよ。
この、「人の心は自然でいれた時に成長するんだよ。 」という部分が、とても気になって。
つまり、自分は全然、心が自然でいられなかったんだなあ、と思えてならないんです。
だから、例えば、昨日のお手紙では、「渇望しているのに、リアルでは、どーーしても得られない。」って書いたけど、そもそも「渇望している」とか言っときながら、心の別な部分で、『ほんとに渇望していいのか? 自分なんかに渇望する資格なんて無いんじゃないのか? 』って考えがわいてきてしまったりするんですよねえ。
ちょっと、このへんのところについて、次回までに考えてみようと思います。
あなたの一番弟子(でありたい) elaineより