親愛なる先生へ


昨日のお手紙で、「『思い込んでる』って言葉が多用され」ちゃってた問題。


「思い込んでる」だけなんだ、って自覚があるというのに、全然実践できてないってことが、なんとももどかしくってねえ……。


いざとなると、あたかも魔法の呪文かなんかにかかってるかのように、自動的に操作されちゃってる、っていうのかなあ? 


こんなんだからこそ、“堂々巡り現象”が発生してしまうのかも。


まあ、なんにしても、昨日のお手紙の「『ほかの人から認められないといけない』と思い込んでる」問題、引き続き考えを要してしまうようです……。


あなたの一番弟子(でありたい) elaine


親愛なる先生へ


昨日のお手紙の最後の方に書いた、「『未来』を好きなようにしようものなら、めっちゃくちゃ労力を要するとしか思え」なくなっちゃってる理由について、ちょっと考えてみました。


そしたら思い浮かんだこと。

どうやら、「ほかの人から認められないといけない」と思い込んでるから、じゃないかしら? 

で、自分が「『未来』を好きなようにしよう」とすると、ほかの人から反対されるに違いない、とも思い込んでて、その反対意見を何がなんでも説得して言いくるめて、意見を変えさせなければ先へ進めない、というふうにも思い込んじゃってる……。


そんなにまで、ほかの人のことを重要視してしまう背景には、もしかすると、3月14日のお手紙で書いたようなことと共通するものがあるのかもしれない。

つまり、「自分ではそうじゃないつもりでいても、誰かから何か指摘されたら、そうなんだと認めざるを得ない 」と思い込んじゃってる、と。


……なんか今回のお手紙、「思い込んでる」って言葉が多用されてますよね!? 

でもまあ、この続きは、また次回以降ということで。


あなたの一番弟子(でありたい) elaine


親愛なる先生へ

 

昨日のお手紙を要約すると、こんな感じになるのではないかと思います。

(1) 「時間は未来から過去へと流れていく」というような考え方がある

(2) 大切なのは「未来」をどう変えるか? そして、過去をどう解釈するのか? ということ


この(2)の方。大切だ、ってことは重々承知なのだけど、つくづく、出来ていない、と感じてしまうんですよねー。


そもそも、「未来」を好きなようにしちゃっていい、という発想が無い、っていうか。

いざ「未来」を好きなようにしようものなら、めっちゃくちゃ労力を要するとしか思えず、はなから断念しちゃってる、というか……。


いったいなぜ、そういうふうになっちゃってるのか? 

例によって、少し考えてみることにします。


あなたの一番弟子(でありたい) elaine


親愛なる先生へ

 

昨日のお手紙の中で問題提起した、「『未来』という、いわば時間の『“卵”』は、『因果率』とは無関係なんじゃないか? ということ。

 

それに関連しているようですが、世の中には「時間は未来から過去へと流れていく」というような考え方があるんですよね。

 

まあ、ググるといろいろ出てくるんですが、わたしとしては、つぎのページ

時間は未来から過去に流れるってどゆこと?3歳児でもわかるように解説します | むげろぐ

の記述がわかりやすかったです。

 

このページの中に、昨日のお手紙の「『因果率』とは無関係なんじゃないか? 」という疑問に対する、答えとなりそうな部分があるので、引用してみます。

 

 

「未来から過去へ」がわかりにくい理由 

それは「因果関係」をもとに考えているからです。 

   

ご存知の通り、過去に起きた「事実」は変わりません。 

例えば、僕は泣き虫でいじめられていましたが、その事実は変わりません。  

  

いじめられたから泣き虫だった 

泣き虫だからいじめられていた 

 

どちらが先だとしても、大切なのは「未来」をどう変えるか?  

そして、過去をどう解釈するのか?です。

 

ぼくは泣き虫だったおかげで、弱い立場にある人の気持ちに寄り添うことができます。後出しジャンケンですけどね。 

 

後出しジャンケンはルール違反でも、人生は後出しジャンケンオッケーなんです。

 

 

さて、この続きは、また次回以降に、ということにしますね。

 

あなたの一番弟子(でありたい) elaine

 

親愛なる先生へ


昨日のお手紙の中に出てきた、「因果率」という言葉。

つくづく思うに、このお手紙で何度も出てきた「未来予知」って、この「因果率」を踏まえたものってことなんですよねえ。

「これまでが、こうだったんだから、これからだって、こういうふうになるはずだ」っていう発想っていうんでしょうか!? 


でもですね、思いついたんです。

10月20日のお手紙で取り上げた、「未来」という、いわば時間の「“卵”」は、「因果率」とは無関係なんじゃないか? って。

だって、「未来」という「“卵”」って、過去とは関係なく、次々とやってくるようにみえちゃうんですよ。

もっともそれって、「今この瞬間」を意識し大切にする姿勢でいないと、気づきにくいかもしれませんけど……。


まあともあれ、この考え、もうちょっと深めるようにしてみますね。


あなたの一番弟子(でありたい) elaine